冒険者ギルド長
本日一話目
真夜中。初めて入る営業時間の終わった冒険者ギルドは、普段の騒々しさを知っている分、静かすぎて少し落ち着かない。
「お二人とも、こちらへどうぞ」
暗い廊下を照らすのは、トールさんが持つ照明の魔道具のみ。その唯一の明かりを2人で追う。
そう2人だ。冒険者ギルドには、オレの他にルカも来ている。トールさんがルカの話も聞かせて欲しいと提案し、ルカもそれを了承したのだ。
ルカも一緒なら明日にするべきかと思ったが、ルカの決意を浮かべた瞳に、結局反対意見は飲み込んだ。
ルカは庇護の対象だが、それでも男が覚悟を決めたならば、それは尊重するべきだと思う。
家の方はロゼに任せてある。逃げ出したスパイはあの男一人だと言うので、問題はないだろう。
気絶した男は、トールさんの後に現れたギルド職員が運んでいった。冒険者ギルドが男をどう扱うかについては、オレも口を出す必要がある。
再び男が脱走し、そしてもし男の主とやらからオレ達が狙われるようなことになれば、その対応は非常に面倒なことになる。
戦う覚悟はあるが、積極的に戦いたい訳ではない。誰かを潰せば恨みを買う。戦い続ける未来に安寧は存在しないものだ。
トールさんが立ち止まる。場所は覚えのある部屋の前。少し前にカルロスさん達とギルド支部の話し合いをした部屋だ。閉じた扉の隙間からは、部屋の明かりが細く漏れている。
トールさんがノックをして、部屋の扉を開けた。部屋にいた人物がこちらを見る。
「ギルド長。コーサク様をお連れしました」
「うむ。コーサクよ。よく来てくれた。今回はすまんかったのう」
部屋にいたのは冒険者ギルドのトップ、コルスさんだ。この深夜に、まさかギルド長が出て来るとは思わなかった。それも、ただの協力者であるオレ相手に。
「……こんばんは。ギルド長」
「うむ。こんばんは。さて、コーサクよ。少しこの老人の話に付き合ってくれるかのう。その間、その子はトールが引き受けよう」
……ルカから話を聞くとは言われていたが、オレと引き離されるとは思ってなかった。今のルカからあまり目を離したくはない。
「もちろん。その子の心身の安全は、ギルド長たる儂が保証する」
巨大組織である冒険者ギルド。そのトップの宣言は、口約束であっても確約に等しい。責任が重くなればなるほど、嘘を吐くことは許されないのだ。
コルスさんは心身の安全と言った。精神面でも、ルカを追い詰めることはしないだろう。
「……お兄さん、大丈夫だよ」
ルカがオレを安心させるように言う。
「……分かりました。トールさん。ルカをお願いします。……いちおう言っておきますが、オレは今、ルカの保護者のつもりでいますので」
下手な真似を、許すつもりはないです。
「はい。心得ております」
オレの言葉の続きを読み取っただろうトールさんは、丁寧に一礼し、ルカを連れて行く。
扉が静かに閉められた。これで部屋にギルド長と二人きりだ。さて、どんな話が聞けるやら。
「ほほ。そう緊張しなくともよい。どれ、茶でも淹れようか」
そう言って、ギルド長自らお茶の用意を始める。むしろ、その行動のせいで緊張が酷くなった。
好々爺然としたコルスさんだが、その地位は巨大組織の長。本来、オレが直接話せるような立場ではないのだ。若干胃が痛い。
「ほれ、立っとらんで、座って待っておれ」
「……失礼します」
まさかお茶くらい自分で淹れる、なんて言えないので、大人しく椅子に座る。そもそも、年上に働かせている状況に、居心地が悪い。
「夜中に動くと小腹が減るからの。菓子もつけるとしよう」
目の前に並ぶお茶と茶菓子。というか、何故か羊羹だった。疑問符を浮かべるオレの前で、コルスさんも席に着く。
「ヨウカンはお主が作ったんじゃったの。儂はこの素朴な甘味が気に入っておるのじゃよ。渋い茶とあわせるのが良い」
そう言って、コルスさんは美味そうに羊羹を口に運ぶ。
