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異世界でもお米が食べたい  作者: 善鬼
第9章  帝国辺境_海賊領交渉編
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旅の準備

 ロゼの実家へと出発する前日の昼過ぎ。オレは家の倉庫で魔石を見繕っていた。

 魔道具作りに使う魔石だ。ただし作るのはオレじゃない。


「あの、師匠……いいんですか?」


「ん~? なにが?」


 目の前でソワソワと手を動かすルカを見る。


「えと、魔石……高いですよね。僕はまだ見習いなのに、本当に使ってもいいんですか……?」


「ああ、それは気にしなくていいよ。高くても必要なことだから。学んだ知識は、実際に使ってみないと身に付かないもんだよ」


 不安そうな顔をする弟子に笑い掛ける。


 精神操作の魔術を使う姉弟、その片割れのルカを魔道具職人としての弟子にしてから、もう数ヶ月が経つ。

 学習態度は実に真面目だ。大々的に魔術を使うことができないというハンデを負っているためか、頑張り過ぎる傾向があるほどだ。

 まだ魔核を含めて体は出来上がっていないので、体力面で心配なものはあるが、その素直な性格はとても教え甲斐がある。


「というか、オレの方こそごめんね。師匠なのに、しばらく教えることができなくて」


「いえ……仕方ないと思います。リーゼちゃんは大変みたいですし……」


「ははは……そう言ってくれると助かるよ」


 ルカが同情するような笑みを向けて来る。弟子として家に通っているルカは、リーゼの暴走状態を見ることが多いのだ。


「さて、魔石はこんなもんか」


 容量を考えて選んだ5つの魔石を箱に入れ、準備していた紙の束と一緒にルカに渡す。


「はい。これがルカへの宿題ね。オレが帰って来るまでに魔道具を5つ作ってみること。4つは魔術式有りだから、精霊語の入力を間違わなければ大丈夫だと思う。だけど最後の1つは自分で魔術式を考えるのが課題だよ。頑張って」


「はい……分かりました。ありがとうございます、師匠」


 緊張した顔でルカが宿題を受け取る。

 宿題にお礼を言ってくる辺りに、学習意欲の高さが現れている感じだ。


「いちおう紙の方にも書いたけど、実際に動かすのはオレが帰って来てからね。『起動』の文字は抜いておくこと」


「はい。気を付けます」


 宿題にした魔道具は危険がないものだが、万が一というものがある。魔石は使い方を誤れば凶器にも変わるのだ。

 ルカには教えていないが、オレの爆弾の魔術式はそう難しいものではない。魔石を意図的に暴走させるだけで作ることができる。


 オレのいない間は安全を優先させるべきだろう。


「あとは計算問題の宿題も作っておいたから、そっちもちゃんとやっておくこと」


 魔道具作りには、効果を発現させる座標の指定や、使用する魔力量の設定などのために計算が必要となる。数学的な知識も重要だ。


「はい。分かりました」


 ルカは素直に頷く。


「うん。よろしい。じゃあルカ、オレはたぶん一ヶ月半くらいで帰ってくるから、その間は無理のない範囲でしっかり勉強すること。頑張れよ」


「はい……あの、師匠」


「ん?」


「……師匠も頑張ってください」


「ははは。当然、頑張るよ」


 ぐしゃぐしゃとルカの頭を撫でておく。

 オレの能力を知っていながら応援してくるとは、中々に心配性で優しい弟子だ。




 孤児院へと帰っていくルカの背中を見送って、オレは改造馬車への荷物の積み込みを開始する。


 暴食女王蟻の魔石を使用したおかげで大型化に成功した改造馬車は、その大きさ通りに大容量だ。大人2人に幼児が一人、狼一頭の少人数なら、荷物を置いてもかなり余裕はある。


