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異世界でもお米が食べたい  作者: 善鬼
第9章  帝国辺境_海賊領交渉編
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リーゼの成長

 透き通るような秋晴れの空に、小さく鳥が飛んでいるのが見える。夏の暑さも過ぎ去って、近頃はすっかり過ごしやすくなった。お米の倉庫周辺もすっかり秋模様だ。


 そんな秋の空の下で、オレはひたすらに腕を動かしていた。


「ほっ、ほっ、ほっ、ほっと」


 周囲には馴染みの稲作仲間と家族。そして、全員から注目されたオレが振るうのは、真新しい(きね)だ。

 地面には、同じく木目も綺麗な新品の臼。中で叩かれているのは白い塊。


 つまり、餅つきの最中だ。

 湯気の立つもち米からは、懐かしい柔らかな匂いがする。


 帝国の義父から届いた籾。育てていたそれを収穫した結果、どうやらもち米らしいことが判明した。

 半透明の実から薄々そうじゃないかとは思っていたが、予想が当たっていたようだ。前から育てているお米と交配しないように、離れた場所で育てて正解だった。


 という訳で、さっそく蒸したもち米をついているところだ。例のごとく魔力アームを使った一人二役だ。

 一度やり方を見てもらったら、あとは他のメンバーにもやらせてみようと思う。

 身体強化を使えば高速餅つきも可能かもしれない。慣れればたぶん機械顔負けの速度で餅を作れるようになるだろう。


 まあ、大量生産しても売る宛てがないんだけど……餅、旅の保存食として冒険者や行商人に売れないだろうか。少なくとも石みたいなパンより味はいいはずだけど。

 あとは保存性か……要実験だな。


 手を動かしつつもち米の販売方法を考えていると、ロゼの腕の中でリーゼがこちらに手を伸ばしているのが見えた。


「リーゼもやりた~い!」


「ふふ。次は手伝わせてもらおうな」


 リーゼが大きな目を好奇心に輝かせている。それを笑いながら宥めるロゼ。疲れて来た腕のことを考えなければ、非常に長閑な光景だ。


 うん。もう少し頑張ろう。




 とりあえず一回目の餅つきを終えたので、見ていた他のメンバーにもやらせてみることにした。

 どうせ作るなら、ということで、杵と臼は一気に5セットも作ってある。十分だろう。


 慣れない作業だとは思うが、みんな飲み込みが早いし手先も器用だ。オレがアドバイスしながらやれば形になるはず。


「パパ、リーゼも~!」


「分かってるよ。ちょっと待っててね」


 リーゼが両手を上げてアピールしている。

 もちろん餅つき体験はさせるつもりだが、リーゼの補助をしながら他のメンバーの状況を確認するのは難易度が高い。


 という訳で身体強化を発動して、軽く頭を強化しておく。魔力が巡ったところで魔道具も追加で発動だ。


「餅が冷める前にっと。『魔力腕:4』」


 最初についた餅の切り分けと、家で作ってきた餡子ときな粉、それに砂糖醬油の準備も並行作業だ。


 魔力アームを飛ばし、行動開始。


「よし。それじゃあリーゼもやってみようか」


「やったー!」


 はしゃぐリーゼを抱き上げて、臼の隣に置いた木箱に立たせる。リーゼの身長では臼は大きいのだ。これなら臼の中の様子がちゃんと見える。


 木箱がぐらつかないことを確認して、リーゼが掴める位置に杵を構える。さすがにリーゼ一人で杵を振るのは無理なので、オレが杵を動かしてリーゼに掴ませる形だ。中腰が地味にきつい。


