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異世界でもお米が食べたい  作者: 善鬼
第9章  帝国辺境_海賊領交渉編
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里帰り

 “国守の蒼壁”でディーンと別れてからさらに2日が経過し、オレたち家族は領主の館がある町へと到着した。


 町に入ったことでこれまでのデコボコした土の道から、綺麗に整えられた土の道に変わっている。

 馬車が揺れなくてありがたい。と言っても、町中で人通りもあるので、馬車の速度はかなり控え目だけど。ここまで来て事故は勘弁だ。


 オレの後ろ、後部座席では、リーゼとアナが並んで窓にくっつき、外の町並みをじぃっと見つめている。

 初めての町に興味津々のようで、リーゼはぴょこぴょこと体を揺らし、アナは尻尾をパタパタと振っている。

 タローは足元で、妹分たちを守るように伏せている。

 ロゼはその様子を微笑ましそうに見ながら、窓の向こうに広がる懐かしい光景に目を細めていた。


 ディーンから預かったアナは、この2日でかなりオレの家族に慣れた。特にリーゼと仲が良い。

 躾はオレとロゼも行っているが、タローが率先して色々と教えてくれている。元々白狼は頭が良いようなので、もう少し日数があれば、従魔として最低限のことは覚えてくれると思う。


 ディーンのことを思い出すのか、アナはたまに寂しそうに鳴くことがあるが、そんなときにはリーゼとタローが慰めるようにくっついている。


 将来、リーゼが大きくなったら、オレは稲作関係で活動範囲を広げるつもりだ。そのときにでも、アナを連れてディーンに会いに行こうと思う。

 それまでは、我が家の賑やかさで寂しさを忘れてもらいたい。


 後ろの家族から意識を戻し、運転席から見える町の様子を観察する。

 ロゼの実家、義理の両親が治める領地の中心は、眺めた限りでは田舎町だった。どこかのんびりとした雰囲気がある。


 あまり特徴的なものはない。気になることと言えば、ほとんど石材が見当たらないという点だ。


「この町の家は、みんな木製なんだね」


 後ろのロゼへと話しかける。


「うむ。木材は魔境で大量に手に入るのでな。加えて、石材は“蒼壁”の補修や砦の建設などに優先して使われている。この町の道が石畳でないのも、ほとんど守りのために使ってしまったからなのだ」


「そうなんだ。……魔物への対策が十分だからこそ、みんな安心して暮らせるんだもんね。見栄えより領民の安全と実用性を重視するっていうのは、何だか格好良くて好きだよ」


「ふふふ。そう言ってくれると嬉しい。私も、質素だが温かい故郷が好きなのだ。まあ、とは言え、本来なら領地の中心として、もう少し見栄えも気にするべきなのだがな」


 見えないが、ロゼが苦笑した気配がする。


「貴族というのは着飾らなければ、他の貴族から要らぬ邪推を受けるものなのだ。外見を気にする余裕もないのか、とな」


「う~ん、まあ分かるかな」


 服装は人格や能力には関係ないが、社会では見た目も大切。という話と似たようなものだろう。

 もし勤め先の社長が常にボロいスウェット姿だったら、オレもちょっと嫌だ。


 同じように、領主のいる町が質素では、周囲からおかしな目で見られると。


「うむ。他にも、領民を安心させるためや、腕の良い職人を育てるために、貴族は領地共々華やかであるべき、というのが常識なのだが……ディシールド領の当主は代々そういうモノに無頓着でな。『どうせ他の貴族など来ないのだから』と、金は防衛費用に回しているのだ」


「それは何というか、豪快だねえ……」


「ふふ、もちろん、外に出る際には良い物を身に付けるがな。だが実際、この領地は帝国の最西端だ。魔境から現れる魔物の素材以外はこれと言った特産品もない。他の貴族がこの町を訪れる機会は、全くと言って良いほどないのだ」


