治癒魔術
この世界には治癒の魔術というものがある。この世界を創造した光の神とかいう神様を信仰する、一神教の宗教国家である法国が最も得意としている魔術だ。
実際に光の神がいるのかは知らん。存在を主張しているのは法国だけだ。
法国以外の国では、精霊と自然に感謝する自然崇拝に近いものが信仰されている。
この世界の概念の数だけ精霊は在り、また精霊は万物に宿っていると言われている。
法国はあまり好きじゃない。帝国と王国の貴族なんかは、こちらの話を理解した上で“些事だ”と考慮しないが、法国の神官はそもそも“人の話を聞かない”
光の神の言葉だけが、彼らの絶対的な柱だ。それに合わない言葉には取り合わない。あまり突っ込むと神を侮辱するのかとキレる。論理的に会話しろよ。
まあ、いい。話を戻す。治癒の魔術についてだ。魔術による治癒はいくつか種類がある。
一番簡単なのは、怪我や病気で魔力が減っている相手に自分の魔力を渡す『譲渡』だな。簡単なので、けっこう皆使える。オレ?魔力持ってないから無理だよ。
専門的になってくると、患部の細胞を活性化させて自然治癒を早める『促進』、魔力によって元の状態の細胞を作り出す『復元』なんてものがある。
法国の、治癒の精霊に愛された聖女は、怪我や病気のある状態を“概念的に無かったことにする”ことで治療するらしい。もはや意味が良く分からない。
聖女さんの話はともかく、オレは『促進』の魔道具を自作している。法国に行ったときに偶然、『促進』の魔術式が刻まれた治癒の魔道具を見る機会があったのだ。
その時に魔石にアクセスして『促進』の魔術式を記憶してきた。“秘跡物”とか言われていた魔道具だから、多分バレるとやばい。具体的には法国から裏の神官が飛んでくると思う。
今までバレていないのは、オレが『促進』の魔道具を人の治癒に使っていないからだな。
そもそも、『促進』の魔術は人にはあまり合っていないと思う。怪我の患部の細胞だけを促進すれば、周囲の細胞とのズレが生じる。時間を掛ければある程度治るが、一時的に歪んだ状態になることは避けられない。
『促進』の魔術は人よりも、もっと小さく、単純な生き物に効果的だと思うのだ。だから、オレが『促進』の魔術を使う対象は“菌”だ。
微小な菌たちは、『促進』の魔術によってその活動を速める。それは、オレの醤油と味噌の開発に多大な恩恵をもたらした。
『促進』の出力や、温度、菌の餌、水や酸素濃度の管理などなど、脳を全力で強化しても大変だったが、試行回数を増やすことで完成にこぎ着けることが出来た。
法国に狙われるリスクを考慮しても、『促進』の魔術式を得ることは許容できるものだった。
長々と語ったが、何を言いたいのかというとだ。
「味噌を作れてホントよかった……!!」
豚汁マジ美味い。
「いや、久しぶりに食べたよ豚汁。超美味い!」
あまりの美味さに意識が飛んでた。寝不足と合わさって、思考が暴走してたな。
周りを見ると、子供達がパタパタと動き回って炊き出しの手伝いをしているのが見える。子供達が一生懸命動いているのを前にして、不満を述べる大人はいない。皆ちゃんと並んでいる。平和だ。
ついでに、豚汁が美味い!という感想が聞こえてくる。とてもうれしい。
いや、ホント作るの大変だったからな。味噌。
『促進』の出力ミスって菌が死滅して、ボロボロの乾燥した豆ができたり。
カビだらけになって、腐海から出て来た豆みたいになったり。
納豆になったり、納豆になったり、納豆になったりした。
納豆菌マジ強え。おかげで部屋丸ごと何回か洗浄する羽目になった。
あの頃を思い出して遠い目になってしまう。
「……今は豚汁に集中しよう」
豚汁を食べる。美味い。入れた名も知らない茸もいい出汁を出している。ニンジンもジャガイモも熱々でホクホクだ。ハフハフと転がすと、口から湯気が出て来る。
猪肉も美味い。肉の旨味が味噌の香りと共に口の中に広がる。
キラキラと、猪肉から出た油が浮かぶ汁をすする。ああ~美味い。あったまる~。
美味いなあ、美味いんだけどなあ。やっぱり。
「お米食べたいなああああ」
山盛りに盛ったご飯と具沢山の豚汁があれば、おかずなんていらない。
熱々で、とろみを感じるくらいの豚汁から具材を口に運んで咀嚼し、ご飯を食べる。そして豚汁をすすって流し込み、再びご飯を食べる。また豚汁を食べる。延々ループできる。完璧だ。
ここにお米が無いのが悲しくてしょうがない。
醤油と味噌を作っておいて何だが、こっちではあまり和食を作っていない。お米が無くて泣きたくなるからだ。
味の染みた煮物に、パンは合わねえんだよぉ……!
残念だ。ああ、本当に残念だ。
異世界で 豚汁のよこ 米はなく
この世界はオレに厳しい。
オレの悲しみには関係なく、炊き出しは無事終わった。豚汁の評判は非常に良かったらしい。
「コーサクくん、今日は助かったわ。ありがとう」
「いえいえ、どういたしまして」
「でも、手伝ってもらった上でなんだけど、ちゃんと休まなきゃだめよ?」
「はい、さすがに今日は帰ったら寝ます」
本当に、そろそろ限界だからね。クラクラしてるよ?
「よろしい。リック、コーサクくんをお願いね」
「うん、分かってる」
例のごとくリックに背負ってもらう。
「では、皆さようなら~」
「ええ、さようなら」
「さようなら。また来てくださいね」
「さよなら~!」
「ばいばい!」
「またね~!」
リックの背中で手を振りながら孤児院を後にする。
これで、特にオレがやることは無くなったはずだ。明日の予定は無い。今度こそ、今度こそ、しっかりと眠れるはずだ。誰にもオレの睡眠の邪魔はさせない。
自宅が近づいて来た。もうすぐ眠れる。
「……コーサクさん」
「ん?どうかした?」
「玄関、埋もれてるっす」
「え」
え?
……本当だ。降った雪と屋根から落ちた雪が重なって、玄関が埋まっている。扉もほとんど見えない。
マジで?え?ここから?オレこの状態から雪かきすんの?
「て、手伝うっすよ!」
「あ、ああ。ありがとう」
くっそ、やってやる。やってやるよ!ここさえ乗り切ればベットまですぐなんだ!
最後の力を振り絞れ!!
うおおおおっ!これでオレの安眠を妨害するヤツがいたら、絶対許さねえからな!
この世界はオレに厳しい。




