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異世界でもお米が食べたい  作者: 善鬼
第9章  帝国辺境_海賊領交渉編
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チーズリゾット

 オレが駆け出しの冒険者だった頃だから、かれこれ8年ほど前だ。光も闇も溢れる帝都で、オレは一時期、ディーンとその弟リィーンと一緒に暮らしていたことがある。


 色々な出来事の末に、オレと兄弟はそれぞれ帝都を離れたのだが……本心を言うと、生きている間にもう一度会えるとは思っていなかった。


 遠方との通信手段もなく、魔物によって人々の移動に制限があるこの世界。人との出会いはまさに一期一会だ。

 この広い世界で、居場所も知らないかつての知り合いに会える可能性は、とても低い。


 ディーンがあれからどう生きてきたのか。聞きたい内容は尽きない。

 時間はちょうど昼時だ。食事を摂りながら、ディーンの話を聞かせてもらうことにしよう。



 という訳で、晴れてきた空の下で、オレは昼食作りを開始。


 すぐ近くの緑の上では、幼い白狼アナスタシアが走り回り、それをリーゼが笑顔で追い掛けていた。

 ロゼは微笑みながらリーゼの後ろを歩き、タローはアナスタシアが遠くに行かないように、時折進路を塞いでいた。


 そしてディーンはと言えば、広げた簡易テーブルに寄りかかりながら、料理を始めたオレを見ている。懐かしそうな目だ。


「兄ちゃんの料理を食うのは久しぶりだぜ。あの頃の飯は美味かったなあ」


 笑いながらディーンが言う。声もすっかり低くなり、成長した外見と併せて初見では誰だか分からなかったが、笑った顔と話し方にはかつての面影が残っている。

 しかし、いつの間にか大きくなったものだ。若者の変化は速いな。


「当時は食材がなくて、ほとんどスープしか作ってなかったけどね。今同じように作ったら、それなりの味、って感じじゃないかな」


 沸騰した鍋に切った野菜を放り込みながら、当時を思い出す。オレも頑張ってはいたが、凄く美味しい、と言える出来ではなかったと思う。

 記憶は美化されるものだ。それと、ディーンがそれまでロクなものを食べていなかったせいもあるだろう。


「ははは、かもな。――それにしても、兄ちゃん変わったなあ。驚きだぜ」


「……そう? そんなに変わった?」


 オレはディーンの変わりように驚いたが、向こうも同じらしい。オレの成長期はとっくに終わっているから、見た目はあまり変わっていないはずだけど……。


「なんかすっげー丸くなってるぜ。こう、目からギラギラした感じが消えたみたいな?」


「ふうん? 自分じゃ良く分からないな」


 言われてみれば、ディーンと一緒にいた頃のオレは、余裕もなくて少し荒れていたような気もする。

 しかし、驚かれるほどに変わったのだろうか。


「やっぱり子供できると変わんのかねえ。兄ちゃん、いつ結婚したんだよ?」


「3年くらい前。リーゼはもうすぐ2歳と半年だよ」


 野菜が踊る鍋に、自作の出汁粉末を投入。溶かすように軽く鍋をかき混ぜる。


「へえ。2歳くらいであんなにデカくなるもんなのか。ところで兄ちゃん、美味そうな匂いがしてきたけど、なに作ってんの?」


「野菜のスープと、あとはチーズリゾットだよ」


「リゾット……? 聞いたことねえけど、美味いならいいや。肉は?」


「ん~?」


 食欲に目を輝かせ始めたディーンを見る。まだ十代の食べ盛りの若者だ。


「そうだなあ……燻製肉でも焼こうか」


「よっしゃ! さすが兄ちゃん! ありがとー!」


「どういたしまして」


 8年の月日を感じさせないディーンに笑顔を返しながら、自作のベーコンを用意する。

 手間と金がかかった自慢の品だ。食べたときのディーンの様子が見ものだな。


「そういや兄ちゃんは、まだ冒険者やってんの? ここに来たのは依頼かなんか?」


「いや、冒険者はけっこう前に辞めたよ。今は……農家と魔道具職人?」


「へえ? 魔道具職人は分かるとしても農家? ホントに? なに育てんの?」


「これ」


 リゾットに使う生米をディーンに見せる。


