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お抱え料理人オルフェウス 第四話

 事件はそのまた翌日に起こった。


「私は今朝はオムレツは要らないと言ったはずよ」


 差し出された朝食を見るなり、エレーヌはそう言い放った。

 サリエルは青ざめた。こういう場合大概、問題はお嬢様の思い違いから発生している。今朝はお嬢様はどうなさったおつもりなのか?私に伝言した事になっているのか?メモで指示した事になっているのか?

 しかし…


「あの…特にご指示は頂いていないかと…」


 オルフェウスが愚直に返事をしてしまったのだ。


「何ですって!」

「お嬢様!お怪我に触ります、お嬢様!!」


 サリエルは慌てて二人の間に入る。

 オルフェウスもすぐに頭を下げた。


「申し訳ありません!私が確認を怠ったのです」


「貴方…最近少し…増長してるんじゃないのかしら?」


「い、いえ…決してそのような…」

「おだまりなさい!!!」


 今朝の伯爵令嬢は、愛用の乗馬鞭まで持っていた。彼女はそれで、朝食用のテーブルを激しく打つ。


「私が何も知らないとお思い?貴方、私に出している物と同じ物を使用人達の食卓に出しているわね!!」


 お嬢様、それは…サリエルはそう口走りそうになり、慌てて口をつぐんだ。そう。元々そうするように言ったのはエレーヌなのだ。その時も、使用人の為ではなく、オルフェウスの訓練の為にそうしろと命じられたのだが。

 だけどそんな事を指摘しても何も起こらない。事態を悪くするだけだ。


「大変な屈辱よ。私を誰だとお思い?貴方達がこの屋敷で使用人として働く事で生きていけるのは、誰のおかげなの?…私、何と不幸なのかしら。こんな事も解らない使用人に囲まれて。フン」


「申し訳ありません、お嬢様」


 オルフェウスは膝を折ろうとした。その瞬間、エレーヌは再び、床を激しく鞭で打った。


「私の料理人に土下座など許さないわ!!」


 オルフェウスも、サリエルも、エレーヌが何を言いたいのかよく解らなかった。しかし…エレーヌは…続けて言った。


「お前の顔は見飽きたわ。オルフェウス。クビよ。ただ今限りでクビ。今すぐ出て行きなさい!」


 先に反応したのはサリエルだった。


「お待ち下さい!お嬢様、どうかお待ちを!何故ですかお嬢様!お嬢様はいつもオルフェウスの料理は残さず召し上がるではありませんか!」


 これはオルフェウスは知らなかった事だった。彼は一度もエレーヌの感想を聞いた事がないし、いつもエレーヌが料理を食べたかどうかも知らされていなかった。


「うるさい!!」

「きゃあっ!?」


 今度はエレーヌは、鞭で…サリエルの腰を打った。


「解りました!!」


 その様を見て。オルフェウスは大きく腰を曲げ、頭を下げた。


「今日まで大変御世話になりました。私は今すぐこの屋敷を出ます。最後まで御迷惑をお掛けして申し訳ありませんでした!」


「フン。そういえば…ホホホ!戦勝記念通りのバルタザールの店で、トイレ掃除の見習いを募集しておりましたわ!伯爵家で働いていたと言ったら、お前のような者でも雇ってもらえるのではないかしら。貴方にはそれがお似合いよ!ホーッホッホッホッホ!」


 オルフェウスは振り向かずに去って行く。

 これ以上この場に居ても、サリエルが鞭で打たれるだけだからだ。サリエルはいつも自分によくしてくれたし、彼女の苦労はよく知っている。これ以上、サリエルには迷惑をかけたくなかった。



「何故ですかお嬢様!お考え直し下さい!オルフェウスは二人の弟と四人の妹を両親に代わって養わなければならないのです!」


 サリエルはまだエレーヌに食い下がっていた。


「うるさい!今から朝食だから!いつも通り!一時間の間、この扉には誰も近づかないように!」


 エレーヌはそう言って、サリエルを扉から押し出し、鍵をかけてしまった。


「何故ですかお嬢様…」


 サリエルは一人、廊下で泣き崩れていた。




 オルフェウスには行く所が無かった。

 屋敷の仕事は厳しかったが、給料は悪くなかった。

 それに屋敷では少し残った食べ物を持ち帰る事が許されていたので、幼い弟や妹に食事だけでも与えるのにはちょうど良かったのだ。


 オルフェウスは一度だけ足を止め、屋敷を振り返る。


 厳しい仕事だったけど…自分は料理人として少し成長出来たと思う。

 伯爵令嬢にはさんざん鍛えられたと思う。令嬢は特にオムレツの失敗を許さなかった。自分が少しでも手を抜くとばれた。加熱時間や加熱温度、味付け…一切の妥協を許してくれなかった。


「バルタザールさんの店か…トイレ掃除ででも、あの店に勤められるならいいかもしれないな…あんな大先生の料理を間近で見せて貰える機会があるなら…いや…トイレ掃除係ではなあ…そんなの無いか…」



 行き場の無いオルフェウスは、気がつけばバルタザールの店の前まで来ていた。大変に立派な店構えだ…本当にこんな店で、トイレ掃除とはいえ人なんて募集しているのだろうか。


 オルフェウスは裏通りにある、レストランの裏口へと歩いて行く。

 裏口の周りでは、数人の男達が野菜や肉を運び込む作業をしていた。

 オルフェウスは意を決して、彼等に声を掛けてみた。


「あの…こちらで人を探していると聞いたんですけど…」

「あんた、名前は?」

「オルフェウスといいます」

「お前がそうか!シンドラーさんがずっとお待ちかねだぞ!早く行け!」


 男の一人がオルフェウスの袖を掴み、裏口の中へ引っ張り入れる。


「一階の奥だ!早く!」

「は…はい?」


 オルフェウスは言われた通り、早足で…広く立派なキッチンの中へと歩み入る。


「オルフェウスが来ましたよ!」


 オルフェウスが言うより早く、背後の男の一人がそう叫んだ。

 調理場に居た、一際大柄で威厳のある男が振り向いた。


「やっと来たのか!早く手をしっかりと洗え!お前はとりあえず卵料理担当だ、あのオムレツを作ってみろ、二十人前、今すぐにだ!!」

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