街の外れと畑
キリィと一緒にヒュー兄ちゃんとやらがいる街の端へ移動していると、明らかに雰囲気が変わってきた。建物はボロくなり、道行く人も減っている。
出会う数少ない街の住人は、あまり金銭的な余裕がないような風体をしている。その中でオレ達は目立つようだ。敵意とまではいかないが、警戒されている視線を感じる。
うん。治安悪そう。念のため魔道具を待機状態にしておく。
キリィと一緒に歩いているためか、幸いオレ達に絡んでくる人はいないようだ。ヤバそうな人も見えない。見た目より人心は荒れていないのかもしれない。
オレは少し緊張しているのだが、キリィは気にせずどんどん奥に進んでいく。この先にいるヒュー兄ちゃんとはどんな人物だろうか。危ない人ではないことを祈りたい。
というか、キリィに聞いてみればいいか。警戒しながら歩いていたから無言だったけど、ここまで来ても敵意は感じられない。ある程度は安全だろう。
「キリィ、ヒューさんってどんな人?怖い感じ?」
「ん?優しいよ?住む場所とご飯くれるんだ。みんなヒュー兄ちゃんを頼りにしている」
「へえ、そうなんだ」
小さい子に優しいと言われるくらいだから、お人好しなのかな?この街の状況で善人でいるのは大変だろうに。
「うん。あと強いよ。いつも畑耕してるだけだけど」
「うん?」
農家の人なの?
「あ、もうすぐ見えるよ」
「え、うん」
キリィの言葉通り、すぐだった。指さす先には傾いた木造の建物。日本人のオレには地震で崩れそうに見える。この大陸だと地震ほとんど起きないけど。
場所は本当に街の端だ。これ以上先には街の境界になっている木の柵しかない。木の柵の外側に畑が見える。
その家の扉を軋ませて開けながら誰か出て来た。
灰色の髪を後ろに撫でつけた長身の男だ。20歳前後だろう。鋭い眼光に着崩した服。オレと目が合った。
こっちを睨んだまま、肩で風を切って歩いてくる。
「んだテメエら。見ねえ顔だな。ここが俺らのシマだって分かって入って来てんのか?ああ?」
ガラが悪い。優しそうな要素がない。このチンピラがヒューさんだったら、キリィと優しいの意味について話し合おうと思う。
「なあ、キリィ。あの人がヒューさんだったりするの?」
「え、違うよ。あれはバカクルト。ヒュー兄ちゃんなら、今はたぶん畑にいるよ」
ヒューさんではないらしい。え~と、バカクルトさん?変な名前だ。が、近づいてくる。
「おい、聞いてんのか?ああ?」
抉り込むように睨み付けてくる。喋りづらいな。
「ええ、聞いてますよ。バカクルト?さん。こんにちは。あの」
ビキッとバカクルトさんのコメカミに青筋が浮かぶ。あれ?
「誰がバカだ!吹っ飛ばすぞオラア!!」
ええー。どうなってんだよキリィ。
キリィに目線を送ると平然と答えられた。
「ん?名前はクルトだよ。馬鹿だからバカクルトって呼ばれてる」
先に言えよ。無駄にキレられただろ。
「ああ゛?ってキリィじゃねえか。何してんだよ。コイツらは何だ?」
目の前のチンピラ、クルトさんがキリィを見る目には険しさがない。気の知れた仲のようだ。
「この人たちはヒュー兄ちゃんのお客さんだよ。案内中。邪魔すんなよな」
「ああ?客だあ?」
クルトさんがジロジロとオレ達を見て来る。すごく警戒されている。
「チッ、俺もついてくぜ」
オレを睨みながらクルトさんが言う。うん、こういう不審者扱いは懐かしいな。しばらく貿易都市にいたから久しぶりだ。
帝国にいた頃はオレの見た目で良く避けられたものだ。
「コーサクです。商人の護衛をしています。こっちはロゼッタとタロー。よろしくお願いしますね、クルトさん」
「よろしく頼む」
「わふ」
「チッ、クルトだ。余計なマネはするんじゃねえぞ。あと、その気持ちワリイしゃべり方を止めろ」
へえ。まあ、ちょうど良かった。オレも普通に話す方が楽だ。チンピラみたいな恰好のヤツに敬語使うのも微妙な気分だったしな。
「了解。よろしく」
「ハンッ」
鼻で笑われた。それを見たキリィが会話に入ってくる。
「バカクルトこそ変なことすんなよ。またヒュー兄ちゃんに怒られるぞ」
「チッ。うるせえぞチビキリィ」
「ふん!兄ちゃんたち行こうぜ。このバカは放っておいてもいいから」
キリィに引っ張られながら畑に向かう。見た目的に血は繋がってなさそうだが、なんだか兄妹喧嘩のようだ。
クルトは舌打ちをしながらも後ろについて来ている。
粗末な木の柵を越えると畑に出た。何を育てているのかと思ったら、これトウモロコシだ。大きな葉と黄色いヒゲが風に揺れている。ここだけ一面トウモロコシ畑。この規模は初めて見た。
貿易都市だとほとんど流通してないんだよトウモロコシ。珍しいな。この大陸の主食は基本的に麦だ。どこに行っても麦を育てている。
ここのトウモロコシはオレの記憶にあるものよりも短いというか丸いが、育ちは良さそうだ。もう収穫できるくらいだろう。
実ったトウモロコシを眺めながら、畑のあぜ道を歩く。
たぶん、ヒューさんとやらは近い。
オレの数少ない特技に魔力探知がある。数少ないというか、魔道具を除けばオレが魔力に関して出来ることは2つしか無いんだけど。
この世界の人は直接触れないと対象の魔力が分からない。だからこそ、貴族の握手は値踏みの意味を持つ。
それに対して、オレは触れていなくても魔力を探知できる。理由は分からない。だが、魔力とはオレにとって異物だ。たぶん、オレの体にとっては魔力がない状態が正常なのだ。
水にインクを垂らしたように、周囲にある魔力をオレは異物感として感じることができる。この感覚に何度助けられただろうか。
そしてその感覚が、近くに人がいることをオレに知らせてくる。
最初に見つけたのはキリィだ。その人物に向かって走っていく。どうやら収穫作業中だったようだ。
「ヒュー兄ちゃーん!」
飛び込んで来たキリィを受け止めながら、その人は柔和に微笑んだ。
「どうしたんだい、キリィ。おや?お客さんか。珍しいこともあるものだ」
日除けの麦わら帽子を被った顔を上げ、オレたちを見て驚いた顔をする。
「うちの畑にようこそ。僕はヒュー。歓迎するよ」
柔らかな顔立ちに笑みを浮かべて、ヒューさんが帽子をとって挨拶をする。汗で濡れる紫色の髪が、太陽の日差しを反射した。
ヒューさんはキリィの言った通り、優しそうな雰囲気の人だ。歳は20代半ばくらい。オレと同年代だろう。少し日焼けした肌に黄色い瞳。
そして、紫色の髪に貴族並みの魔力を持っていた。