羊羹は昔小豆を入手したときに試作して、そのままリューリック商会にレシピを売った。大々的に売れてはいないらしいが、一部には良く好むファンがいるらしい、とは聞いている。
その一人がコルスさんだとは知らなかったが。
というか、完全に向こうのペースだ。スパイを逃がした分、押されるのは冒険者ギルド側のはずなのに。
「羊羹を気に入ってもらえたようで嬉しいですよ。でも、その話は後日にさせてください。トールさんからは、今回の件について全て説明する、と言われています。ギルド長から説明していただけるのですか?」
「ふむ……全て。全て、か」
呟くように言って、コルスさんはお茶を啜る。口元から離されたコップが、テーブルに置かれて小さな音を立てる。
「もちろん。儂から説明させてもらうつもりではある。さてさて、全て、となればどこから話すかのう」
考え込むように、コルスさんは目を細める。
「できれば、オレが保護した姉弟のことから教えてください。冒険者ギルドでは、あの2人をどうするつもりですか?」
「どうするつもりもないとも。間諜達から聞き出したところによると、姉弟にはほとんど何も話してないということじゃ。その能力だけを求めて、2人を確保しておったらしい。2人の魔術適性に関する情報は、連中も繊細に扱っていたようでの。儂らとお主以外にとっては、姉弟はただの子供じゃろう」
「オレにとっても、2人はただの子供ですよ。……2人は故郷の村に帰るつもりでいましたが、そちらの状況は分かりますか?」
「残念じゃが、そちらは既にないらしい」
「ない、とは……?」
「そのままの意味じゃ。もう村は存在せん。姉弟の情報を秘するために、間諜どもが村ごと消したようじゃ。そう大きくない村だったらしいとは言え、惨いことをするものじゃのう……」
唇を噛み締める。あの姉弟には、もう故郷が存在しないのだ。
「じゃが、間諜どもの話によると、2人は村であまり良く扱われていなかったようじゃ。その特異な魔術適性のせいでの。両親も若い頃になくなっておったらしい」
それで不幸中の幸い、なんて言えないだろう。それでも2人は、帰るために行動していたのだから。
「そうですか……捕らえた間諜はどうなりますか?」
「それは知らん方が良いの。二度と陽の光を見ることはない、とだけ言っておこうかのう」
好々爺然とした表情で、さらりと言うコルスさんは恐ろしい。気負わない言い方に、組織への自負が窺える。
だが、
「……つい先ほど、オレの家には逃げた間諜が1人やって来ました。間諜を取り逃がすような甘い管理を、冒険者ギルドがしているとは思えません。あれはもしかして、わざとですか?」
「さすがに、一度捕らえた間諜をわざと逃がすようなことはせんよ。とはいえ、管理の甘さについては、わざとだと言われても仕方ないかもしれんのう」
「……どういうことですか」
わざと管理を甘くしたのなら、それはスパイに逃げろと言っているのと同義だろう。
「ふむ、そうじゃのう……。つい先日、儂はこの部屋で、経験を積ませたい若い者がいる、という話をしたのじゃが、お主は覚えておるかのう」
「……覚えてはいますよ。困難は人を成長させる、でしたよね」
ギルド支部の建設について話したときの言葉だ。
「うむ。つまりは、そういうことじゃ」
短くまとめたコルスさんの言葉に、自分の眉間に皺が寄るのが分かる。どういうことだ?
「ほっほ。ちょいと気を張り過ぎじゃのう、コーサクよ。儂には経験を積ませたい相手がおったのじゃよ。そして、ちょうどいいことに、手頃な鼠もおったのじゃ」
経験を積ませたい相手。ネズミは間諜の隠語。それに確か、グルガーさんは拠点制圧のときに若い人間ばかりだと言っていた……。
「今回の間諜騒動は、下の者に経験を積ませるためのものだったと……? 間諜を逃がしたのも、技量不足によるものだと言うことですか?」
「うむ。概ね正解じゃ」
概ね正解。つまり、まだ足りない部分があると。他の狙いはいったい何だ?
