肉の日と影
その日の出来事は、オレの主観ではリックの一言から始まった。
「コーサクさん!今日ご飯食べにこないっすか?今日はお肉の日っすよ!」
「肉の日?」
なに?その謎の日。肉屋の特売日?
「はいっす。月に1回、お肉がいっぱい出る日っす。今月はコーサクさんがくれた肉のおかげで、いつもより豪華っす!」
「へえー」
孤児院でそんなのやってたんだ。メインは鶏肉料理なのかな?子供達は喜びそうだね。
「という訳で、夕食に招待したいっす!いつものお礼っす!」
「いいけど、オレが行ったら、食べる肉の量減っちゃうんじゃない?」
1人増えれば、その分、行き渡る肉の量が少し減るだろう。オレとしては、別に子供達が腹いっぱい食べるなら、それだけでいいんだけど。
「ははっ、元々、コーサクさんがくれた肉じゃないっすか。それにコーサクさん小食っすから、大丈夫っすよ」
……小、食?オレが?
「……え?」
「?はいっす。いっぱい作るっすから、コーサクさんが増えても問題ないっすよ?あ、タローさんも、もちろん一緒にっす」
いや、いやいや。問題はオレが小食ってところだ。オレは成人男性として普通に食う。むしろ昔から、人より食べる量は多いくらいだ。そのオレが、小食?
……まあ、確かに。この世界の人、特に体を使う職業の人は良く食べる。冒険者とかな。それに比べたら、オレは魔道具職人。そんなに体を動かす訳ではない。運動しなければ、当然、日頃から大食いはしないが……。
つまり、オレは相対的に小食……?
いや、別いいんだが。だからどうしたって話なんだが。なんだろう。ちょっとプライドが傷付いたオレがいる……?何故だ?
「コーサクさん?」
リックが不思議そうな顔で聞いてくる。
「……あ~。招待してくれるなら、行こうかな」
まあいいや。たまには大勢で食べるのもいいだろう。
「はいっす!じゃあ、孤児院で待ってるっす!ゆっくり来てくださいっす!」
「はいよー」
リックが去っていった。
ふむ。ただ食事をおごってもらうのも微妙な感じだ。なにか持っていこうか。え~と、鹿肉と、農場の温室に行って、食べ頃の果物があれば持っていくか。デザート用だな。
リックはゆっくり来てと言っていたが。せっかくだ。料理の手伝いもしよう。力仕事は役に立たないけど、野菜の皮剥きは大得意だ。
「よし!タロー、農場寄って孤児院だな。行くぞ」
「わふ!」
どんな料理が出るんだろうか。楽しみだな。
いつもの荷車に荷物を載せて、孤児院に着いた。まだ夕食の準備にも時間が早い。ちょっと早く来過ぎたかな。
「お邪魔しまーす」
「あれ?コーサクさん早いっすね?さすがに夕食はまだっすよ」
「ああ、それは分かってるけど、料理の手伝いでもしようかと思って。あと、これお土産」
荷車に載せた肉と果物をリックに見せる。
「うわあ!ありがとうございますっす!みんな喜ぶっす!でも、料理の手伝い遠慮するっす。今回コーサクさんはお客さんっす。ゆっくり待っててくださいっす!」
「ええー」
孤児院でゆっくりって言っても、子供達に読み聞かせをするか、子供達に遊ばれるかじゃん。ああ、子供達と「遊ぶ」じゃなくて「遊ばれる」だ。そっちで正しい。
「って、他の子達は?」
そういえば姿が見えない。
「この時間なら、外に遊びに行ってるっす。たぶん、もうすぐ帰ってくるっすよ」
「そっか。アリシアさんとイルシアは?」
「2人とも買い物っす。そろそろ戻ってくるはずっす」
今日の夕食の買い物かな。
「「ただいまー」」
噂をすればなんとやら。アリシアさんとイルシアの良く似た2人が帰ってきた。荷物を持つ、年長組の姿も何人か見える。
「こんにちは。お邪魔してます」
「あら、コーサクくん、こんにちは」
「コーサクさん、こんにちは」
「早いのね。ふふふ。今日は腕によりをかけて作るわよ。楽しみにしていて?」
楽しそうにアリシアさんが話す。頼もしい。
「ええ、ありがとうございます。あ、これお土産です。どうぞ」
「あら?今日はコーサクくんへのお礼で招待したのに。でも、ありがとう。ありがたく使わせてもらうわ」
「ええ、料理、楽しみにしてます」
「ふふふ。任せて」
「わたしも頑張ります!」
アリシアさんもイルシアも気合が入っている。今日の夕食が美味しいのは確実だろう。楽しみだな。
ここまでは順調だった。何事もない、日常の一幕。だけど、世界にいるのは、平穏を望む者だけではない。
ぴくり、とタローが反応した。孤児院の入り口をじっと見ている。
「わふ!!」
「タロー?どうした?」
突然反応し、孤児院の入り口に向かって走り出したタローを追いかける。なんだ?原因は分からないが、念のため身体強化を発動する。
「どうしたっすか!?」
「わからん!」
少し遅れてリックもついて来た。分からない。だけどタローの反応から何かあるはずだ。
タローを追いかけて孤児院をオレが出たのと同時に、小さな影が突っ込んで来た。慌ててそれを受け止める。
かなりの衝撃。身体強化をしていて良かった。
オレに突っ込んで来たものの正体は。
「……マルコか?どうした?」
泥だらけのマルコだ。顔は涙と鼻水でぐちゃぐちゃになっている。
「ヒ、ヒック。ミリアが、ミリアがぁ。さ、さら、さらわれ、て、ヒック」
ミリアが、攫われて。一瞬で内容を理解する。様々な思考が飛び交った。出て来た最悪の可能性に、体温が急に下がる。
だが、そんなものは今は無視だ。1秒でも、コンマ数瞬でも早く行動しろ!
