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8.ルビィの話


私の母親は娼婦、と言ってもわからないかもしれませんね。

簡単に言うと男の人にご奉仕してお金をもらう仕事です。

私の母は父親が誰かもわからない私を妊娠した時に、娼婦を引退したそうです。

精神的にも肉体的にも限界だったのか、自分の子供が、つまり私が流れてしまうのが嫌だったのかはわかりません。

そのことについては詳しくは教えてくれませんでしたから。

娼婦時代にためたお金を使って生活して、それから10か月後に私を産みました。


でも貯金はそう何年も持ちません。

私を育てるためにもお金を稼がないといけない。

でも小さい子供を連れたなんの技術も教養もない人間を誰が雇ってくれるでしょうか。

日に日に減っていく貯金と決まらない就職先。

母は困り果てました。


そんな時、母は一人の男性に声をかけられました。

その男性は娼婦時代の客の一人で、ずいぶんいい身なりの人でした。


その子供は私の子供かもしれない。

君が良ければ私の家に来ないか?


母は喜んで飛びつきました。

これでこの子も私も飢えなくて済むと。

馬鹿な話ですよね、そんな都合のいい話あるわけがない。

裕福な男性ならわざわざ娼婦なんて見受けしなくても、いくらでも結婚したい人なんていますから。


その男は母をモノみたいに扱いました。

なんども母を犯して、逆らったら暴力を振るう。

私の夜泣きがうるさくても母を殴るし、私が自分に似ていないと言ってまた母を殴る。

それでも母はしばらくの間は耐えてました。

この子がせめてもう少し大きくなるまではと。

私は母に迷惑をかけたくなくて部屋の隅にうずくまってました。



男はある日、いつもより遅く帰ってきました。

ザーザーと、ひどい雨の日でした。

男の服は雨で薄くなってはいましたが、何か赤いもので染まっていました。

私は声を上げそうになりましたが、また殴られると思い見て見ぬふりをしました。

その日を境にあまり男は家に帰ってこなくなりました。


良かった、これであの男におびえなくて済む。


男が帰って来なくなったので、私たちは家にある金目の物を適当に売って生活していました。

泥棒をしているのことに後ろめたさはありましたが、背に腹は変えられませんでした。

そんなある日、騎士団の方が訪ねてきました。

ある事件の犯人を追っていると。

それは連続婦女暴行事件の話でした。


私と母は確信していました。

あの男だと。

母は迷いました。

自分にもここの物を盗んで売ったという負い目があったから。

でも結局すべて話しました。いつまでもこんな生活はどのみち続けることはできなかったから。

暴力のこと、一時期から男が帰って来なくなったこと、ここにあるものを盗んで売っていたこと。

騎士団のひとは詳しい話が聞きたいと言って、私と母を連行しました。


結局、母は罪には問われませんでした。

事情が事情であるし、まだ幼い子供もいるからと。

しかし私と母はまた路頭に迷ってしまいました。

あの男のことは噂になっていて、誰も雇ってはくれません。

そんな時、救いの手を差し伸べて下さったのが貴方様達のおじいさまであるハリド男爵です。


ハリド男爵は私の母に男爵家で働く事を許してくれたばかりか、私に教育道具や衣服を買い与えて下さったのです。

ハリド男爵は言いました。


私には君と同じくらいの娘がいる。

あの子の友人になってやってくれ。

娘の友達にはひどい格好をさせられないからな、恩にきることはないぞ。


この時は男爵の真意が分からずに、私たちが遠慮をしないように言っているのだと思いました。

でもグハハハと笑いながら私の頭を撫でる男爵を見ていたらどうでも良くなりました。


私とリフィアちゃん、おほん、リフィア様が初めて出会ったのはちょうどここの部屋です。

この時に初めて男爵の言っていた意味が分かったのです。

腰まである長い髪、綺麗なお洋服、長い睫毛。

今にも消えてしまいそうな、まるで妖精のような女の子でした。

この時のリフィア様はお母様が亡くなられたばかりだった事もあって、いつも悲しい表情をしていたのです。


「誰?」


大きな目を儚げに伏せるその姿から、私は男爵に何を期待されているか簡単に悟ることができました。


「わたし、ルビィ!お友達になりましょう!!」


リフィア様は初め、何も喋りませんでした。

私は必死にリフィア様の気の引くことができる話題を考えました。

リフィア様を元気にしないとここにいられなくなると思ったから。

でも私がどれほど話しかけてもチラとその大きな目で私を覗くだけ。

でも外の、町の話をした時に初めて私に話しかけてくれました。


「もっと聞かせて」


私はなんとかして喋りました。

ほんの少しの本当のことを沢山の嘘に溶かして。

私が町を出歩くことができたのはあの男が帰ってこなくなってから騎士団の人が来るまでの、ほんの短い間でしたから嘘をつくしかありませんでした。

見かけたり、どこかの誰かが話していた話をまるで自分が体験したかのように脚色して話しました。

私が外はすごく楽しいところだからいつか一緒に行こうと言うと、


「行ってみたい」


リフィア様が初めて何かしたいと言いました。

あの時は本当に嬉しかった。

いつの間にか私は自分がここに居るためでなく、ただこの子に元気になってほしい一心になっていましたから。


私は男爵に頼んでリフィア様と一緒に町に行く許可を得ました。

