二刀鹿
森の中にスライが潜んでいる。視線の先には若い雄の二刀鹿。
その二刀鹿に向かって、スライが音も無く忍び寄る。残り10mといったところで、二刀鹿がスライの気配に感づいた。
だが、その若い二刀鹿は逃亡しなかった。それは経験不足ゆえの蛮勇か。それとも近距離では逃げ切れないとの冷静な判断か。
いずれにせよ、その頭部にそそり立つ鋭い二刀の角を構え、スライに向かって突撃を開始した。
互いに疾走し、交差する瞬間、スライの手元に鋼の色が瞬く。
すれ違い、距離を離す1人と1頭は互いに傷を負っていないように見える。
カチン、とスライが片方の剣を鞘に収める音が響いた。
剣を収め、何もないはずの左手に何かが在る。
赤黒く、鮮やかな滑らかさを持つ血色のそれは、二刀鹿の“肝臓”だ。
スライの右手がぶれる。一瞬の後、綺麗に薄く削がれた“それ”が剣に乗っている。血が流れないほど繊細に切られた“それ”がスライの口に運ばれた。
くちゃ、くちゃ、とスライの咀嚼音だけが、静寂になった森に響く。
「カカッ!クハハハハ!うめえ!!内臓はとれたてに限るなア!おい!」
スライが哄笑する。そして、その光景に固まっていた若い二刀鹿は、自分の傷一つない腹を見て再びスライを睨み付けた。
角を構え、足を踏み鳴らし、突撃のために力を込め、一瞬後、二刀鹿の腹部から大量の血が噴き出す。
「ビイイィ……!?」
その出血量に、若鹿はどうしようもなく倒れるのみだった。
以上がスライの戦闘風景だが。
「うん。相変わらず変態だ」
「わふぅ……」
「な、なにが起こった?」
スライは変態だ。紛うことなき変態だ。アイツは重度の内臓愛好家である。そして、獲物が苦痛を感じると内臓の味が落ちるという自論を持っている。
大好きな内臓を美味しく食べたいと考えたアイツは、ひたすらに剣の腕を磨いた。結果、出来上がったのは、獲物が切られたことに気付かないほどの斬撃を繰り出し、内臓を摘出してその場で食う変態だ。
その様から『切裂き男』という綽名を付けられている。
う~ん。これはタローの参考になったんだろうか?ちょっと判断間違えたかな。
まあ、二刀鹿の突進を見れただけでも良かっただろう。うん。
スライが二刀鹿の解体を始めるようだ。いったん合流するか。近くに野生の稲も見当たらないし。
「おつかれー」
「お疲れ様です。師匠」
「クカカッ!テメエらも食うかァ?」
ぬめったように光る肝臓を手に、スライが勧めてくる。
好物を食べたおかげかスライのテンションが高い。血に濡れた口元と合わさって、完全にヤベー奴だ。それと、この変態をストーム君が師匠って呼ぶの笑える。
「くれるなら、オレの分はタローにやるよ。オレはいらん」
内臓の生食はあまり好きじゃない。血の匂いが強すぎる。
「わ、私も遠慮しておきます」
ストーム君の顔色は悪い。グロいのも苦手か?お坊ちゃんだな。
「あア?もったいねえヤツらだなァ。ようチビ、テメエに分けてやるよ」
「わふ!」
タローはどうやら内臓が好物なのか、ぶんぶんと尻尾を振っている。うれしそうだ。オレの分まで食べてくれ。
戦闘が終わり、音が戻ってきた森の中で、スライとタローだけが、美味しいそうに肝臓を貪っていた。
根本から折られた2本の角がロープで括られている。今回の依頼部位だ。肉は葉に包んでオレのリュックの中。ちょっと重い。
解体を終えたスライに話しかける。
「で、狩るのはあと2頭でいいのか?」
「おう、角を6本持ってこいっつう依頼だからなァ。あと2頭だ。カハッ、食い放題だぜ。クハハ、楽しみだァ。いってくるぜぇ」
「いってらっしゃい。一応気を付けろよ」
「はっ!誰に言ってやがる。この辺に俺の敵なんかいるかよォ」
そう言って、スライは森の中に消えていった。
まあ、スライはこの都市でも上位の実力者だからな。魔の森の奥にでも行かなければ、脅威になる魔物はいないだろう。
折られた鋭い2本の角はストーム君が背負っている。
この世界の、特に冒険者が使う武具は、魔物の素材と金属を合わせて作られる。手法は鍛冶屋の秘伝だ。どうやって生物由来の素材と金属を合成しているのか、オレにはさっぱり分からん。何かしら、魔術的な手法があるのだと思う。
この角も加工され、いつかは誰かの剣になるのだろう。
「さて、2人とも。オレはこの辺の探索をするから、スライが戻るまで周辺の警戒を頼んだ」
「わふ」
「はい」
「ついでに、ストーム君には森の歩き方を教えようか」
「っ!ありがとう、ございます」
ちょっと歩き方が下手くそ過ぎるからなあ。実地講習だ。新入りに知識を教えるのも冒険者のマナー。いや、オレはもう冒険者じゃないんだけど。顔見知りに死なれると嫌だからね。
おし!ストーム君にレクチャーしつつ稲探し開始!
結論から言うと、稲は見つからなかった。
まあ、もう何年も探しているんだ。空振りには慣れている。
だいたい、1人で探せる範囲なんて、時間を掛けても小さなものだ。世界は広大で、それに比べて人は矮小すぎる。
帰ったら、お米の情報が届いてないかなー。
「じゃあな、『爆弾魔』。そっちの見どころのあるチビもなァ」
「わふ!」
帰ってきた都市の入り口で2人と別れる。スライとタローは内臓好きな点で共感しているのか、仲良くなっていた。人と狼がそこで共感して良いのだろうか?
「さようなら」
「はいよ。2人ともまたな」
ストーム君は今日1日でそれなりに森歩きが上達した。身体強化のおかげで体力が続くから、長く練習できるのがいいよな。
「さて、タロー帰るか」
「わふ」
「今日のタローのご飯は、鹿の内臓フルコースだな」
さすがにスライも1人で鹿3頭分の内臓は食わないからな。分けてもらった。内臓はすぐ食べないといけないからな。痛むのがはやい。
「わふう!」
オレはどうするか。モツ煮込みでも作ろうか。鹿肉は熟成させないといけないから、今日食えないしな。
うん。煮込むか。煮込み料理は好物だ。そうしよう。ネギとニンジンとイモを入れて、味噌で味付けする。大雑把に美味そう。
お米があれば完璧だな。
夕食のメニューを考えながら、夕焼けの中を自宅に歩く。
夕焼けの色は日本もここも変わらない。だからきっと、この空の下、お米もどこかにあるはずなのだ。