 ロゼの実家であるディシールド領は、貿易都市からなら帝都よりも近く、この馬車なら片道2週間ほどのはずだ。


 食料は途中の町などで購入する予定ではあるが、例え何かあっても、2週間くらいなら最悪補給なしでも問題はない。


「食べ物と水は大丈夫。あとは魔物や盗賊が出ても問題なしっと……」


 オレとタローの索敵範囲をすり抜けるのは不可能だ。そして、戦闘ならオレかロゼが出れば済む。

 そっちの安全面も大丈夫だ、と考えていたところで、背後から気配がした。


「パパ~!」


 振り向けば、リーゼがタローの背中に乗って近づいて来ていた。にこにこと機嫌の良い顔だ。


 荷物の詰め込みは魔力アームに任せ、足元まで来たリーゼを抱き上げる。


「よっと。どうしたリーゼ?」


「リーゼもおてつだい! はこんでるの!」


 一瞬意味が分からなかったが、良く見ればリーゼは愛用のリュックを背負っていた。隙間から小タローが顔だけ出している。


 なるほど。お手伝いで自分の荷物を運んでいるらしい。


「そうか。お手伝いができてリーゼは偉いなあ」


「みふふ」


 くすぐったそうに良く分からない発音で笑うリーゼを見ながら、馬車の扉へと魔力アームを飛ばす。

 悪路を走ることを想定した改造馬車は車高が高く、そのままではリーゼが乗り降りし難いのだ。リーゼ用の足場を出す必要がある。


「これでよし。リーゼ、荷物を運ぶのはよろしくね」


「うん!」


 地面に降ろすと、リーゼはパタパタと改造馬車に走り寄り、「うんしょ」と足場を昇って車内へと入った。

 その後ろをタローが軽やかについて行く。


「機嫌がいいときはこんなに可愛いのになあ……」


 もちろん機嫌が悪くても可愛い子には違いがないけれど。それでも笑っている顔の方がいいのは確かだ。魔術も暴走させないし。

 旅の間は機嫌がいいことを祈りたいな。


 そんなことを考えつつ、リーゼの後を追って車内を覗きに行く。

 中に入ると、リーゼは座席の上に乗って、備え付けのテーブルにぬいぐるみを並べているところだった。リュックの中身は全てぬいぐるみだったらしい。


「むう~?」


 何かオレには分からないこだわりがあるのか、小さく唸りながら微調整をしている。

 馬車を動かせば落ちる、とは言い出しにくい雰囲気だ。


「あ~、リーゼ?」


「?」


 どうかした? という感じで首を傾げられた。うん、ちょっとね。


「ええと、リーゼ、小タロー達はこっちの棚に置いてあげようか。テーブルの上だと、たぶん揺れて落ちちゃうからね」


 言いながら、壁面にある収納棚の扉を開けてみせる。

 が、リーゼは眉を下げてオレを見た。


「コタロー、くらいとこかわいそう」


 暗いところに入れるのは可哀そう、と。……個人的には床に落ちて汚れる方が可哀そうだと思うけど……。

 洗うのけっこう大変なんだよね、ぬいぐるみって。


「じゃあ、こっちの椅子の上に置こうか。それなら明るいよね」


「ん~、うん。分かった」


「よろしくね」


 素直に聞いてくれて助かる。座席の上なら背もたれもあるし、そうそう落下しないだろう。座るのは3人だけだから席にも余裕がある。


「コタローはこっち~、ウメちゃんはこっち~」


 リーゼが歌いながらぬいぐるみを置いていく。ちなみにウメちゃんはロゼ作の馬のぬいぐるみだ。なぜ馬なのかと言えば、騎士時代に世話をして一番造形が分かっているからとのことだ。