「付け加えるなら、今回経験を積ませたかった相手には、お主も入っておるのじゃ。コーサクよ」
「……オレ、ですか?」
急に言われた言葉に、一瞬思考が止まる。答えを提示されても、そこに至る過程が分からない。
「他者を素直に信頼するというのは、お主の美徳であると同時に弱点じゃのう」
「どういう、ことでしょうか」
人を信頼することの、何が弱点だと。
「お主は優秀じゃよ。例えば、このヨウカンのような料理を生む知識。魔道具職人としての腕。戦いで発揮される強さ。どれをとっても素晴らしい」
「……ありがとうございます」
「じゃがのう。その能力に比べて、お主は人が好過ぎる。儂らのような人間にとっては、扱いやすい、と感じるほどにの。ある程度の地位があるならば、お主の気を引く餌を用意し、お主をいいように扱うのは、それほど難しいことではないのじゃ」
反論の余地がない。だって、今回のオレは、まさにいいように扱われたのだ。
「気が付いたようじゃのう。ほほ。あまり儂らを、組織の長として生きるものを信頼するべきではない。個人としてお主を好ましく思っておっても、それは長としての判断には関係しないのじゃ。この都市の存続に必要であれば、リューリックの娘とて、お主を使い潰す決断をするじゃろう」
なぜリリーナさんが出て来たのかは分からないが、まあ、それくらいはやるだろう。商会長であり、この都市の代表でもあるリリーナさんは、守らなければならないものがあまりにも多い。
「今回オレを巻き込んだのは、その警告ということですか……」
確かに、食材一つで危ない仕事を安請け合いするのはオレの欠点だ。それに知り合いからの仕事ならば、そう無茶なものではないと、無意識的に思ってしまっている。
もう少し落ち着きが必要か……。
「ほほ。理解してくれたなら良い。それに今回の件、当然儂らにも下心はある」
「下心、ですか?」
聞き返したオレの言葉に、コルスさんは大きく頷く。
「うむ。冒険者ギルドで働くつもりはないかのう、コーサクよ」
「は?」
思わず失礼な反応になってしまった。いや、え? 勧誘?
「働くというのはつまり、ギルド職員として、ということですよね?」
「もちろんじゃとも。冒険者と接する以上、職員には現場の研修もさせておるのじゃがのう。やはり、実際の経験とは違うのじゃよ。それ故に冒険者から職員を勧誘しておるのじゃが、残念かな、書類仕事ができる冒険者は中々おらんのじゃ」
そりゃそうだろう。冒険者なんて、大抵はじっとしているのが苦手な人間だ。文字を読むより、魔物の足跡を読む方が圧倒的に得意だろう。
「その点。お主は如才なくやっておるようじゃからのう。なあに、すぐとは言わん。娘が大きくなってからでも、考えてみてくれればよい」
「考えるくらいはしますが……なぜ急に?」
ギルドに勧誘されたのは、これが初めてだ。
「うむ。儂もいい歳なのでのう。そろそろ引退を考えておるんじゃよ。となれば、後に残す者達のことを考えなければなるまい。若い者には経験と知識を与え、有望なものを引き入れる。それくらいはせんとのう」
70を超えて若い冒険者を転がす妖怪のような人が、そんなことを言う。オレ的には、あと10年はギルド長をやってそうだと思うが。
まあ、外からは感じないだけで、本人は衰えを実感しているのかもしれない。
「そうですか……。分かりました。ちなみにギルド職員の件、もし断ったらどうなりますか?」
「うむ? どうにもなりはせんよ。この手の勧誘が断られるのはいつものことじゃからのう。ただ……」
ただ……?
「お主は間諜の捕縛にも関わってしまったからのう。本当に腕のいい間諜どもに狙われる可能性は、なきにしもあらず、といったところじゃ」
「……なるほど」
この妖怪ジジイ。最後に脅してきやがった。
「ほっほっほ。冒険者ギルドに勤める者は、その家族まで守護の対象としておるからのう。安全対策は万全じゃ。考えておくと良い。さて、話も長くなってしまったの。最後にこれをお主に渡そう。今回の詫びの印じゃ」
コルスさんが取り出した一枚の紙を受け取る。手触りの良い高級な紙だ。一番下には、コルスさんの直筆のサインがある。
「これは……」
「向こう3年間。お主が購入する魔石を半額にする証書じゃ。ほほ。詫びじゃからな。遠慮は不要じゃ」
魔石というのは高価だ。魔道具が高いのも、半分くらいはそれが理由となる。それを区切りがあるとは言え半額。破格すぎる詫びの品だ。
「……ありがとうございます」
怪しい。怪しいが、まさかギルド長相手に突き返す訳にもいかないので、大人しくお礼を言って受け取る。
「うむ。では、トールも終わった頃じゃろう。気を付けて帰ると良い。あの姉弟にもよろしくの。これからも、良い関係を期待しておるぞ」
「ええ……もちろんです。それでは失礼します」
コルスさんに礼をして、緊張し続けた部屋を後にする。
扉の外には、図ったようにトールさんとルカが立っていた。ルカの様子は落ち着いている。厳しい追求などはなかったようだ。
「ルカ。調子はどうだ? 眠くないか?」
「……ちょっと眠いけど、大丈夫だよ」
問題はないらしい。後は申し訳ないが、家に帰ったら少し話をする必要がある。
「お二人とも、外までお送りいたします」
眠そうな様子も、疲れた様子も見せないトールさんの先導で、オレとルカはギルドの暗い廊下を再び歩いた。




