結婚観
目の前の熊肉の煮込み料理を食べる。ふんだんに使われた香辛料が、熊肉の臭みを消しつつ、濃い肉の味を伝えてくる。
酸味と微かな甘味、たまに感じる辛みが、熊肉の旨味と合わさり、口の中で調和している。
美味い。
あまり香辛料を使わない、素材の味を生かす料理を作ることが多いオレには出せない味だ。
ぬるめの味わい深いビールに良く合う。
「どうだ!!美味いか!!がっはっはっは!!」
「ああ、美味いよ。すごいな」
「がっはっは!!全然聞こえんぞ!!がっはっはっは!!」
すでにかなりのペースで酒を飲んでいるゴルドンが大声で笑う。だが、そんな音量でさえ、掻き消えそうなほど、この店内はうるさい。
店内は筋肉ダルマだらけだ。恰好から、肉体労働者と冒険者だろう。酒が入っているだけあって、全員非常にうるさい。
オレは疲れているので声を張りたくない。ゴルドンに聞こえないのはしょうがないだろう。
どの道、ゴルドンは酔っていようがいまいが勝手に良くしゃべる。
「がっはっはっは!!うむ?どこまで話したか。そうだ、息子の話だな!!」
息子さんの話が始まった。今年で成人らしい。ここら辺では16歳で成人だ。
熊肉が美味い。一緒に出て来た硬くてすっぱいパンも、熊肉煮込みの汁に浸して食べればなかなかだ。
ただ、ビールのジョッキがでか過ぎだろう。ピッチャーかよ。
店内は大きいヤツらばかりだから気にしていないようだが、オレには重くて口元に運ぶのも一苦労だ。今は両手を使って飲んでいる。微妙な絵面だ。
ゴルドンの家族の話を聞きながら、熊肉とビールを腹に入れていく。周りの騒音も気にならなくなってきた。
ゴルドンが何杯目か分からないビールを注文する。
オレはようやく1杯目を飲み終わるところだ。かなりの量だった。腹がきつい。
「それで、ようやくアイツも幼馴染の宿屋の娘と付き合い始めてな!!来年には初孫が見られるかもしれんな!!がっはっはっは!!」
「それはおめでとう。結婚式にはウエディングケーキでも作ろうか」
まあ、聞こえてないな。こんな大声で、会ったことも無いオレに恋愛事情をバラされている長男くんには少し同情する。
「それで坊主!!お前は結婚せんのか!!いいもんだぞ!!がっはっはっは!!」
「坊主じゃないって。ん~。結婚、結婚ねえ」
ジョッキを両手で持ち上げて、少しだけ残っていたビールを喉に流し込む。
お互いのテーブルの上には既に料理は無い。
「ふう~~。飲み終わった!腹いっぱいだ!オレは帰るぜ!」
「んん?そうか。それでは俺も帰るとしよう。家族が待っているからな!!」
ゴルドンがピッチャーサイズのジョッキを一気飲みする。すげえな。
「っぷはあ~~!!よし!!帰るか!!」
勘定を払って酒場を出る。酔っぱらい達の騒めきが遠ざかる。
外はもう暗くなっている。夜空がきれいだ。吹き抜ける風が気持ちいい。
「今日は助かった。またな、ゴルドン」
「おお!!また依頼に誘えよ!!」
ゴルドンと別れて夜道を進む。
オレの家は都市の外れだ。大通りからも離れたそこは、近づくほど人気が消えていく。
周りから人影がいなくなった。
「……結婚ねえ」
したいか、したくないかで言えば、結婚はしたい。
調べても調べても日本に帰る手がかりすら見つからなかった。そもそも、何故、どうやってここに来たのか分からない。
必死に学んだ魔術式は、テレポートのような空間に作用する魔術は存在しない、という答えをオレに叩きつけた。
とっくの昔に、この世界に骨を埋める覚悟はできている。まあ、選択肢も無いが。あとはお米が見つかれば、それで、それだけでいい。
だから結婚はしたい、と思う。
「ふぅ~~~~~~、はぁ」
酒臭い吐息を夜空に向かって吐きかける。
……問題がある。どうしたら良いのか分からない。どうしようも無い問題が。
オレは、地球人であるオレは、この世界の人と子供が作れるのだろうか。
オレには、分からない。
この世界の人々には、例外なく魔核という臓器がある。生まれ持つ、先天的なものだ。
当然、地球産のオレには無い。
この時点で、たぶんDNAは違うんだろう。
見た目はほとんど変わらない。こっちの人は瞳と髪がカラフルで、オレから見るとみんな美男美女だとは思うが、魔核を除く体のつくりは、オレの知識にある限り違いはない。
もし、オレが遺伝子の専門家で、DNA鑑定なんて出来たなら、この問題の答えも出せたかもしれない。
だけど、そうじゃない。ここでは調べる術もない。
この世界では、魔物の脅威に晒されているここでは、頑丈であっても、人の命は儚い。
だからこそ、結婚とは子作りとほぼ同義だ。亡くなる命が多いからこそ、新しい命は尊ばれる。
もし、子供ができない可能性があって、それを話さず結婚したなら、それは判明したら親族一同から袋叩きにされて絶縁されるくらいの重罪だ。
どうしようも無い。
オレに思い浮かぶのは、クズな解決方法だけだ。
“子供ができるか試してみればいい”
反論の余地のない、完璧、簡潔な解決法。そうだ。分からないなら試すしかない。
「……無理だろ」
ここで出会った女性達を想う。優しい人達だ。明らかな異邦人。顔のつくりも、肌の色も、髪も目も色が違うオレを、受け入れてくれた、優しい人達だ。
なんて頼むんだ。子供が作れるか分からないから実験させてくださいとでも言うのか。無理だろう。
では、親しくも無い女性に金でも積んで頼んでみるか。ああ、きっと探せば、大金がもらえれば子供を産んで良いというほど困窮した人もいるだろう。
だが、もし、子供ができたらどうする?
愛してもいない女性と結婚するのか?子供だけ引き取って、結婚相手を探すのか?
それとも、両方捨てるのか。
ああ、無理だ。無理だ。
オレがオレである限り、オレに実行できる方法はない。
「だから……どうしようも、無いんだよなあ」
答えが出ないのは分かっている。だが、体を巡るアルコールのせいか、無駄な思考が止まらない。
何もできないという答えに、ひたすらぐるぐると行き当たる。
……いつの間にか、家の前に着いていた。
「やっぱ酔ってんな。もう寝よ」
オレなど気にせず煌めく夜空を見上げながら、さっさと家に向かった。




