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異世界でもお米が食べたい  作者: 善鬼
第5章  海洋魔境_異郷奔走編
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矛盾する想い

 ウェイブ商会からの帰り道。カルロスさんからの頼み事について考えながら歩く。


「むう……」


 喉から出た唸り声が、春の陽気に消えていく。


 カルロスさんには、少し考えさせて欲しいと伝えて来た。だけど、悩む時間はそう多くはない。

 夏になり、気温が上がると、海は荒れるらしいのだ。


 カルロスさんは、その前に2回目の航海に挑みたいと言っていた。だから、受けるのか、断るのか、早く決める必要がある。


 ……断った方がいい、とは思う。


 オレはロゼの傍にいたい。いるべきだと思う。少なくとも、子供が産まれるまではそうするべきだ。


 逃げ場のない海上では、常に命の危険がある。帰りの保証がない場所には行けない。自分の身を危険に晒さないで欲しいと、ロゼに釘を刺されたのは最近の話だ。


「だけど……」


 一方で、カルロスさんに手を貸したいと思うオレがいる。


 カルロスさんの、愚直に夢を追う姿は眩しい。目的だけを見据えて進む姿勢は尊敬する。

 そして、その姿に協力しようとする者は多い。


 だが、同時に、批判を受けてもいる。叶わない夢を捨てれば、もっと商会を大きく出来ただろうと。

 無駄なことに拘らなければ、より多くの利益を手に入れられただろうと、影で囁かれることがある。


 ああ、そして、それは、オレにとっては他人事ではない。


「たまに言われるからな」


 見たこともない穀物を追うような、馬鹿な真似は止めた方がいいと。もっと賢く立ち回るべきだと。

 完全な善意から、そう言われることがある。


 まあ、知ってはいる。オレの外からの評価は、優秀な魔道具職人であると同時に、在りもしない物を求める狂人だ。


「それでも、諦めるのは無理なんだよなあ……」


 夢を諦めれば、きっと楽に生きられる。ロゼと産まれる子供と一緒に、穏やかに過ごせる。

 理性的に考えるのなら、それは正しい選択なんだろう。


 それでも、オレの心は叫ぶのだ。もう一度だけでも、お米を食べたいと。20年間、オレの体を作ってくれた穀物を、あの懐かしい味を口にしたいと、心は訴える。


 もう二度と帰れない故郷の味を、忘れたくないと心が叫ぶ。


 だから、カルロスさんの意思に引っ張られる。夢を追う姿に目が引かれる。自分の姿を重ねてしまう。勝手な親近感だ。きっと、他から見れば不合理でしかない。


 それでも、夢を叶えて欲しいと、手助けをしたいと思ってしまう。


 そして何より、カルロスさんの夢はオレの目的に繋がっているかもしれないのだ。


「困った……」


 心は矛盾だらけだ。行きたい理由と、行きたくない理由。正反対の言い訳が、頭の中でぐるぐると回っている。


「はあ……」


 1人で考えていても、答えはまとまりそうにない。


 帰って、ロゼと話し合おう。オレ達は、お互いが、お互いのものだ。もう1人ではない。ちゃんと話して、相談するとしよう。





 そんな訳で、家に帰り、カルロスさんとの会話と、オレの気持ちをロゼに伝えてみた。


 いつも通りにソファに並んで座りながら、ロゼの表情を見る。オレの言葉を聞いたロゼは、思案顔で目を閉じている。


 その柔らかな唇が開いた。


「難しい、な」


 ポツリと呟いて、ロゼが目を開ける。オレの好きな空色の瞳が、こちらを見つめてくる。眉を寄せて、少し困ったような表情だ。


「私は、コウに傍にいて欲しいと思う。危険があるのなら、行って欲しくはない」


 ……それなら、それでいい。ロゼがいて欲しいと思うのなら、オレはその通りにしたいと思う。


 そう言おうとしたオレの言葉を、ロゼが止める。細い手が、オレの顔へと伸びる。


「でも……私は、コウを縛りたい訳ではないんだ」


 オレの頬を軽く撫でた手が、そのまま髪へと伸びる。ロゼの指先が、柔らかくオレの髪をもてあそぶ。

 たまにロゼがする行為。何故か、ロゼはオレの髪を触るのが好きらしい。