腰の小物入れに手を伸ばす。掴むのは1つの魔道具。小型の羅針盤のような外観をしたそれを、強化した脳で最短で起動し操作する。
「リック!!」
そして、その魔道具をリックに投げ渡した。
「針が指す方角がミリアの居場所だ!!行け!!」
「はい!!」
リックが飛んでいく。後はオレだ。
「マルコ。今だけは少し落ち着け。ミリアはどこで攫われた?」
必要な情報を収集しなければならない。
「ひ、ひぐ。も、森のまえ」
「相手は何人だった?」
「さ、3人。ヒ、ク」
「武器は持ってたか?」
「け、剣と、鎖がい、いっぱい」
「分かった」
ああ、確定だクソが。人攫いの組織だ。
「え、えぐ。ぼ、ぼく、ミリアをたすけられなくて、にげ、にげるしか、ふ、できなくてぇぇ」
「ああ、それでいい。お前は正しい。マルコ。お前がここまで来たおかげで、オレ達はミリアを助けることができる。だから待ってろ。絶対にミリアを連れて帰る」
ああ、絶対にだ。
「アリシアさん!ここは頼みます!」
「ええ、分かったわ。どうかあの子を助けて……!」
アリシアさんの声を背中で受けて、オレはもう走り始めている。向かう先は冒険者ギルド。マルコが見た人攫いは3人。だが、目撃されていない範囲でもっと人数がいるはずだ。
確実に事を成すために、こちらも数が必要だ。
空中に防壁を設置し、都市の空を駆けあがる。目の前に障害物はない。
「身体強化『全身:強』、『風除け』、『防壁』」
空を走る。真っすぐに、目的地へと風を貫いて突き進む。
焦燥が身を焦がす。オレもリックと共に行くべきだったと、思考の片隅が言う。焦りが視界を思考を狭めていく。
脳の強化割合を上げ、理性で不安を黙らせる。違う。間違いが許されない状況だからこそ、準備は確実に必要なのだ。オレ1人では、手の届く範囲は限られる。
冒険者ギルドが見えた。上空から、その入り口へ突っ込む。魔力の反応から、進路上に人はいない。
「ぐう……!」
ギルド内に侵入。『風除け』を解除し、自分で出した防壁を削りながら速度を殺した。体が軋む。
「おお!?」
「なんだ!?」
「カチコミか!?」
冒険者が騒いでいる。ちょうどいい。注目が集まった。
残った慣性のまま、ギルドの床を踏みしめ受付に走る。良かった、トールさんが空いてる。
「ご用件をお伺いいたします」
この状況でもトールさんは平常運転だ。さすが。助かる。すう、と息を吸った。
「緊急依頼だ!人攫いを確認!場所は森手前で3!孤児院から1人攫われた!」
一息で、大声で発言する。周りの冒険者に聞こえるように。
「依頼内容は子供の救助と人攫いの捕縛!人数の上限なし!報酬は言い値で払う!」
ああ、これで、この都市の冒険者なら受けてくれるはずだ。ここは彼らのテリトリー。同じ都市の人間を害する者を、彼らは許さない。
「かしこまりました。私の権限において、手続きを省略し依頼を発行いたします」
「俺は受ける!」
「俺もだ!」
「私も行くわ!」
声を上げた冒険者は20人近い。ギルド内にいた全員だ。ありがたい。
「ありがとうございます!ついて来てください!」
「いってらっしゃいませ。お気を付けて」
トールさんに見送られ、冒険者とともにギルドを飛び出す。
全速で森を目指した。




