9.リフィアの話
「リフィアお姉様の魔法学校での専攻は確か、入学時点では回復魔術だったはずです」
レヴェールは廊下に出ると部屋の中に聞こえないようにか、俺に顔を引っ付来そうなほど近づけ話し始めた。
近い、近いって!
勝手にキスとかしたらどうなるだろう?
いや、やらないけど。
さすがにこの場面でそんなことをしたら空気を読めてなさすぎるだろう。
レヴェールはこちらのふざけた思考に全く気付かなかったようで真剣な表情のまま話を続けた。
「もしかしたらルビィのお母様のために入ったのでは?」
「え?でもおかしいよ」
「何がです?」
「だって入学までにもうルビィのママ死んでるよ?」
時系列があわない。
まさか死人を蘇らせる秘儀を習おうとしたわけでもあるまい。
「確かにそうですね」
「ちなみにその話どこで聞いたの?」
「おじい様からです」
ああ、そう言えばリフィアのことはおじい様に聞いたって言ってたな。
「私が聞いたのはアズモンド卿との出会いの、恋の話としてですが」
は?
つながりが全く見えてこないのだが?
「なんでもリフィアお姉様が魔法学校で二年生の時に騎士学校と魔法学校の合同で学園祭を行ったらしいのです。その時に四人一組のチーム対抗の模擬戦闘のトーナメントがあり、リフィアお姉様とアズモンド卿は同じチームで参加していたそうです。詳しいルールまではわかりませんが、回復魔術担当の子がリタイアした後でも、攻撃魔術担当のリフィアお姉様が元回復魔術専攻だったことで回復魔術を使えたので、大分試合を有利に運べたことそうなのですよ。結果は準優勝だったそうです」
つまり一年生から二年生に上がるときに専攻を変えたってことか?
学年だけわかっても何も情報が落ちないな。
学年ごとで何か違いがあるのだろうか?
「とにかく、リフィアお姉様にも話を聞いてみるしかないですね。専攻を変更した理由も気になりますし、一方からだけの話を聞いたのではフェアに判断できません。私としてはリフィアお姉様が恩人が倒れたと聞いても手紙の一つも返さないような薄情な人だとはとても信じられませんしね」
うーむ、正直俺としてはこれ以上この話に首を突っ込みたくない。
レヴェールを巻き込んでおいてあれだが。
リフィアの傷を抉るようなことはしたくないのだ。
改めて考えてみるとリフィアの傷を抉るのは駄目なのに、ルビィを問い詰めるのはいいのかという話だが、他人と母親で対応が違うのは仕方ないだろう。
「やめとかない?ママ、泣いてたんだ。きずをえぐるようなことはしたくないよ」
「泣いていた?だったらなおのこと話を聞くべきです」
は?どういうこと?
「リフィアお姉様が泣いていたということはリフィアお姉様にとっても何か思うところがあったということでしょう?だったらなおのこと解決しておくべきで、見て見ぬふりをするべきではありません」
確かに理屈ではそうだが・・・。
「でも本当に勉強が忙しくて手紙を返し忘れただけかもしれないし・・・」
最悪の場合は、無いとは思いたいがリフィアが使用人の一人が倒れたことなどさして気にしなかったという可能性もなくはない。
だとしたら本当にただお互いの傷を抉るだけの結果になるだろう。
「そうだとしても、たとえ本当にリフィアお姉様がとても薄情なことをしていたとしても、しっかり謝罪して、ルビィが許せないと思うならちゃんと絶交するべきです。今のままではお互いに傷が残るだけです」
もう何言っても聞きそうにないな、これ。
気乗りはしないが仕方ないか。
「わかった。今、ママは用事らしいから」
「わかりました。お母さまには適当に言い訳をして、夕食後に伺います」
適当に言い訳ね。
どうするつもりだろうか?
