領主と騎士
目の前で豚が囀る。違う。領主が話す。歓迎の言葉らしいが9割方自慢話だ。どうでもいいので聞き流す。
「我が祖先は大侵攻の折りに龍を退け王国を守り―――」
なげえ。いつまで喋るんだ。リリーナさんもイライラしてるぞ。さっきから漏れ出る魔力が増えてるからな。
「その後は土地を拓き、守り、王から貴族位を―――」
目の前のコイツも魔力多いなあ。腐っても貴族か。戦えるようには到底思えないから、宝の持ち腐れだな。
どうにも、オレは身分の考え方には馴染めない。貴族によると魔力が多い=偉いらしいが、それがどうしたと言うのか。
魔力の過多は性格にも能力にも関係ないのに。第一、オレが会って来た中だと魔力の多い貴族の方が使えない。忍耐力が致命的にないからな。
だいたい、魔力が多かろうが少なかろうが、殺せば死ぬのに違いはないだろうに。
「祖先が眠るこの地を守ることが我等の使命であり―――」
終わんねえ。腹減ってきたな。豚。豚肉。久しぶりにトンカツ食べたいなあ。粗目のパン粉を付けて、ザクザクの食感になるように揚げたやつ。
ふわふわのキャベツの千切りを添えて、ソースたっぷり掛けて食うの。そしてご飯を頬張る。完璧。
はあ、王国には無さそうなんだよな。お米。流通してないし、王国で自称植物学者だったエイドルも知らないって言ってたし。
探すにしても優先順位は低い。貿易都市周辺の探索が先だな。
「―――とし、我が領地に利益をもたらす其方を歓迎しよう」
あ、終わった?終わったっぽい。領主の顔が歪む……どうやら微笑んでいるつもりらしいな。一瞬分からなかった。
それにしても、しゃべり過ぎて赤くなった顔、噴き出す汗、荒い呼吸。端的に言って気持ち悪い。
「ええ、ありがとうございます。この出会いをとても嬉しく思っていますわ。よろしくお願いいたしますね」
目の前の人物の気持ち悪さにも動じず、リリーナさんが簡潔に返した。さすがだなあ。
「ぐっふっふ、よろしく頼む」
気持ち悪く笑いながら領主が手を差し出した。握手だ。リリーナさんも手を伸ばす。
貴族にとって、この世界の握手は友好を示す他に大事な意味がある。それは値踏みだ。互いに触れ合えば、魔力量を察することができる。
「なっ!?」
2人が握手した途端に領主が声を上げた。リリーナさんの魔力量に驚いたらしい。リリーナさん貴族でもないのにこの領主より魔力量多いしな。
というか、驚きくらい隠せよ。社交とかするんじゃねえのかよ。リリーナさんを見習えよ。脂ぎった手を握っても、動揺ひとつ見られないぞ。
「ご、ごほん!では、夕餉の時刻になるまでゆっくりしていたまえ」
領主は自分より魔力量の多いリリーナさんにビビったのか、それだけ言ってさっさと出て行った。
去り際に見た領主の目は、やはり欲望に濁っている。護衛として一番警戒しなきゃならないのは、どう考えてもこの領主だよなあ。
王国内だと正当防衛でも貴族に危害を加えれば死刑になる可能性がある。下手なことはしてくれるなよ。
領主がいなくなった部屋の中で、苦労人っぽい執事さんがリリーナさんに話し掛けてきた。
「夕食の準備が整いましたら、お部屋にお伺いいたします。それまでお寛ぎください」
「ええ、ありがとうございます」
使用人が開けてくれた扉をリリーナさんがくぐる。その後ろにはマイクさんとオレ。
食事中も護衛するなら、部屋に戻って軽く何か食べておこう。さすがにリリーナさんと領主の食事中にオレの腹が鳴ったらやばいしな。
そう考えて部屋を出ようとしたオレに声が掛かる。
「ああ、そこのお前。黒いやつだ。ちょっと待て」
声の主は騎士の片割れ。こっちを見下す目付きを隠そうともしない方だ。良く見たらコイツの髪も紫っぽいな。領主の血縁者か?めんどくせえ。
