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プロローグ

――ドスンッ

「……いっ……てぇ……。」

 アズマは体を打ち付けられた痛みに悶ながら、息を整えた。

「ここは……?」

 先刻まで、自分は<神>と名乗る壮年の男と話していたはずだ、と記憶を辿る。確か、自分が居た地球での不具合に巻き込まれたため、異世界へ渡ることになった、と、白色が支配する何もない空間で<神>が言っていたはずだ。となれば、ここはその異世界なのだろうか。

 辺りを見回すと、どこかの家の一室であり、部屋には芋や果物、ワインなどが入った木箱が散乱する様が見て取れた。ふと、淡い光が降り注ぐ。見上げると、転移の際に使用されたであろう魔法陣が柔らかな光と共に消えていくところだった。なぜ、天井に転移陣が、と思わないでもないが、どうやら行き先はここで間違いはないらしい。

 まるでどこかのゲーム、いや、最近の楽しみだった異世界小説の主人公のようだと思った。転移する前に<神>から与えられた能力もいずれ使えるようになるのだろう。もしかすれば、今すぐに使えるのだろうか。逸る気持ちを抑え、まずはこの部屋から出るべきだ、と腰を上げた時だった。


「お目覚めか、異世界人。”はじまりの街”へようこそ。」

 先程の音を聞きつけたのだろう。ガチャリという扉の開く音と共に男が声をかけてきた。

 歳にして40代前後。いや、もっと若いのだろうか。短い黒髪をかきあげたようなオールバックスタイルと、シンプルな白シャツ、黒の細身のパンツという服装が男の色気を格段に引き立たせていた。全てを見透かすような、深い海のような色合いの瞳が面白そうに歪められている。

 どこかで同じ色を見た気がする、とぼんやりする頭で考えていた時、空気が動いた。

「おい、聞いてんのか? 少年。」

 男が近づいてきたのだ。「あれ、言葉通じてない?」と首をかしげながら。

「……聞こえています。言葉は分かります。あなたは誰ですか? 俺が異世界人って、何言ってるんですか。不法侵入したことは謝りますが、そもそもココに来たかった訳じゃないし、何も盗んでいないし。俺、帰りますね。」

 なぜ俺が異世界人だと分かったのか。コイツは何者だ。こんな状況、願っていない。アズマは「帰る」と宣言した通り、何事もなかったかのように部屋から出るべく足を動かすが、意に反して足は動こうとはしなかった。

 (マズイ。何で……、足が動かない。)

 動揺を助長するかのように心臓が早鐘を打ち、額から流れた汗が頬を濡らすが、それを拭うことは叶わなかった。あまり回転の早くない頭で考えるが、脱出方法は何も思いつかない。そもそも、体が動かないのなら脱出の仕様もない。

 ああ、折角転移したのに俺の人生ここで終わりなのか。意を決してもう一度足に力を込めた時、気の抜けるような声が聞こえてきた。 

「あー、そっかそっか。まあ、そうだよな。」

 何が「そっか」なのだろう。訝しげに見やるアズマに、男は一人納得したように何度も頷いていた。

「俺の名はラモール。君は<地球>と呼ばれるところから転移してきたんだろ? 君のその格好は、過去何度も来ている異世界人とよく似ているんだ。ほら、怖くないよ、落ち着いて。よーしよしよしよし。」

 まるで聞き分けのない子どもを諭すような、落ち着いた声色だった。内容は馬鹿にしているようなものだが。

()()は、君のような転移してきた異世界人を保護し、この世界に順応させる役割を担っている。<神>に能力を与えられただろ? その使い方や戦い方を教え、この先待ち受ける“危機”に立ち向かえるように働きかけてんのさ。だから()()は君に危害を与えるような真似はしない。」

「……それを、信じろと?」

 緊張からか、喉がカラカラする。ようやっと絞り出した声は老人のようにしわがれていた。男はやれやれと言わんばかりに首を振ると、アズマに告げる。

「あのさ、顕現したばかりの君なんて、俺は一瞬で殺せるんだぜ? 体格、能力、経験の違いよ。それくらい、分かってんだろ? だから動けないんだろーが。……悪いようにはしねぇよ。ほら、一緒に来な。」

 まるで、死刑宣告のようだと思った。何となく気味が悪かった。だが、足はもう自由に動く。動くが、もう逃げようとは思わなかった。その様子を見て、一度頷くと、男は「ついてこい」と部屋を出る。男の後を張り詰めた表情で続くアズマは、ボソリと呟かれた「まあ、良い暇つぶしだよ」という言葉を聞き取ることはできなかった。

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