「なにこれ……種?」


「まあ、種で間違いじゃないけど、お米っていう穀物だよ。オレの故郷の主食だったんだ。今はこれを育ててる」


「へえ~。美味いの?」


「ふふふ、それは食べてからのお楽しみ」


 ディーンに笑って見せながら、フライパンを2つ用意する。チーズリゾットを大人用とリーゼ用で分けて作るためだ。


 大人用はお米とチーズのみで、リーゼ用は牛乳を使ってチーズ少なめで作る予定。

 チーズは意外と塩分が多いのだ。


 ついでに言うと、大人用は生米からで、リーゼ用は朝に残ったご飯を使って作る。

 どちらも普通に炊くよりも早く出来上がるので、旅の昼食としてとても便利だ。


「さて、じゃあやりますか」


 フライパン2つと鍋一つでコンロを占領しているので、ベーコンは厚めに切って茸や豆と一緒にオーブンに放り込んでおく。焼き上がるまで放置だ。


 それから、大人用のチーズリゾットに着手。フライパンにオリーブオイルを引いて、中火で生米を炒めていく。割れないように、優しく丁寧にっと。

 熱せられて音を立てるお米を、ゆっくりと混ぜていく。


「ところで、オレはいいとして、ディーンは今なにやってるの?」


「俺? 俺は今ここの兵士やってる。伝令要員。狼煙上げたりとか、夜は火の魔術で知らせたりとか、色々。もう少し金が貯まったら、また別の領地に行くつもり」


「別の領地? 旅でもしてるの?」


「ああ。世界ってどんなもんかなあって思って、適当にあっちこっち歩いてるんだ。金が尽きたら、その土地で働く感じ。ここはけっこう長いかな。俺、仕事の評判は意外といいんだぜ?」


「へえ、中々思い切った生活だね。まあ、若い内に旅をするのはいいんじゃないかな。それで、リィーンはどうしてるの?」


 聞きながら、フライパンのお米を軽くかき混ぜる。お米は全体的に白く色が変わり、油を吸って少し膨らんで来たようだ。そろそろ炒めるのはいいだろう。


 味付けをしていない、作りかけのスープの鍋から、お玉で少しスープを掬う。

 ブイヨン代わりの熱々のそれを、フライパンへと注ぎ入れた。


 ジャーッ! と、フライパンの中でスープが弾ける。


「お、いい音。リィーンの奴は、今は商人の見習いをやってるよ。どっかの行商人の弟子になったって。俺も何年か会ってないけど、たぶん元気だろ」


 ディーンが気楽に笑って言う。物事を悲観しない明るさも、昔から変わらないようだ。


「そっか。商人になるなら、ディーンよりは探しやすそうだよ。オレもお米の販路を広げる予定だし、いつか会えるかもしれないね」


「おう。そのときは俺が元気だって、リィーンに伝えといてくれよ」


「そこは頑張って自分で伝えなよ」


「ええー。俺もリィーンもお互いに移動してるから、会うの大変なんだぜ?」


「行商人なら所属する組合に手紙を預ければ、次に来たときに渡してくれるよ」


 同じルートをグルグルと回るのが行商人だ。少なくとも、年に一度は所属する組合に寄るだろう。


「手紙、手紙なあ……兄ちゃん知ってるか? 紙って高いんだぜ?」


「それは知ってる。十分に知ってる」


 昔、メモするための紙すら買えなくて、どれほど文字の勉強が大変だったか……。

 復習のために地面をガリガリと削る毎日だったなあ。


「高いのは分かるけど、兄弟なんだからたまには連絡とりなよ」


「へ~い」


 仕方のなさそうに、ディーンは気の抜けた返事をする。まあ、たぶん分かってはいるだろう。


 その様子から目を逸らし、湯気を立てるフライパンに再びスープを注ぎ入れた。

 お米がべったりとならないように、小分けにしながら水分を足していく。炊き上がるまで、これの繰り返しだ。


 大人用のチーズリゾットは出来上がりまで単純作業になったので、リーゼ用のチーズリゾットに手を付ける。

 と言っても、こちらは非常に簡単だ。


 リーゼ用のフライパンにもスープを注ぎ、余ったご飯を投入。ゆっくりと煮ていく。しばらく煮たら牛乳を入れてもう少し火を通し、最後にチーズをかけるだけ。手間は少ない。


 しばらくはそれほど忙しくないので、もう少しディーンと話そう。と、思ったら、リーゼとアナ。小さな2名が、こちらに向けて駆けて来るのが見えた。

 匂いに釣られたかな?