「なんでしょうか?」
まず第一に、商談相手の護衛を『お前』呼びするなよ。頭悪いのかよ。
「ふっ。俺はピリグマン様の騎士として、怪しい者を調べなければならないのでな。お前、見たことがない風貌をしているが、どこから来た?」
ああ、やっぱり頭悪いのか。オレを怪しいと言うことは、リューリック商会を信用していないと言っているようなものだ。つまり喧嘩売ってる。
「出身はとても遠くですよ。たぶん海の向こうですかね。今は自由貿易都市で働く身です」
もしかしたら、宇宙の海の向こうに地球があるかもな。
「ほう。信じがたい話だな」
そう言って、じろじろとオレを見て来る。つか、名乗れよ。オレはお前が名乗るまで自己紹介しねえぞ。
「別に、生まれがどこだろうが護衛の仕事には関係ありませんからね」
「ふん。そうか。せいぜい問題は起こさないことだな。大人しくしているといい」
「ええ、もちろん」
イラっとした。こっちから問題なんて起こさねえよ。
「ふん。俺はヴィクトルだ。静かにしている限り歓迎しよう」
目の前の男が手を差し出してくる。握手だ。くそっ。したくないが、拒否する訳にもいかない。
「護衛のコーサクです。よろしく」
差し出された手を握った。ヴィクトルの目が見開かれる。驚愕の表情はすぐに嘲笑に変わった。
「く、はははは!これは傑作だ!リューリック商会は貿易都市で最も大きな商会だと聞いていたが、まさか感じ取れないほど低い魔力の者が護衛になれるとはな!よほど人がいないのか?」
感じ取れないほど低いんじゃなく、魔力は無いんだよ。あ~めんどくせえ。本当にめんどくせえ。これだから貴族にも関係者にも会いたくないんだよ。
どうすっかなあ。コイツの台詞は明らかな挑発だ。オレが何もせずに引き下がった場合、リューリック商会の護衛の質が悪いと認識されることになりかねない。
コイツ等の頭の中で強さとは魔力量だ。凝り固まった思想は言葉では簡単に変えられない。
ちょっとコイツには床と仲良くなってもらおうか。オレが護衛の能力を持つことの証明には、多分その方が手っ取り早い。
ただ、手を出したら出したで揉めるのも確実だ。どうしようか。
視界の隅で執事さんが青い顔をしている。そっちに頼るのも無理そうだ。
「ちょいと失礼しやすよ」
あ、マイクさんが会話に入ってきた。
「護衛の長をやっとるマイクです。うちの商会は色々な専門を持つもんを雇っとります。コーサクさんの能力は保証しますよ」
マイクさんがオレ達の間に割って入り、半ば無理やりヴィクトルと握手をした。つながった手をぶんぶん振っている。
戦闘の能力を、とは言わないのな。マイクさんの判断ならいいけど。オレ個人の評価にこだわりはない。むしろ貴族相手なら評価されない方が幸せだ。
「ほう。あの程度の魔力でもできることがあるとはな。くくく、この商会に拾ってもらって良かったな、お前」
オレの名前を呼ぶ気ないな。
「ええ、そうですね。感謝してますよ」
商会に所属してはいないが、訂正するのも面倒だ。コイツには勘違いさせておこう。
「では、食事んときにまた」
マイクさんがそう言って、オレの背中を押してくる。そのまま部屋を出た。さっさと話が終わって良かった。
廊下を少し歩いてからマイクさんに話しかける。
「マイクさん、ありがとうございました。助かりましたよ」
「へへ。同じ護衛ですからね。お礼はいりませんよ。いや、しかし驚きやした。まさか護衛に絡んでくるたあ思ってもみなかったです」
「オレもびっくりですよ」
あんなに騎士のレベルが低いとは思ってなかった。
「はあ、何事もなく終わるといいですね」
「へえ、そうですなあ」
リリーナさんの商談がすぐに終わるといいな。早く帰りたい。




