出航
貿易都市から海までは、それなりに距離がある。
では、作った船をどうやって海まで移動させるのか。その答えは簡単だ。
貿易都市の横を流れる大河をそのまま下るのだ。大河の終着点は海である。
目の前に、大河に浮かぶ一隻の船がある。大型の船だ。各部に輝く金属の鈍い色と、魔物素材の有機的な曲線が特徴の、この世界ならではの船。
帆を畳んで停止しているその船に、最後の荷物が積み込まれる。あとは、人が乗れば準備は終わりだ。
「コウ」
背後から聞こえた声に振り返る。
オレを見送りに来たロゼが、穏やかな日差しの中に立っている。その微笑みは、少し寂しそうに見える。
ロゼの足元にはタローが座っている。後ろにはロザリーさんとミザさんが並んでいた。2人には、既に出発の挨拶を終えている。
この船に乗ってしまえば、ロゼとはしばらく会えなくなる。昨日までで別れは惜しんだが、それでも足は重くなっている。
背負った鞄の重さを感じながら、ロゼに向かって歩く。近づいて、その体を軽く抱きしめた。ロゼの膨らんだお腹が体に当たる。その熱と体温を感じる。
ロゼを抱きしめたまま、オレ達の約束をもう一度囁く。
「ロゼ。絶対に、無事に帰ってくるよ」
「ああ……私もちゃんと待っている。行ってらっしゃい、コウ」
その体温を胸に刻み込んで、ロゼの空色の瞳と見つめ合う。
「うん。行ってきます。ロゼも体には気を付けて」
名残惜しさを胸に閉じ込めて、ロゼが安心できるように笑みを作る。そして、最後に軽く口づけをして、ロゼから体を離した。
体の向きを変える。ロゼの視線を背中に感じながら、船へと向かって足を進めた。
船のタラップの手前では、カルロスさんがオレを待っていた。
「……悪いな、コーサク」
「いえ、オレが決めたことですよ」
少しばつの悪そうなカルロスさんに笑いかける。
航海に危険があるのは事実だ。それでも、死ぬつもりはない。降りかかる脅威は壊す。オレは弱いが、準備した道具たちはオレを裏切らない。
それでも駄目そうな場合は……何とか逃げるとしよう。その手段はある。
「そうか……よろしく頼む、コーサク」
「ええ、こちらこそ」
この船にはカルロスさんも乗る。商会長が体を張るのだ。反対も多かったが、カルロスさんは強行した。
おかげで、乗組員の士気は最高だ。
大抵の困難は、その熱量で乗り越えることができるだろう。
そう感じながら、船へと乗り込む。全員が乗り込んだことで、タラップが外された。
船を繋ぎとめていたロープが解かれる。錨が巻き上げられ、揺れが大きくなった。
最後に、カルロスさんが声を張り上げる。
「帆を張れ!!出航だ!!」
「「「「おうっ!!」」」」
良く響くカルロスさんの声に、船員たちの野太い声が応える。
緩やかに吹く追い風に、広がった白い帆が膨らんだ。風という力を受けた船体が前に進む。
揺れる船の上で、陸地に目を向ける。ロゼが手を振っているのが小さく見えた。
その姿に手を振り返す。
「……行ってきます」
ロゼの姿が見えなくなるまで手を振り続けて、オレは貿易都市を離れた。
大河を下る。対岸が霞んで見えるほど幅がある大河は、大型の船すら問題なく浮かばせる。
だが、何事もなく進めるのは、カルロスさんのおかげだろう。
普段は行き交う漁船や貿易船が、こちらの船に道を譲るように避けている。
ウェイブ商会が、事前に各方面に調整した結果だ。個人の小型漁船にも徹底されている辺りが素晴らしいと思う。
そして、船を阻むものがないおかげで、順調に海の見える地点まで来た。
視界いっぱいに広がる大海原に、5つの船影が見える。初回の航海で無事だった4隻と、予備で保管されていた1隻だ。
その5隻に、オレ達を乗せたこの船を合わせた計6隻が、第2回目の航海に出る船だ。
その5隻の船に合流するために、オレの乗る船が進む。
そして、広大な河口に近付いたところで、カルロスさんが指示を出し始める。
「大河から海に出る!!帆を畳め!!操作員は魔道具に着け!!」
カルロスさんの指示を聞いた船員たちの、野太い声が船上に響き渡る。
魔力で身体を強化した男たちが、機械のような勢いでロープを引っ張る。音を立てて、帆が畳まれて行く。
その間に、何人かが船内へ消えて行くのが見えた。
そして、変化が訪れる。
まず、船の揺れが収まった。大河の勢いと海の波がぶつかり合い、水面は揺れている。その中で、船だけが静かだ。
状況を把握するために、魔力の感覚を開く。
船の下部。船底に魔力を感じる。船員たちによって魔力を供給された魔道具が、その効果を発揮している。
その役割は、水への直接干渉だ。
帆を畳み、風の影響を受けなくなった船体が、水を操ることで前へ進んでいく。この世界でしか出来ない操船方法で船が進む。
大河と海の境目の、不安定な波を越え、魔術によって進む船が海へと出る。
この世界、というか、今ここにある船は、単一の動力で進むものではない。
風があるときは風を使い、なければ魔術で風を起こし、安定か速度が必要ならば水を操る。
スクリューも外輪も存在しない。回転部分なんてない。魔力という資源を使って過程を省略し、自然そのものへ干渉する。
それが、この世界での船の形だ。
海に出た船が、他の船たちに合流するために波を割って進む。
ここからが本番だ。数多の魔物と、巨大な管理者の潜む大海への旅。オレも、気合を入れて行こう。