「パパ~、おなかすいた~!」


「わん!」


「もうすぐ出来るから待っててー。リーゼは手を洗ってママのお手伝いをよろしく」


「うん!」


 素直でよろしい。アナと遊んだおかげで、かなり機嫌が良くなったようだ。

 ありがとうアナ。――だけど料理中は危ないから止まってくれ。


「ぅわふ!」


 尻尾をぶんぶんと振りながら、アナが周囲を走り回る。いい匂いがし始めたベーコンにテンションが上がっているのだろうか。

 さすがに味が濃いと思うから、お前にはあげられないけど。


「こらアナ! 止まれ! 走るな!」


 ディーンが声を上げるが、アナは止まらない。遊びだと思っているのか、ディーンが伸ばす腕を楽しそうに避けている。


 ――そこにタローが突進して来た。


 はぐっ、と、タローは口を開けてアナを咥える。そのままアナを持ち上げ、距離を取るように歩き始めた。


 ……運ばれるアナが楽しそうだけど、いいのかお前それで。


「わふ!」


「まあ、本人? が、いいならいいか……」


 呟きながら、フライパンにスープを足していく。段々とお米がふっくらとしてきたな。


 焦げ付かないように軽くかき混ぜていると、タローの所まで行ったディーンが戻ってきた。

 申し訳なさそうに頭を掻いている。


「ワリイな兄ちゃん。アナは言うこと聞かなくてよ」


「まあ、どう見ても産まれて数ヶ月ってところだからね。仕方ないと思うけど」


 リーゼ用のチーズリゾットに牛乳を注ぎ入れる。


「アナとはどうやって出会ったの?」


「ん、拾った。すぐそこの森ではぐれてたんだよ。周りの奴らは『良くあることだからほっとけ』って言ってたけど……なんとなく見捨てるのは嫌だったからな」


「なるほどね。まあ、ちゃんと面倒を見てるならいいんじゃない?」


「……ちゃんと飼い主ができてるかって言うと、微妙な感じだぜ。兵士として働いてる間は見てられないしさ。あとは、アナが元気すぎだ。今日も休みだったけど、アナのおかげで寝てる暇もねえんだ。夜勤明けだってのに」


「そりゃ大変だ……」


 ディーンは若いから体力もあるだろうが、相手は子供とはいえ魔物だ。特に、アナはタローよりも活発な性格に見える。

 働きながらでは世話も大変だろう。


「まあ、今のところはウチのタローが面倒を見てくれてるから、ゆっくりするといいよ」


「ありがとう。ホント、助かるぜ兄ちゃん」


「どういたしまして」


 本日2回目の言葉を返す。


 さて、頑張るディーンのために、美味しい昼食をごちそうしようか。


「大人用のリゾットは、そろそろ十分な水加減だな」


 お米は白く膨らんでいる。今フライパンにある水分で足りるだろう。このまま火にかけて、たまに焦げないように混ぜるだけだ。


 という訳で、リゾットに使う必要がなくなったスープを完成させる。まあ、塩で味を整えるだけだけど。

 味見をしてちょうど良ければオーケーだ。


「うん。スープはこれでよし。お次はベーコンっと」


 時間的にはいい頃だ。オーブンを開けると、肉と脂、それから燻製の香りが広がった。焼き色も良い感じだ。


「わおぉん!」


 アナが吠えた。さすが狼。いい嗅覚だ。


 ベーコンはディーンに厚切りのまま渡すとしよう。ベーコンステーキだ。たっぷり食べてもらう。


「最後にリゾットの仕上げっと」


 大人用もリーゼ用も、どちらも綺麗に炊けている。両方の火を止め、上からチーズを削り入れた。

 大人用はたっぷりと。リーゼの分は控えめに。


 最後に余熱でチーズを溶かしながら、お米にチーズを絡ませていく。


「うん、いい感じ!」


 旅の最中でも簡単に作れる、シンプルなチーズリゾットの完成だ。


「よ~し、みんな、ご飯できたよー!」


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