「じゃあリーゼ、ちゃんと持つんだよ?」


「うん!」


 オレが支えた杵をリーゼが両手で掴む。体が小さ過ぎて、杵を持つというよりは、杵にぶら下がっている状態だ。それでもやる気満々な顔が愛らしい。


「ちゃんと持てた?」


「うん。だいじょうぶ」


 (りき)んでいるのか、リーゼの頬が少し膨らんでいる。こっちの方が餅より柔らかいかもしれない。


「じゃあ始めるよ。え~とそうだな……掛け声はぺったん、ぺったんでいこうか」


「わかった! ぺったん、ぺったん!」


 すぐ近くでカメラを構えたロゼが笑っているのが見えた。写真は後で見せてもらおう。


「よし、じゃあ行くよ。せ~のっ」


 リーゼに気を付けながら杵を振り上げて――速度控え目で振り下ろす。


「「ぺったん! ぺったん!」」


 リーゼと息を合わせて餅をつく。たまにこっちを見るアルド達の視線が生暖かいが、まあ、いつものことだ。


 さて、リーゼが満足してくれるまで継続だ。頑張れオレの腰。




 無事に餅つきを終えて実食タイム。稲作メンバーは各々好きな食べ方を模索中だ。若い者が多いので、みんなよく食べる。


「コーサクさーん!」


 農家のアンドリューさんの息子で若手代表のアルドが走って来る。何故か両手に餅だ。


「砂糖とショーユつけたヤツがうめえよ! すげえな!」


 アルドは砂糖醤油が気に入ったらしい。肉体労働をする若い者は、やはり塩分に惹かれるのだろうか。


「そりゃ良かった。けど、急いで食べて喉に詰まらせないようにね」


「おう! 気を付けるー!」


 アルドは笑みを浮かべて戻って行った。ただ感想を言いに来たらしい。感情に素直なのはアルドの美点だろう。


「私はキナコが好みだな。うむ。この素朴な甘さが良い」


 隣に座るロゼが口元を拭きながら頷いた。甘い物が好きなロゼはきな粉餅も気に入ったらしい。

 つい先程きな粉をつけ過ぎて(むせ)ていたのは見なかったことにしよう。


「パパ、おかわり!」


 膝の上で、リーゼがオレを見上げてくる。満面の笑みが浮かぶ口元は餡子で汚れていた。リーゼはもうすぐ2歳半。餡子デビューはしたが、まだまだ綺麗に食べるのは遠そうだ。


「ちょっと待ってて」


 リーゼをロゼに預ける。

 アルドにも言ったが、餅が喉に詰まったら大変だ。だからリーゼには小さく切った餅をあげている。

 普通サイズの餅はもう少し大きくなってからだ。


「おもち~、おもち~。ぺったん、ぺったん」


 ロゼの膝の上で楽しそうに体を揺らすリーゼ。その調子外れな歌を聞きながら、オレは笑って餅を小さく切っていく。

 食べすぎると夜ご飯が食べられなくなるので、お代わりの分は少し控え目だ。


 作業をしながら周囲を見渡せば、他のメンバーも皆笑顔だった。普段からお米を食べているためか、餅もすんなりと受け入れられたらしい。


 とても穏やかで眩しい光景だ。


 元から育てているお米は去年より豊作で、新しく育てたもち米も無事に収穫することができた。

 そして家族は怪我や病気もなく、リーゼはすくすくと成長している。


 平穏で幸せな日常だ。オレは公私ともに順風満帆な日々を過ごしていた。





 ――と、なっていれば良かったのだが、人生、そう甘くはない。

 問題というのは思いがけない所で発生するものだ。


 餅つきをした夜。夕食も終わり、リーゼもお風呂に入れた。そんな時間だ。


「じぶんで着るの~!」


 自分のパジャマを握り締め、リーゼがロゼの手から離れていく。リーゼのパジャマは前をボタンで留める形となっているのだが、どうやら自分でやりたいと言っているらしい。


「ふむ。分かった。頑張れリーゼ。ママはここで応援しよう」


 ロゼはリーゼのやる気を尊重することにしたらしい。


 リーゼはもうすぐ2歳半。まだ手先は不器用なのでボタンを留めるのは難しい年頃だ。毎日見ている身とすると、上手くできなくて最後には泣きそうな気もするが……できる日が今日かもしれない。挑戦するリーゼを見守ろう。