ーーーー
夜、レヴェールがパジャマ姿で俺達の部屋にやってきた。
なんでもリフィアお姉様とあまりお話ができていないから、明日には帰ってしまうことだしお泊りさせてくれと頼んだそうだ。
これで俺たちが年頃だったら絶対に許可が出ていないところだろう。
まあ、アズモンドがこの屋敷に滞在中一度もこの部屋で就寝してないのでベッドは一つ余っているから問題はない。
夜通し仕事をしているのか仮眠室でも使っているのかはわからないが。
将来はこんなブラックな職場には就職したくないな。
「感想はないのですか?」
「え?」
「昼間は私を見て可愛いと言ってくれたのにパジャマ姿には何も言って下さらないのですね」
「えっ、レイちゃん、そうなの?パパと違ってプレイボーイなのね!」
「ええええ!そんなことないよ!」
おいおい、真面目な話をしに来たんじゃないのかよ!
「アズモンド卿は何も言ってくださらないのですか?」
「そうなの、ひどいよね」
「初めて会った時も?」
「うん、でもあの時は二人きりでもなかったし」
「お二人の出会いはどういうものだったのですか?聞きたいです!」
「ええっ、照れるなぁ」
レヴェールは初対面の時のようなテンションでリフィアに詰め寄った。
知ってるくせにどういうつもりだろうか?
「私とパパはね、騎士学校と魔法学校で合同で開催した学園祭の模擬戦トーナメントで同じチームだったの。仲良くなったのはあの人の訓練に付き合わされたのがきっかけだったのよ」
「もしかしてリフィアお姉様じゃないといけない理由があったのですか?」
「それは私が回復魔法も使えたからね。攻撃魔法にA適性以上の適性があって、回復魔法も使えたのが同学年で私だけだったから。模擬戦では騎士も魔法使いへの対策が必須だったから、その練習に付き合ってたの。魔法を避けきれないで受けるたびに回復魔法で直してまた受けてって繰り返してたんだ。今思うとひどい練習だね、若かったからかな」
なんだその脳筋トレーニングは。
ああ見えてアズモンドは昔、アホだったらしい。
「へえ、リフィアお姉様は回復魔術も使えるのですね。回復魔術が使える方は回復魔術を専攻する方が多いと聞いたのですが、リフィアお姉様は攻撃魔法専攻で卒業してましたよね?」
ああ、やっとレヴェールの狙いが読めた。
直接本題を聞いても答えてもらえないかもしれないから、会話を誘導する気だったのか。
リフィアは一瞬言いよどみ、目に陰りを作った。
その後、それをごまかすように自嘲の笑みを浮かべて言った。
「うん、私にはあまり回復魔法に適性がなかったの。入学に必要な点数は取れたけど二年生に進学するにはぎりぎりで・・・。でも攻撃魔法の適性は高かったからスカウトされたの、攻撃魔法の先生に」
「すみません、変なことを聞いてしまって」
「ううん、いいの。もう昔のことだから・・・」
「でも、入学前にジョブ診断で何に適性があるかはわかっていたのではないのですか?回復魔法の適性の方が高い場合は回復術師と出るはずですから」
うわっ、さらに追い詰めるようなことを言うのか。
ていうかそんなふうに出るんだな。
ていうことは俺にも回復魔法の適性はあまりないわけだ。
まあ仕組みさえわかれば俺の場合錬金術で代用できそうだが。
リフィアは笑顔すら保てなくなっていて、今にも泣きだしそうだった。
五秒ほど沈黙した後、リフィアは意を決したように俺の手を取った。
そこからリフィアは時には感情をこめすぎて、えづいたり、泣きそうなったり、とぎれとぎれで、でも確実に少しずつ言葉を紡いでいった。
「レイちゃん、よく聞いて。もう気づいているかもしれないけど、ちゃんと言っておきたいから。あなたのおばあちゃん、私のお母さんは私が三歳の時に病気で亡くなっているの」
「私は・・・、私ね、本当はどうしても回復術師になりたかったの。全然才能がないのはわかっていたけど、周りに反対されても、どうしてもなりたかったの」
「お母さんが亡くなった時、私はどうしようもなく落ち込んだ、もう死にたかった。でも私にはルビィとルネさん・・・、ルビィのお母さんがいたから立ち直れた。でもきっと大切な人が亡くなって立ち直れない人もいると思うから・・・。そんな人が一人でも少なくなるようにしたかった」