 あとウメちゃんは雌馬らしい。そのうち牡馬も作るんだろうか。


 少し疑問を覚えながら、楽しそう旅の準備をするリーゼを見る。


「リーゼはお祖母ちゃんに会うの楽しみ?」


「うん! いっしょにあそぶの!」


 笑顔が眩しい。

 リーゼが旅に乗り気なのは、祖母であるロザリーさんに会えるからだ。


 ロザリーさんはリーゼが喋れるようになる前に領地へと戻ってしまったのだが、リーゼの記憶の中には優しいお祖母ちゃんとしてしっかりと刻まれているらしい。


「ちなみにお爺ちゃんは?」


「おじいちゃん?」


「ママのパパだね。向こうに行ったら会えるよ」


「ん~?」


 コテンと首が傾く。

 リーゼはロザリーさんがお祖母ちゃんという存在であることは分かっていても、祖父母という関係性そのものは理解できていないらしい。

 デュークさんに会ったらどんな反応をするのだろうか。


「あとはママのお兄さんもいるね」


「むう?」


 リーゼは全然分かっていない顔して、それからぬいぐるみを並べる作業に戻った。リーゼは一人っ子なので、お義兄さんのことを言われてもさっぱり分からないのだろう。

 まあオレも、次期当主だと言うロゼのお兄さんには会ったことがないのだけど。読書好きで苦労人気質らしいが、どんな人だろうか。


「できたー!」


 義兄のことを考えている間に、リーゼはぬいぐるみを並べ終わったようだ。座席の上に全てのぬいぐるみが横並びになっている。

 ウメちゃんもきちんと四本の脚で立っていた。


「よくできたね」


「できた! タローみてー!」


 座席の足元で伏せていたタローが顔を上げ、並ぶぬいぐるみ達に視線を送った。


「ヴォフ」


「むふふ~。すごいでしょー!」


 両者の間では何かが通じ合っているらしい。オレだけ若干の疎外感があるな。


「リーゼは他に持って来る物はある?」


「えほん! よんでもらうの!」


 絵本か。オレも持って行こうとは思っていた。寝る前の読み聞かせ用だ。

 一歩間違うと“もっと読んで攻撃”が始まる危険性があるが、少なくとも機嫌は良くなる。


「分かった。じゃあ、取りに戻ろうか」


 オレの方も用意した荷物はだいたい積み込んだところだ。あとはロゼがまとめている着替えと食材関係のみ。

 そっちは明日の出発前に積み込めばいいだろう。


 リーゼを抱き上げて馬車の外へと出る。

 秋の太陽は傾くのが早く、西日が目に染みた。オレが使う爆破の魔術のような、赤い夕焼けだ。


「――ねえ、リーゼ。リーゼは大きくなったらどんな魔術を使いたい?」


 オレの腕の中で、リーゼは可愛らしく眉を寄せる。


「んー、ママといっしょの! はっぱをざざーってやるの!」


 ロゼの、おそらく風の魔術だろう。秋ということもあって、ついこの前、庭の落ち葉や枯れ枝をロゼが風の魔術を使って集めたのだ。

 落ち葉が渦を巻いて舞い上がり、一ヶ所に集まっていく光景は中々迫力があった。


「そうか風かあ。いいね。頑張ればリックみたいに空も飛べるかもよ?」


「ほんと? リーゼとべる?」


「ははは、頑張って練習すればきっとね。でもリーゼがもう少し大きくなってからだよ」


「じゃあいっぱいねる!」


 寝ないと大きくなれない、とオレとロゼに言われていることから、たくさん寝れば大きくなれると思ったらしい。間違いではないな。


「そうだね。夜はちゃんと寝ないとね」


 リーゼの答えに笑いながら家へと戻る。


 リーゼが風の適性を持っているのはほぼ確実だと思う。遺伝的にロゼから地と風の適性は引き継いでいるはずだ。

 それにリーゼの爆破の魔術は、オレのものと違って無色透明だ。そして、規模の割に周囲への衝撃が大きい。これはたぶん風の適性が影響しているのだと思う。


 風の魔術なら使い道も多いし、リックやロゼからも教えてもらうことができる。リーゼが望むなら鍛えるのもいい。


 だけど、爆破の魔術は別だ。爆破の適性は破壊することに特化している。防御の術なんて存在しない。使い方を誤れば術者も傷付ける危険な魔術だ。


 リーゼは自分が魔術を暴走させていることを未だに理解できていない。それなら、知る前に封じてしまうべきだ。魔術を扱うのは、善悪の区別がつくようになってからでも遅くない。


 それに本来、リーゼは爆破の適性を持つはずではなかったのだ。

 ロゼの妊娠が分かったのは、オレが悪魔を呼んだあの日だ。あのときまで、オレには魔術適性どころか魔核すらなかった。


 だから、リーゼが持つ爆破の適性はオレからの遺伝ではない。

 ならば何故か。原因ははっきりとしている。ボムからの“精霊の祝福”だ。


 爆破の概念を司る最初の精霊。その祝福は効果が大き過ぎたのだろう。胎内にいたリーゼに、精霊使いとしての素養を芽生えさせるほどに。


 そして何の因果か、リーゼの魔力は年齢を考えれば異常と言ってもいい量だ。このまま成長していけば、レックスの魔力量を超える可能性すらある。


 膨大な魔力量に、破壊に特化した意思一つで発動する魔術。戦闘の経験を積めば、リーゼは誰よりも強くなれるだろう。


 だけど親として、戦いの道を選ばせたくはない。強すぎる力は他者の目を惹き付ける。


 魔物という脅威が存在するここでは、戦う力を持つ者は、持たない者から頼られる。頼られ、持ち上げられ、英雄視され、そしていつかは命を落とす。この世界の歴史はそうやって回って来た。


 だから、オレは爆破の魔術なんて使わずに生きて欲しいと思う。安寧で平穏な日々を過ごして欲しい。


 いつか決めるのがリーゼ本人だったとしても。


 少なくとも今はただの子供として、無邪気に過ごして欲しいと思う。


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