 個人的には着替えに時間がかかり過ぎて体を冷やさないか心配だけど……。


「むぅ~」


 唇を尖らせて集中するリーゼを、夫婦揃ってハラハラと見守る。小さな指の邪魔をしないように、心の中で応援だ。


 最近、リーゼはこういう行動をよく取るようになった。わがまま、というか、何でも自分でやりたがるのだ。

 おかげで着替え一つとっても時間がかかるし、見ていると心配になることも多い。いつ手を出そうかと、毎日悩ましい。


 まあ、それはいい。


 自立心の芽生えは、リーゼの心の成長の証だ。ならば挑戦させるのも親の役割だろう。うん。これは大丈夫だ。特に問題と言うほどのことじゃない。



 それから少し経過し、ロゼが手伝う形で何とかリーゼはパジャマに着替えることに成功した。

 見ているだけでも疲れたが、途中までとはいえ一人で着替えたリーゼは誇らしげだ。ちゃんと褒めておいた。


「にふ~。タロー見てー!」


 パタパタと、リーゼは寝そべるタローに向かって走って行く。


 オレかロゼに褒められたらタローに自慢しに行くのが、リーゼの最近のお気に入りらしい。

 タローはタローで、鼻先でリーゼのお腹を撫でてちゃんと褒めている。相変わらず両者は仲良しだ。


 さて、仲が良いことは素晴らしいが、リーゼはもう寝る時間だ。


「リーゼ、そろそろお休みの時間だよ。パパと一緒に2階に行こうね」


 ところが、リーゼは可愛い顔で精一杯不満をアピールしてくる。


「や~! まだタローとあそぶの~!」


 さっきのは自立心だが、今度のは自意識の成長による欲の発生だろうか。まあ、何かを求めるというのも成長の一端だと思う。

 ちなみに、こうなった場合の解決方法はまだ見つかっていない。


「リーゼ。ちゃんと寝ないと大きくなれないよ?」


「やなの~!」


 2歳半の娘を理屈で説得するのは難しい……。

 心苦しいが、ちゃんと叱るのは親の義務だ。苦手だけど。けっこう辛いけど。駄目なものは駄目。


 覚悟を決めて息を吸った――ところで、リーゼが動いた。


「タロー、いっしょにあそぼー」


 両手を広げてタローに近付く。その行動に対して、リーゼと兄妹のように仲の良いタローは――すっと身を引いた。


 リーゼの抱き着きが空振りに終わる。


「タロー……?」


 呆然と、という表情でリーゼがタローを見る。タローは耳を伏せて困った顔だ。頭の良いうちの狼は、ここは寝るのがリーゼのためだと理解していたようだ。


 だが、そんな理屈はリーゼには関係ない。


 呆然とした顔が一瞬でくしゃりと歪む。早くも涙が滲んで来ていた。リーゼにとっては、タローに裏切られたという事実が何よりもショックだったようだ。


「うええええん!!」


 まさに号泣。居間の中にリーゼの泣き声が大音量で響く。びりびりと耳に響く声はダメージが大きいが、まあ、これくらいは慣れている。


 オレの認識では、ほんのちょっと前までリーゼは隙があれば泣いていたのだ。朝に泣き、昼に泣き、夜に泣き、ついでに真夜中にも泣く。

 そんなリーゼをロゼと一緒に世話したのは、そう遠い過去じゃない。


 だから、リーゼが泣くのはよくあることだ。これくらいは問題の内には入らない。


 ロゼが少し困った顔でリーゼを抱き上げ、あやし始める。その様子を見ながら、オレは意識を集中した。


「タローがああぁ!! タローがにげたああ~!!」


 余程ショックだったのか、タローの名前を出しながら泣き続けるリーゼ。

 そのリーゼに触れているロゼが、眉を下げてオレを見る。


「……コウ、頼んだ」


「うん。分かってる――」


 パァンッ、と、不意に天井付近で何かが破裂する音がした。反射的に顔を上げるが視界には何もない。


 だが、音は連続していく。さらに早く、強くなっていく。居間のあちこちでクラッカーを鳴らしたような音が重なる。空気が揺れる。


 オレは小さく息を吸った。


「干渉開始」


 魔力の感覚を開いて、リーゼが発動した魔術(・・・・・・・・・・)を妨害する。


 音が止んだ。リーゼの泣き声はそのままだが、居間は何事もなかったように元に戻る。


 見た目的には、だが。

 室内の魔力は現在進行形で荒れている。オレが魔術妨害を止めた瞬間に、リーゼの魔術は再び発動するだろう。


「コウ、ありがとう」


「どういたしまして。リーゼはよろしく」


「うむ」


 ロゼが泣いたリーゼをあやす姿を見ながら、オレは魔力に干渉し続ける。


 オレ達家族が直面している問題はこれだ。


 一般的に、この世界の住人が魔術を使えるようになるのは、どんなに早くても5歳頃からだと言われている。

 魔術を使用するには精霊に意思を伝えるための詠唱と、対価として魔力が必要となるためだ。


 精霊語への理解や発音、十分な魔力は、ある程度成長しなければ身につけることができない。


 だが、例外はある。それは精霊に愛された人間だ。精霊使いと呼ばれるほど精霊との親和異性が高い人間は、魔術に際して詠唱を必要としない。


 身近なところだと、斬属性のレックスや、風属性のリックがそうだ。あとは後天的だがオレも。

 オレ達は思考が魔術に直結しているのだ。


 そして、困ったことにリーゼも精霊使いの素養を持っていたことが判明した。つい先月だ。

 しかもよりにもよって、オレと同じ“爆破”の適性。


 さらに頭の痛いことに、感情が高ぶると勝手に発動してしまうらしい。本来ならば2歳半で魔力が足りるなんてあり得ないのだが、リーゼは小さな体には不釣り合いなほどに大きな魔力を持っている。


 その魔力量のおかげで、リーゼはほとんど病気になったことがないのだが……こんな形でデメリットが出て来るとは予想していなかった。


 爆破の魔術は強力だ。リーゼの感情任せな発動方法でも、魔力が足りれば家具の一つや二つ吹き飛ぶ。というか飛んだ。


 これ以上の被害を防ぐために、ここ最近はずっとリーゼと行動を共にしているところだ。


 なんせ、リーゼの魔術を穏便に止められるのはオレだけだ。リーゼが泣く度に、魔術妨害でリーゼの魔力を散らしているのである。


 というか、魔術妨害ってオレの切り札のはずなんだけど……。

 数ヶ月前に対スパイ戦で格好良くお披露目したのに、なんで日常的に娘相手に使っているんだろうか……。


 オレの人生も謎だ。


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〇コーサクの過去編 : 『ある爆弾魔の放浪記』  

〇ルヴィ視点の物語 : 『狩人ルヴィの故郷復興記』

シリーズ外作品 〇短編 : 光闇の女神と男子高校生な勇者たち
― 新着の感想 ―
[一言] 付き立てのお餅には大根おろしと醤油のからみ餅だろ!
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