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伯爵令嬢エレーヌ・エリーゼ・ストーンハートには血も涙も汗もない  作者: 堂道形人
郵便配達夫のバスティアン

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24/91

郵便配達夫バスティアン 第四話 *

―― ドゴォォォォォオオン!!!


 エレーヌの部屋の控えの間から次の間に向かう欅の扉は、サリエルの体当たりで破壊された。


「お嬢様ぁぁああ!!」


 さすがに若干痛む肩をさすりながら、サリエルは控えの間から次の間へ、そしてエレーヌ専用のリビングへと駆け込む。


「お嬢様あああ!!」



 エレーヌは居た。何故か男物の白いシャツを一枚着ただけの姿で、髪を振り乱したまま…リビングの暖炉の前で四つんばいになり、荒い呼吸を整えていた。


 サリエルはこれ以上無い程青ざめた。


「お……嬢……様」


 サリエルは全速力でエレーヌに駆け寄った。


「お嬢様! お嬢様! お怪我はありませんか!? ご無事なのですかお嬢様!? お嬢様の身に大事があれば、私、私とても生きてなどいられませんわ、お嬢様! どうかお気を確かにお持ち下さいお嬢様!! お嬢様!!」


 完全にパニックに陥ったサリエルは、そう泣き叫びながらエレーヌに抱きつく。その瞬間、サリエルはエレーヌの骨折がまだ治っていない事も忘れていた。


「お嬢様……ああ、どうかお嬢様……」


「……入るなって書いてあるのが……」


「お嬢様?」



「見えないのこの馬鹿は!!」


 エレーヌは松葉杖の石突の方を両手で握り、サリエル目掛け振り下ろす。


「お嬢様……?」


「足に触るな大とんちんかん!! 私を殺す気ですの!?」


 立て続けに松葉杖を振り下ろす伯爵令嬢。さすがに後ずさりするサリエル。


 松葉杖が届かなくなった。エレーヌは呼吸を荒らげていたが、どうにか、杖を使って立ち上がると、もう一つの松葉杖を取る。最近は一つあれば歩けるようになっていたので、使っていなかった。