 クスクスとロゼが笑う。


「まあ、私もゴテゴテと着飾るよりは、動きやすい恰好の方が好みだ。ドレスを着ては剣も振れないからな。そういう家系なのだろう」


「へえ……オレは、綺麗なドレスを着たロゼも好きだけどね」


 背後から、一瞬吹き出したような笑い声が届いた。


「それではコウに見せるために、私もたまには着飾るとしよう。うむ。帰ったら楽しみにしているといい」


「期待して待ってるよ」


 いや、本当に。


 楽しみが増えたなあ、と思っていると、背後でリーゼが動く気配がした。


「ママ~」


「どうしたリーゼ?」


 先ほどまでは熱心に窓の外を見ていたが、集中タイムは終わったようだ。


「ばあばのおうち、まだ~?」


 認識されていないデュークさん(お義父さん)を応援したい。


「ふむ、もうすぐ……ああ、ちょうど見えたぞ」


 ロゼの言葉通り、前方に大きな屋敷が見えた。あそこが領主の館で――ロゼが育った実家らしい。

 一番の目的はリーゼの魔術封印だが、初めて入るロゼの生家が、オレは少し楽しみだった。





 領主の娘夫婦、ではなく、オレたちは魔道具職人の一家として来たので、屋敷には裏口から入ろうかと思ったのだが、


「気にしなくても良いぞ。商人や町の人間も、皆関係なく正面から入るのだ」


 と、ロゼに言われた。


 貴族相手だと、呼び出されたのに会えるのは数日後。その間は宿屋で待機。アポイントを取るためにまずは金を積め。みたいなことが普通にあるだが、ロゼの実家はフレンドリーだ。


