7.もうひとりの人造人間
と、見慣れたK駅北口の前に、クリーム色のなにか巨大なものがうずくまっているのが目に入った。それは布でつくった小山のようで、その上には斜めに傾けた、これまた巨大な茶色い円盤が乗っている。小山そのものにはトリコロールカラーのストライプが入っていた。なんだあれは。どこかで見たことがあるぞ。
『せいんとくん』はそれを見て、何かを感じ取ったようだった。ここまで一時間彼の足どりを観察してきたが、ここへきて足さばきに緊張の色が見え隠れしだしたのである。それは敵を目前にした、獣の反応であった。『せいんとくん』は小山の前までくると、そこでぴたりと立ち止まった。
「おまえ、だれだ、おまえ」
俺は地下道入り口の裏にバイクを置いて、すぐさま戦場に駆け寄った。そこからは小山と怪物を、ちょうど真横から観察することができた。気づけば周囲に人影がない。いや、目の届く限りの範囲に、まったく人影がなかった。ということは、これは『せいんとくん』が来ることを予想して、あらかじめ張られた罠なのか。
呼ばれて小山は、ゆっくり、のっそりと路面から立ち上がった。俺は思わずあっと叫んだ。
「京野ゾミ!」
ゾミちゃん。ヒラヤス建都千二百年のマスコットキャラクターで、狩衣を着た二頭身の公家少女だ。手にした編み笠を目深ににかぶり、それが『せいんとくん』とほぼ変わらない大きさで、いや、胴回りの太さからいって実質的にそれ以上のサイズで、人造人間化しているのだ。
「都はね、K府のものよ。あなたなんかには渡しません」
ゾミちゃんははっきりした発音でそう言った。そして編み笠をはずし、楯のように体の前に構える。
「千二百年の重みとたかだか八十年の軽さ。格の違いを見せてあげるわ」
それに対し『せいんとくん』、少したじろいだ様子で反論する。
「ぼ、ぼくには千三百ねんの、ながい、れきしが」
「それはヒラジロ建都から今までの年月でしょう。でも千二百二十年前に、ヒラジロ京は滅んでいるの。それ以降も含めて都の実績のように語るのは、ちょっといただけないわね。詭弁よ、詭弁」
「うる、さい。ぼく、ぼくは、N県民のために……」
「わたしだってK府民を守らないといけないのよ。あなたは敵だわ。残念だけど、あなたには死んでもらわなくてはなりません」
俺はゾミちゃんの饒舌に面食らった。同じような生物兵器だろうに、『せいんとくん』とのこの差はなんだ。
両者にじり寄った。と、先手を打ったのは『せいんとくん』だ。両手をバレリーナのように天にかざし、つま先立ちで激しく回転しながら、ツノでゾミちゃんのほうへ切り込んだのだ。だがゾミは硬い編み笠でそれを受け流した。しかも回転の力をはじき返して、逆に『せいんとくん』のほうが尻餅をついてしまう。
「おまえ! ちから、つよいな!」
「もともとデキが違うのよ。あたしはあなたとは違って、都鳥教授の傑作なの」
都鳥教授! ということは、あの人もこのようなものを作っていたというのか! しかも西大寺教授の『せいんとくん』よりも、知能、パワー、技術、全てにおいて優れている……ように見える! 俺は研究室の選択を誤ったかと、少し後悔した。
『せいんとくん』は突如、般若のようなしかめつらをした。顔の筋肉が盛り上がって、ヒマラヤ山脈の立体地図のような皺を形づくる。と、ツノの向きが変わりだした。ツノは根元から回転すると、徐々に先端の方向を変えていく。さきほどの回転技が通用しないとみて方針を変えたのか、ツノは最初に見たときと同じ、クワガタのアゴのような形になった。
「い、く、ぞー!」
『せいんとくん』は頭を下げると、猛牛もかくやという勢いでゾミちゃんに向かって突進した。ゾミちゃんはそれを鼻で笑い、またもや自慢の編み笠で受け止めようとする。だがツノが編み笠に触れようとした瞬間に、『せいんとくん』が奇妙なステップを踏んでブレーキをかけた。ゾミちゃんのふるった編み笠は、間一髪の差で空振りに終わった。
「くっ」
ゾミちゃんが唸る。重量のある編み笠を振り戻すには、慣性を殺すだけの時間がかかる。『せいんとくん』はニヤリと笑うと、敵手にむかって再度襲いかかった。
ゾミちゃんは体を捻って、なんとかそれを回避した。しかし狩衣の袖がツノにかかって、びりびりと引き裂かれる。ゾミちゃんが悪鬼のような表情を浮かべた。モデルが違うだけで、結局はこの二人、ほとんど同類なのだろう。ここでようやく編み笠の振り戻しが終わって、ゾミちゃんはバックスイングを『せいんとくん』の頭に叩き込もうとした。だが『せいんとくん』、二本のツノをハサミのように使って、編み笠を挟んで受け止めた。童子の形相が、またも般若に変わった。
「や、やるわね、あんた」
「おまえ、もな」