「このポンコツ! あんぽんたん! すっとこどっこい!!」


 エレーヌは片方で松葉杖を突きながら、サリエルを追い掛け、もう一方の松葉杖で散々にひっぱたく。


「ああっ、お嬢様、お許し下さいお嬢様!」


 サリエルは泣き笑いだった。良かった。お嬢様は元気そうだ。昼寝を邪魔されて大変お怒りだけど、何かとてつもなく悪い事が起きるより全然いい。


 エレーヌの爆発は収まらない。リビングから次の間、控えの間、そして廊下へと退却して行くサリエルを半狂乱で追い掛け、松葉杖を振るい続ける。

 エレーヌは全力で振ってはいるが、踏ん張りが効いていないしサリエルは受身が出来るので、そう痛くはない。


「何笑ってるのよ!! ワルナスビ! ゴミ! むっちゃらもっちゃら!!」

「おやめ下さい、ふふ、おやめくださいお嬢様、くすす、あはは…」



 エレーヌのリビングと、エレーヌの部屋の前の廊下の窓からは、この門前が見渡せるようになっている。

 つまり。

 門前に立っていたバスティアンからも、それは見えていた。


「……」


 夏の始まりに相応しいかどうかは知らないが、彼の小さな短い恋は終わった。

 サリエル宛の手紙は明日また持って来る事にして、バスティアンは屋敷の前から去って行った。




 それから三日程後。


 バスティアンは今日も来た。正直な所、彼は暫くはこの屋敷には来たくない気分だったが、これは彼の仕事だから仕方が無い。


 スリング弾は昨日も一昨日も飛んで来た。救いようの無い愛の言葉と切手を乗せて。バスティアンはこれではいけないと思っていた。


 エドモンは今日も門前に居た。


「郵便だよ。エドモンさんにも。それからいつものサリエルさん宛と……もう一通」


 バスティアンは三通の手紙をエドモンに渡す。

 エドモンは自分宛の手紙だけを取り、差出人を確認する…これだ。実家に帰っている妻からの手紙だ……


「ん……いつもありがとうな」


 エドモンは努めて何でもない風を装いつつ、その手紙を無造作にズボンのポケットに突っ込み、足早にその場を離れて行く。


 傍らで掃除をしていたヘルダがやって来て、残り二通の手紙を受け取る。


「あら、やっと待っていた手紙が来たのかしら?」


「そうみたいだね」


「あの人ねえ。みっともなく毎日手紙を待ってるくせに、自分からは出さないのよ……奥さんに帰って来て欲しいくせに。あれじゃ奥さん、帰りたくても帰れないわ。まったく不器用なんだから」


「へえ……」


 バスティアンはそう答えた。正直な所、あまり興味が無い。


「それじゃあ、今日はまだ三十件もあるから」


 バスティアンはそう言って身を翻す。


「頑張ってね」


 ヘルダはそう言っておいて、二通の手紙を確認する。

 一通はサリエルへの手紙…どうもサリエルに手紙を出しているのは一人や二人ではないらしい。あの子も誰か選んで付き合えばいいのに。ヘルダは思った。

 もう一通は…珍しい。伯爵令嬢宛だ…だけど切手に消印がない。何故だろう。



「お嬢様……怪人はまだまだ近くに潜んでいるかもしれません。どうか足の怪我が治るまでは、人払いをしてまで一人になるのはお止め下さい」


 サリエルは三日前の事件以来、極力エレーヌの近くに居るようになった。


「退屈ですわ。何か面白い事はないのかしら」

「エドモンさんの所に、待っていた手紙が来たようですわ」

「ふーん」


 エレーヌは自分宛という手紙の封を切り、広げる。


『残念だが君の気持ちには応えられない。諦めてほしい。B」


 エレーヌは眉間をしかめ、その便箋を眺めていたが、やがて丁寧に畳み封筒に戻し、懐に収め……首を傾げる。


「どうかなさいましたか? お嬢様」


「素敵な手紙をいただいたんですけど…送り主に全く心当たりがありませんの」

「まあ、きっとお嬢様に思いを寄せる殿方なのですわ」


 サリエルが作りではない笑顔を浮かべる。

 エレーヌはそんなサリエルを、じっと見ていた。


「お嬢様に想いを寄せられるくらいですから、勿論素敵な殿方なのでしょう。お嬢様の前では並大抵の殿方では口を開く事も出来ないでしょうから……きっとアンドレイ様のような紳士で」


「サリエル」


「はい?」


「貴女に来た手紙も見せて頂戴」


「……それはお許し下さい、お嬢様…」


 そうは言ったが、サリエル宛の手紙はサリエルのメイド服の白いエプロンのポケットに入っている。エレーヌが少し手を伸ばせば取るのは簡単だ。

 一度見られた物だし、サリエルももう別に見られても構わなかった。手紙の送り主にも興味が無い。


「そうよね」


 そんな時に限って、エレーヌはあっさり引き下がる。サリエルは少しだけ動揺した。何なら自分から差し出そうか? でもそれはそれで自分に来た恋文を見せびらかしてるみたいで気が引ける。


「それで?」


「え……あっ、はい、エドモンさんでしたね。奥様からの手紙だったんでしょうね、先程見たら下の図書室で、一生懸命返事を書いてらっしゃいましたわ。本当に良かった。エドモンさん、自分からは絶対に手紙を出さないって、意地になってらっしゃったんですのよ」


「世話が焼けるわねえ……本当に」


「はい?」


 エレーヌは夏用の、清涼な藤のすのこのベッドに横たわる。


「ねえサリエル。女と男って、どうしてこう面倒なのかしら?」


「……それは……同感ですわ。私にもよく解りませんけれど」


 エレーヌは目を閉じると、呟いた。


「昼寝を致しますわ。小豆餡入りブリオッシュの顔を持つ男を読んで頂戴」

「あ、はい、お読み致します」


 サリエルはその唐突なリクエストにすぐに応える。最近多いのだ。だからその絵本もリビングの棚の上に並べてあった。

 七月も後半。外は暑そうだがエレーナのリビングにはいい風が吹いていた。サリエルは、昼寝を始めたエレーヌに、ゆっくりその絵本を読んで聞かせる。


 郵便配達夫バスティアン編 おわり


.:(ヽ´ω`)::作者です。いつも説明不足で解りにくくて面倒くさい拙作を御覧いただきまして誠にありがとうございます。




 ↓




 今回のエレーヌはエドモンの代わりに、エドモンの妻に手紙を送ろうとしておりました。エドモンが書いたように装った短い愛の言葉一つでも送れば、二人は何とかなるんじゃないか。そう考えたようでございます。