「でも私には才能がなかった。骨折くらいまでなら直せるようになったけど命にかかわるような怪我や病気には全く太刀打ちできなかった」
「勝手に一人で暴走して魔法学校に入った。恩人が倒れたっていうのにお見舞いにも行けなかったし、親友からの手紙にすら気づかなかった」
「本当に大切な人だったのに・・・。結局最後までなんにも返せないままだった」
「それに親友を傷つけた。お母さんが亡くなる辛さを知っていたはずなのに、私は勇気付けて貰ったのに、そういう人を救いたかったはずなのに、ないがしろにしたの。最低だよね」
「でもね悪いことばかりでもないんだよ、才能が無くても必死に何かを目指すことは」
「私も最初はなんて馬鹿なことをしたんだろうと思ってた。でもそれだけじゃないって教えてくれた人がいたんだ」
「だからね、レイちゃん。貴方も、才能だけじゃなくて、自分でちゃんと選んでね」
「私は失敗しちゃったけど、レイちゃんならちゃんと成りたいものに成れるって信じてるから」
ーーーー
結局、リフィアが魔法学校に入った理由はルビィのお母さんじゃなかった。
この話をしたところでルビィが許してくれるかはわからない。
でもレヴェールの言った通り、リフィアはルビィと向き合うべきだったのかもしれない。
「じゃあ、行きましょうか」
「え?」
「ルビィのところへ。この時間なら仕事も終わってるはずです」
レヴェールに促されるようにして時計をみる。
もう完全に深夜と言って良いような時間になっていた。
話し込んでいたから気づかなかったが、思ったよりも時間が経っていたようだ。
「で、でも・・・、ほらっ、こんな時間じゃ迷惑だよ」
リフィアはしどもどろになって言い返した。
どっちが子供かもうわからないようなありさまだ。
「仕事中のほうが迷惑ですし、貴族が使用人を深夜に呼びつけることはよくあります。こちらから出向くのだから文句を言われる筋合いはありません」
いくらなんでも文句を言われる筋合いないは流石に言いすぎだと思うが。
レヴェールはリフィアの手を握った。
「いいのですか、本当に?」
レヴェールはやけに感情の入った、真剣な声で言った。
リフィアは無邪気にふるまっているレヴェールしか知らないからか、気圧された顔になった。
「良くない、よね」
リフィアは立ち上がり、部屋から駈け出すように出ていった。
俺が追いかけようとするとレヴェールに裾をつかまれ、止められた。
「後は二人の問題です。私たちの仕事はここまででしょう」
「で、でもっ」
「二人とも感情の整理もできたでしょうし、あとはなるようにしかなりませんよ」
レヴェールは俺の裾を放そうとしない。
体格差のせいで振り払うのも無理がある、あきらめるしかないか。
レヴェールは空いているほうの手を口元に持ってくると、ふわぁと小さくあくびをした。
「それにもう子供は寝る時間ですよ」
俺以上に子供っぽくないお前がそれを言うのかよ!
「わかった、じゃあ寝るから裾を放して」
「駄目です、追いかけるかもしれませんから」
「でもこれじゃ寝れないよ、まさか一緒のベッドで寝る気?」
「何ですか?寝ればいいでしょう、一緒のベッドで」
まじか、まじか。
え?なんでそういうところだけ子供なの?
「私を襲うような勇気も、襲える体も貴方にはありませんしね」
わかってるじゃねーか!
結局一緒のベッドで寝ることになったが俺は朝まで緊張して寝られなかった。
前世でも女の子と一緒のベッドで寝ることなんてなかったんだ、仕方ないだろ!
途中でリフィアが帰ってきたが気恥ずかしかったので寝たふりをしていたら微笑ましいものを見たという感じでスルーして自分のベッドに入って寝てしまった。
あの感じだと無事ルビィと仲直りできたのだろう、良かった。
となりですうすうと寝息をたてるレヴェールが恨めしかったので、今度こそキスくらいしてやろうかと思ったが、ビビってしまって結局できず、ほっぺをつつくだけにした。
次の機会があればどうなるか、今に見てろよ!