 ロゼの言葉に従って、屋敷の敷地内に馬車を乗り入れる。当然のように門番はいなかった。そもそも門自体がなく、綺麗に手入れをされた庭が敷地の境界になっている。


 セキュリティーが緩すぎる気もするけど、それだけこの領地は治安がいいのだろう。


 道の両側に並ぶ木々を横目に、屋敷の玄関へ向けて進む。

 誰とも出会わない内に玄関前へと到着した。正面から少しズレた位置に馬車を停め、家族全員で馬車を降りる。


「ふむ……懐かしいな……」


 ロゼは屋敷を見上げて目を細める。聞いた話が確かなら、ロゼが実家に帰るのは10年ぶりだ。

 色々と、思うところもあるだろう。


「ばあばのおうち、ひろいねー」


「そうだねー。リーゼのお爺ちゃんとお祖母ちゃんは偉いんだよ」


「おてつだい、たくさんするの?」


「うん……?」


 何故にお手伝い? ……ん、ああ、なるほど。リーゼが食事の準備を手伝ったときなんかは、「お手伝いができて“偉いね”」と褒めているからか。


「う~ん、そっちの偉いとは少し違うんだけど……」


 領主という概念を、どうやってリーゼに伝えたものか……。


「ふふ、リーゼ。偉いのはお手伝いをするからではなく、この町にいるみんなを守っているからだぞ?」


 リーゼを抱き上げ、ロゼは優しい表情でそう言った。


 強く特別だから偉いのではなく、他者を守るからこそ偉い。統治者の理想のような言葉だ。

 ただ、リーゼにはまだ難しかったようだが。


「?」


 不思議そうに首を傾けるリーゼの頬を軽く撫でる。くすぐったそうに笑って逃げられた。


「さて、それじゃあ行こうか」


「うむ」


 家族揃って玄関の前まで進み、屋敷の入り口に相応しい重厚な扉をノックした。

 ゴン、ゴン、とドアノッカーが音を立てる。


『は~い。今行きますよー』


 扉の向こうから女性の声が聞こえた。貴族の館の割に、こう、ずいぶんと砕けた感じだ。


「うむ。これが平常だ」


 ロゼは隣で笑っている。


 屋敷の中からパタパタという足音が聞こえ、ギィと重い音を立てて扉が開く。


「は~い。どちらさま~?」


 扉を開けたのは、オレたちと同年代か、少し上くらいの女性だ。紺色の服に白いエプロン姿。使用人の女性のようだ。


 その女性が、オレたちの姿を見て固まった。零れ落ちそうなくらいに目を見開いている。視線の先は、リーゼを抱いて少し照れ臭そうに笑うロゼ。


「………………ロゼッタお嬢様?」


「うむ。久しいな、メリー」


 メリーと呼ばれた女性の視線が、ロゼの顔からリーゼに移り、それからオレへと移り……そのまま3周くらいした。


 何だか混乱した様子のメリーさんが、急に背後に振り返った。バッ、と白いエプロンが翻る。


「お、お母さーん!! お嬢様が帰って来たよー!!」


 そのまま、屋敷の中へと慌ただしく駆けて行った。

 支える者のいなくなった扉が、ゆっくりと閉まる。玄関前に残されるオレたち。


 ロゼと顔を見合わせる。ロゼッタお嬢様は困ったように笑っていた。


「いや、さすがに普段はもっと礼儀正しいはずなのだが……今日は大目に見てくれると嬉しい」


「気にしてないよ。10年ぶりに顔を出した訳だし、仕方ないよね」


 ロゼと笑っていると、扉の向こうから慌ただしい足音が聞こえた。バタンと勢い良く扉が開けられる。

 正面にいたのは、先程の女性と同じ格好をした年配の女性だ。似ているので、たぶん母親だろう。


 その女性がロゼを視界に収めたかと思うと、目を潤ませながらロゼに抱き着いて来た。


「ロゼッタお嬢様!! お久しぶりです!!」


「うむ。久しいなモリー。元気そうで何よりだ」


「むうう……!」


 モリーさんにロゼごと抱き締められていたリーゼが、不満そうに声を上げる。苦しかったようだ。


「あらあらあら! ごめんなさいね。私ったら」


 モリーが抱擁を解き、リーゼに視線を合わせる。


「リーゼロッタお嬢様ですね。わたくしはモリーと言います。ロゼッタお嬢様が幼い頃は乳母もしておりました。どうぞよろしくお願いいたします」


「? リーゼですっ」


 リーゼは状況が分からないながらも、自己紹介をすることにしたらしい。


「あらあらお上手ねえ。それにロゼッタお嬢様の小さな頃にそっくり!」


「モリー。私はもうお嬢様ではないのだが」


「わたくしにとっては、いくつになっても、どこへ行ってもお嬢様はお嬢様です!」


 盛り上がってるなあ。


 オレは蚊帳の外だと思っていると、急に腕を軽く叩かれた。


「はい?」


 振り返れば、そこにいたのは作業用の服を着た小柄なお爺さん。土に汚れた靴を見るに、庭師の方だろうか。

 にこにこと笑いながら、オレに節くれ立った手を伸ばしてくる。


 握手?


「あ、どうも。コーサクと言います」


 手の伸ばすと、がっしりと掴まれた。そのままぶんぶんと手を振られる。


「……」(にこにこ)


「あの?」


「……」(にこにこ)


 満足したのか、ご老人はオレの背中を叩いて去って行った。


「なんだったんだ……?」


 若干混乱しつつ、ロゼたちに振り返る。こちらは立ち話が盛り上がっていた。


 ……これはいつ屋敷に入れるんだろうか。


 そう思っていると、屋敷の中からさらに足音がやって来た。かなり速足だ。


「モリー、ロゼッタが到着したと聞いたのだが」


 優しげな顔に、ロゼと同じ空色の目。銀色の髪。義父のデュークさんだ。オレも会うのは数年ぶりだが、若々しい見た目に変わりはない。ただ、少し疲れているように見えた。


 だが、そんな観察をするオレは視界に入らないようで、デュークさんの視線はロゼとリーゼに向いていた。


 玄関を挟み、デュークさんとロゼの目が合う。


「やあ、ロゼッタ……おかえり」


「はい、お父様。ただいま帰りました」


 10年ぶりの父と娘の対面だ。オレはもう少し、このまま静かにしていた方がいいだろうか。


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