 ただ、足が悪くて外へ行くのが辛いですし、屋敷の他の人には気づかれたくないので、スリングで郵便配達人に手紙を届ける事を思いついたんですね。

 そこはもっといいやり方が他にあったような気もいたします。


 最初に切手。次に宛先。それから本文…

 バスティアンに当たったのは偶然です。本当はバスティアンの目の前に撃ったつもりでした。

 これを手紙として出して欲しい。

 しかしその意図がバスティアンに伝わる事はありませんでした。

 エレーヌはエドモンの妻から返事が来るまではと、様子を見ながら切手や手紙を撃ち続けます。


 そんなエレーヌが動揺します。サリエルが毎日のように受け取っている手紙がラブレターだと気付いたんですね。


 これによりエレーヌは決意します。もう一度怪人ナッシュになろうと。


 伯爵屋敷は古い由緒のある建物で、そういう建物には負の遺産があったりします…地下に拷問室があるかどうかは解りませんが…エレーヌのリビングの暖炉には仕掛けがあり、隠し通路へと出て庭に脱出する事が出来るのです。

 この事はエレーヌしか知りません。エレーヌはいつもここを通って怪人ナッシュになっていました。毎回部屋の人払いをするのもこの為です。その間、使用人達はエレーヌは部屋に籠っていると信じています。


 隠し通路に落ちていた傷病兵用の配給杖などを使い、どうにか庭の通用口まで忍び出たエレーヌはそこに身を隠し、バスティアンが来るのを待ちました。幸いこの企みは上手く行きました。


 しかし、そんな事が出来るなら最初からそうすれば良かったのでは…?

 これにも訳がありました。


 足の怪我が癒えてないエレーヌは元々、そこまで危険を冒すつもりはありませんでした。エドモンへのお節介だけなら、スリングで済ますつもりでした。


 だけど、サリエルにしつこくラブレターを送って来る奴を見過ごす事は出来なかったのです。何故見過ごせなかったのかは解りませんが。


 とにかくエレーヌは、サリエルに言い寄る男に宛てた手紙だけは、どうしても確実に出したいと思い、怪人ナッシュとなって外へ出たのです…この時にエドモンの妻宛の手紙を出したのは、物のついででした。


 これでようやくエドモンの妻に手紙が届きました。もう一通はサリエルに言い寄る男に届きました。どちらも何が書いてあったのかは知りません。


 さて、怪人現るという情報は、翌日にはバスティアンを通じて屋敷中が知る事となってしまいました。


 この時もバスティアンにだめ押しの手紙を託そうと秘密の通路を通っていたエレーヌは、エドモンの声を聞いて大慌て。痛む足を引きずりながら必死で隠し通路を登り、付け髭とかつら付の帽子を外し、間一髪、上着とズボンだけは脱いでリビングに戻りました。

 サリエルが扉を吹き飛ばして入ったのはその直後でした。


 その後。もうナッシュは無理だと悟ったエレーヌはスリング作戦に戻りました。エドモンの妻から手紙が来るまでは続けよう。エレーヌはそう考えていました。


 最後に…エレーヌが手紙を出したにも関わらず、サリエルにはまだ手紙が届いていますが…これはいいのでしょうか?別にいいそうです。

 先日はサリエルが手紙を取り返そうと必死になっていたので、エレーヌもむきになりましたが、今日のサリエルは別に手紙を奪われてもいいと思っているようなので…エレーヌも興味を失ったようです。


 これがこの章の顛末でございます。

 毎回説明下手で誠に申し訳ありません。

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