見知った人間がついたほうがいいだろうと当時使用人見習いだった母も同行することになりました。


母はリフィア様を大変甘やかそうとしました。

一から十まで望んだことを叶えてあげようとしました。

あれが見たい、あれが欲しい、疲れたから抱っこしてほしい。

私は母を取られたようで少しムッとしましたが、リフィアちゃんを元気にするためならしかたがないなと割り切りました。

上から目線にお母さんは仕事でしているだけだから今だけ貴方に貸してあげる、なんて考えていたのです。


それから少しずつリフィア様は元気になりました。

何度も町に出かけたいとせがむようになりました。

だからよく三人で町に出かけにいきました。


一回だけ、仕事に余裕ができたからと男爵が付いてきたこともありました。

リフィアちゃんはキラキラとした笑顔で笑っていて、私も一緒に笑って、それを見た男爵も笑っていて、傍らに母がほほ笑んでいる。

私は厚かましくも本当の家族になりたいと思ってっていました。

こんな笑顔に満ちた家庭に生まれたかったと。


リフィアちゃんはどんどん回復して、色々なことに興味を示すようになりました。

勉強にも、魔法にも、本にも。

歳を重ねるにつれて習い事や学ぶことが増えて、自由な時間が減ってもお家を抜け出して色々なところへ出かけていきました。

時には一人で、時には私を連れて。

男爵も強くは止めませんでした。

きっとまたふさぎ込んでしまうことが怖かったのでしょうね。


しばらくしてリフィアちゃんが初等学校に行く歳になりました。

私はこのまま男爵の家で働かせていただくことになっていたので、学校には行かずに男爵家に残って見習いとして働くことになりました。


リフィアちゃんが初等学校にいる間、私とリフィアちゃんは手紙でやり取りしていました。

同級生の話、勉強の話、カッコイイ先輩の話。

私には体験できないことばかりだったからすごく新鮮で楽しかった。


年に数回、リフィアちゃんは男爵家に戻ってきました。

その時は特別に許可をもらって一緒の部屋で寝て、どちらかが眠ってしまうまでずっとお喋りしていました。

仕事は覚えることが多くて大変だったけど、必死にやりました。

ずっとここに居たかったから。


でも幸せなばかりでずっといられるわけではありませんでした。

リフィアちゃんが初等学校を卒業する年、私とリフィアちゃんが11歳の時、母が倒れたのです。

お医者様を読んでも理由はわかりませんでした。

若い時の無理が祟ったのかもしれません。

男爵は特別に男爵家に母を置いてくれました。

もう復帰の見込みもなかったのに。


私はリフィアちゃんに手紙を書きました。

母が倒れたと。

何も手はないのに無駄に心配させてしまうかもしれないと思ったけど書かずには居られませんでした。


それから中々リフィアちゃんから返事は届きませんでした。

いつもなら数日のうちに届いていたはずなのに。

私は内心憤っていました。

忙しいのかもしれないけど、リフィアちゃんもかつて母にはお世話になったはずなのにと。

私も仕事の合間に母の面倒をみる生活になっていてあまり時間が取れず、それ以降手紙を書かなくなりました。


それからしばらく後、仕事が終わりいつものように母の部屋を訪ねたときです。

母はいつもに増して元気がなく、青白い顔をしていました。

私は母に駆け寄って手を握りました。

そうすると、か細い声で私にささやきました。

最後に男爵にお礼を言いたいと。

最後なんて言わないで、またすぐ元気になるよと言っても母は首を横に振るばかりでした。


私は焦りました。

今日は男爵が家にいなかったからです。

リフィアちゃんが行方不明になったからと。

最初に聞いた時、男爵はいつものようにそこら辺をフラフラしているのだと思っていたそうなのですが、二日も三日も消息がつかめていないと聞いて飛び出していきました。


結局男爵は母が息を引き取るまでに帰ってきませんでした。


リフィアちゃんはそれからすぐに見つかったそうです。

なんでも魔法学校に入学するために受験に行っていたそうです。

反対されると思ったから誰にも言わなかったのですって。

合格してからなら文句も言われないだろうと。


それから今回の滞在まで一回も私たちは会っていませんでした。


だから私たちは喧嘩しているわけではないのです。

一方的に私がリフィア様に不信感を持っているだけで。

そもそも私はリフィア様がいなければ今こうして生きていられて居たかもわからないのに、何年も前のことを今だに根に持っているのです。

男爵が母の死に目に会えたからといって、別にどうなったというわけでもないのに。



ーーーー


いつの間にか外は土砂降りになっていた。

そして話を聞き終えた俺は猛烈に聞いたことを後悔していた。

重いし、今更どうにもできないし、なんで聞いちゃったのだろうか。

こんなものはルビィがリフィアを許せるようになるまで待つしか解決策がないだろう。

時間が解決してくれるというやつである。


俺が黙っているとレヴェールが俺の服の袖をくいくいと引っ張った。

俺がレヴェールに顔を向けるとレヴェールは立ち上がって俺を部屋の外に引っ張っていこうとした。

急なことに訳がわからず俺はこけそうになる。


(少し貴方に話したいことがあります)


レヴェールはルビイに聞こえないようにそう小声で言うと俺をそのまま連れ出した。


「ルビィ、申し訳ないけど少しそのまま待っていてください」


いったい何だというのだろうか。





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