「コウが何より自分の身を優先するのなら、行ってもいいと思う。応援したいとも思う。だが、それと同時に、このままずっと隣にいて欲しいとも思ってしまう」


 ロゼが困ったように笑う。


「……それは、きっと当たり前のことだと思うよ」


 愛しい人の隣にいたいと思うのは、当然の気持ちだ。オレもそうしたい。


「そうかもしれないな。ふふふ。心というのは、難しいものだな。私もまだまだ未熟だ」


 そう言って、ロゼがオレに身を預けて来る。その、2人分の重さを抱きしめる。


「ふふ。コウと一緒になってから、私の中には新しい感情ばかりだ。こんな自分がいたのかと、驚いてばかりだよ」


 抱きしめた腕が音を感じる。ロゼの声が体に響く。腕の中で、ロゼがオレを見上げた。


「行ってもいいよ、コウ。私はちゃんと待っているから」


 ああ、ロゼは強いな。オレよりも余程心が強い。どんなに信じていても、オレにはきっとただ待っていることはできない。


「だけど……どんなに無茶をしてもいい。必ず帰ってきて」


「……うん。約束する。どんなことがあったって、絶対に君の元に帰ってくるよ」


 オレの言葉にロゼが微笑む。オレを安心させるような、そんな微笑みだ。


「ふふふ。それなら安心だ。コウは勝手に無茶をするが、約束を破ったことはないからな」


 ……勝手に無茶をしたことは……いや、最近は結構あるな。


「ふふふふ」


 オレの顔を見てロゼが笑う。その振動を体で感じながら、オレは答えを決めた。





 その後、ロゼを抱きしめつつ、しばらくのんびりとしていると、庭で遊んでいたタローが戻って来た。

 最近は、自分で扉を開けることを覚えたので、自由に家を出入りしている。


 玄関を見て尻尾を振っているので、誰か来たようだ。


 ロゼに声を掛けて、玄関に向かう。またリックだろうか。


 玄関へ歩いていくと、控えめなノック音が聞こえる。リックじゃなさそうだ。誰だろうか。


「はーい。今開けまーす」


 声を掛けて扉を開ける。


「ええと……こんにちは?」


 ……知らない女性が立っていた。思わず、疑問符つきの挨拶が出る。


「ええ、こんにちは」


 綺麗な女性だ。会ったことはないはずなのに、既視感がある。


 そして、1人ではなかった。女性の後ろに控えるように、もう1人女性がいる。そちらは、見た覚えがある。


 見たのは最近。お義父さんであるデュークさんと会ったとき。そのときの護衛の1人。名前は確か……ミザさんだ。


 そこまで考えて、目の前の女性に視線を戻す。


 当てにならないオレの目には、30歳くらいに見える女性だ。見覚えのある顔の輪郭。濃い緑色の瞳。

 そして、赤みのある金髪(・・・・・・・)を背中まで伸ばしている。


 そこまで把握したところで、女性が口を開く。どこか聞き覚えのある響きが言葉を紡ぐ。


「ふふふ。貴方がコーサクさんで良いのかしら。あの人の言った通り、本当に目も髪も黒いのね」


「ええ、はい……そうですが」


 見覚えのある表情で笑いながら、目の前の女性が挨拶をする。


「私はロザリー。今はお忍びだから、ただのロザリーよ」


 ……お忍びの人は、お忍びって言ったら駄目じゃない?


「ふふ。私の娘はいるかしら?」


 目の前で愛らしく首を傾げる女性の言葉に、頭が混乱する。娘に当たる人物は、オレの家には1人しかいない。


 背後から足音がする。いつの間にかいなくなっていたタローが、ロゼを呼んで来たようだ。

 オレの後ろからロゼの驚いた声が響く。


「お母様!?」


「ふふふ。ロゼッタちゃん、久しぶり」


 ロゼの姉妹にしか見えないこの女性は、オレにとっての義母であるらしい。


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よろしければこちらもどうぞ! 『お米が食べたい』シリーズ作品

〇コーサクの過去編 : 『ある爆弾魔の放浪記』  

〇ルヴィ視点の物語 : 『狩人ルヴィの故郷復興記』

シリーズ外作品 〇短編 : 光闇の女神と男子高校生な勇者たち
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