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伯爵令嬢エレーヌ・エリーゼ・ストーンハートには血も涙も汗もない  作者: 堂道形人
側仕えのサリエル

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側仕えのサリエル 第十四話

「きゃあああああああ!!」


 生物の授業中の教室に、ジョゼの黄色い悲鳴が轟く。


「何事ですか!シャルダンさん!」


 担当の教師が苛立って叫ぶ。ジョゼの机の物入れから、巨大なヒキガエルが這い出してきて、ジョゼが今まで座っていた椅子の上に、どさりと落ちる。


「あら…それは貴女のヒキガエルですか?オスのようですね。生物に興味を持つ事は結構ですけれど、学習机にそのまま入れておくのは感心致しませんわ…彼らは大きなフンをしますのよ」


 教室のごく一部の生徒が笑い声を漏らす。

 そしてごく一部の生徒は顔色を変える。始まった。エレーヌだ、エレーヌのジョゼに対する、いつも九歳の男子のような意味不明な手口のいじめが始まったのだと。



「お嬢様…そういうのはそろそろ卒業して下さい…お嬢様は五年生なのです…」


 サリエルは苦言を呈す。エレーヌはジョゼの椅子にブーブークッションを仕込もうとしていた。


 昼休みで生徒は少なくなっているとはいえ、誰も見ていない訳ではない。見て見ぬふりはしているが。


「あら、優等生は言う事が違いますわね。それとも何かしら?もっと五年生に相応しい悪戯をしろとおっしゃるのね?そうねえ…貴女の言う通りかもしれませんわ」


「そのような事は申し上げておりませんわ…だいたい…私が居ない間は、ジョゼさんとはむしろ仲良くされてたと、他の方から伺ったのですけど…」


「ぜーんぜん覚えておりませんわ」


 エレーヌはプイと横を向く。

 やっぱり、私が居るのが悪いのでしょうか…サリエルはそう思いながら、本日二十回目の溜息をつく。



 その放課後。

 エレーヌとサリエルが玄関ホールまで来ると、壁の掲示板の前に人だかりが出来ている。


「何かしらね」


 そう、何気なく呟いたエレーヌの顔が、たちまち赤くなる。傍らのサリエルは青くなる。



 掲示板を取り囲む女生徒達が騒ぎ立てる。


「エレーヌさんの?」「エレーヌさんのノートですって!」「あの伯爵令嬢の?」

「なにこの…八頭身のかめ!」「目が怖いですわぁぁぁ」「きゃははは」

「あのいつも澄ましてらっしゃるエレーヌさんが?」「うさぎも八頭身ですのね」


 掲示板一杯に貼り出されていたのは、エレーヌが五年生の物理のノートに描いていた、八頭身のうさぎとかめが競争をする漫画だった。わざわざノートの閉じ紐をほぐし、裏表読めるよう留めて、広げて貼ってある。


『五年生 エレーヌ・E・ストーンハート作 うさぎとかめと42.195km』


 看板までついている。



「どういう事なのサリエルッ!!」

「どういう事ですかお嬢様…」


 サリエルは聞いていなかった。エレーヌは言わなかったのだ。学校に忍び込んでまでして、ボンドン先生の机に間違えて五年生の物理のノートを置いて来てしまった事を。

 サリエルはエレーヌからただ、四年生の物理の宿題を期日までに提出出来なかったと、そう聞いただけなのだ。

 だからあのようなシンプルな方法で、ボンドン先生にノートが届くよう細工をしたのだ。

 勿論エレーヌがちゃんと全部話していたら、あんな方法は取らなかっただろう。ボンドン先生に会って、自分がエレーヌさんのノートを間違えて持って行ったと誤魔化し、きちんと謝り、ノートを取り替えて貰ったと思う。



 掲示板に駆け寄って全部剥がそうか。そうするべきか。だけど他の生徒の前でそれをやる事は恥の上塗りになる。


「こっ…ここ、このあんぽんたん!!」


 結局エレーヌはサリエルに鞄の一撃という理不尽な暴力を振るい、その場から逃げだす。


「お嬢様、お待ち下さいっ…!」


 サリエルも頭をさすりつつ、それを追い掛ける。



 学院のロータリーに待機していた、伯爵屋敷の馬車に飛び乗るエレーヌ。サリエルも続いてそれに飛び乗るのだが…


「きゃーっ!!」


 エレーヌに放り出されたらしく、すぐに飛び出して来た。


「早く出しなさいよッ!!気が利かないわね!!」


 馬車の扉が閉じたと同時に、キャビンの中からエレーヌの怒号が聞こえる。


「お嬢様!お待ち下さいお嬢様!」


 走り出した馬車を、サリエルは追い掛けて行く。




 ジョゼはその様子を、校舎の玄関の影から腕組みをして見つめていた。


「…サリエルさんは…詰めが甘いのよ…」


 困ったように眉を寄せていたジョゼは、不意に口元を引き締め、呟く。



「やはり……エレーヌ様に相応しいのは……サリエルさん……貴女ではなく……」


 エレーヌは気づいていなかった。だからサリエルも知らなかった。エレーヌが置き忘れた四年生の物理のノートを、エレーヌの鞄にそっと戻したのは、勿論ジョゼだった。ジョゼは口惜しかった。あの時、事情を知っていれば、エレーヌの鞄ではなくボンドンの机にノートを忍ばせたのに。


 ジョゼは目を細めた。


「この私ですわ……」



――ガァ!ガァ!ギャアギャアギャア!バサバサバサ…ギャアギャア…



 学院の奥の森で、数十羽のカラスが鳴き騒いだ。

側仕えのサリエル編、おわり…


宣伝です。

エレーヌではなく堂道が書いた読み切り童話「うさぎとかめと42.195km」、公開中です。御時間のある方は是非、作者のページからご覧下さい。


お読みいただきまして誠にありがとうございます。

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