6.プレゼント選びと人攫い
歩いて約10分ほどの地点に目的の店はあった。
レヴェールが途中購入を悩んでいたガラス細工の店である。
動物などを模った置物やガラスでできた装飾品などを中心に、店内を埋め尽くさんばかり数がある。
すぐそこと言うから見えるぐらい近くなのかと思っていたが。
行きで10分ということは購入するための時間を含めると30分以上かかりそうだ。
果たしてリフィアに気づかれる前に戻れるのかというと無理だと思う。
まあ今更どうこう言ったところで現実は変わらないので、戻ってから怒られる際の言い訳を考えておくほうが有意義かもしれない。
「これとこれ、どちらがいいと思います?」
差し出されたのは猫の置物と、楓のような葉っぱを模したネックレスだった。
「最初は猫に関するものにしようと思ったのです。リフィアお姉様が好きだと言っていた物語の主人公が猫だったので、猫が好きなのかと。でもせっかくプレゼントするなら身に着けてもらえる物の方が良いかと思ったのですが、予算内で良さそうなものがこれしかなかったのです」
そもそもリフィアが猫が好きかもわからないわけだからペンダントの方にすればよい気もするが、プレゼントなら当人にできるだけ喜ばれるものにしたいという気持ちもわかる。
なるほど、なるほど。
その確認のためにも俺をここに連れてきたわけだ。
あー、ここまでついてきて言うのも何だが、俺もリフィアが何が好きかなんて知らないわ。
話しているときも単語を覚えるのに必死で内容なんて全然聞き流してたし。
「なぜさっきからなにも言わないのですか?これではついてきてもらった意味がありません」
やばいな、どうしようか。
まあ正直にリフィアの好みなんて知らないっていえばいい話ではあるのだが。
ああ、そうだ。
予算が足りないなら増やせばいいじゃないか。
「はい」
俺は使わずに持っていた銀貨をレヴェールに差し出した。
「え?」
「これでほかのペンダントもかえるでしょ」
「いえ、それは駄目です」
え?これで解決だろう。
まあ銀貨二枚でお目当てのものが買えるとは限らないか。
そうするとやっぱりリフィアの好みについて考えなくてはいけないな。
むしろ選択肢が増えた分余計に難しくなった気がする。
まさかこの提案が自らの首をしめることになるとはな。
「私の予算のうちで買えるものでないと意味が無いでしょう。私の感謝をリフィアお姉様に示すための物ですもの」
あ、そっちか。
てっきり予算がまだ足りないのかと思ったわ。
まあ、お前みたいな卑しい者からなんて受け取れないと言われなかっただけでマシだと考えよう。
さすがに卑屈が過ぎるか。
「レヴェールがえらんだものは、レヴェールのプレゼントだよ!」
「しかし、それでは・・・」
「レヴェール様、ここは共同で買うのがよろしいかと」
マルトが会話に割り込んだ。
思わぬところからの援護である。
「プレゼントというものは相手に喜んでもらうためのものです。レヴェール様のこだわりでより良い選択があるのにそれを無下にするのは本末転倒というものです」
レヴェールはハッとした表情になり、銀貨を受け取った。
「マルトの言う通りです。私のくだらない意地のせいで台無しになるところだったかもしれません。レイモンド、ありがとうございます。きっとリフィアお姉様に喜んで貰えるものを買いましょう」
よし、これで一件落着だな。
「それでレイモンドはどれがいいと思いますか?リフィアお姉様はなにがお好きなのでしょうか?」
ああ、結局こうなるのか。
小手先の策では事態は解決しないようだ。
ーーーー
結局、当初のレヴェールの考えから、猫のペンダントを買うことになった。
俺がレヴェールからされるリフィアについての質問にのらりくらりとまともに答えを返さなかったので、当然の帰着だろう。
覚えてないんだからしょうがないじゃない。にんげんだもの。
銀貨一枚三千ペリーで、ペンダントは四千五百ペリーだったので余った千五百ペリーを半分こにしようと提案したのだが、レヴェールにさすがにそれは受け取れないと言われたので、レヴェールに渡すためのプレゼントをコッソリ買っておいた。
リフィアに渡すときにレヴェールに渡せば空気をよんで受け取ってもらえるだろう。
自分のおこずかいでプレゼントを買うことを否定したら、リフィアにプレゼントを渡すことも否定することになるからな。
ちなみに大体の概算だが一ペリーは一円くらいである。
一日のおこずかい三千円は、前世においてしがない一般家庭だった俺からすると少し多い気もするが、リフィアの金銭感覚は普通より高めだと思われるのでそんなものだろう。
買い物が終わったので急いで元居たフードコートに向かう。
買い物にも予想外に時間がかかったので、確実にいなくなったことはバレてると思うが、できるだけ早く戻ったほうがいいだろう。
早歩きで歩いていたら(申し訳ないことに走ったら二歳児の俺ではついていけない)、細い裏路地から三人組の男が現れた。
「お下がりください、レヴェール様」
怪しい雰囲気を察したマルトが、俺たちの前に出る。
「へへっ、子供3人でこんなところに来るなんてな。今日はついてるぜ」
男のうちの1人はそう言うとどこからか麻袋のようなものを取り出した。
誘拐犯、と言うよりは俺たちが誰かわかってないようだし、人攫いか。
奴隷商にでも売り払う腹積もりか。
「下がりなさい!私はハリド男爵家のものです!バレればこの町に、いえ、貴族の子息に手を出したとなればこの国にいられなくなりますよ!」
レヴェールが声を張り上げて叫んだ。
レヴェールは国外追放処分でもするかのように言ったが貴族の子供をさらったら普通に全員死刑だろうな。
下手すると一族郎党皆殺しである。
「残念だったな、嬢ちゃん。こんな仕事をしているんだ。リスクは承知の上だ。それに貴族の子息となれば変態に高く売れるしなぁ」
「お頭、はやく捕まえちゃいましょう」
「人が来ると面倒ですぜ」
「わかってるよ!うるせーな!!今から産まれたことを後悔するくらいに悲惨な目にあう嬢ちゃんに、最後の楽しい会話させてやっただけじゃねーか!へへっ、貴族を飼うような酔狂な奴は、それはそれはいい趣味をお持ちだろうぜ!」
こちらに聞こえるような大声で喋っているので、内容が丸わかりだ。
たぶんレヴェールを萎縮させる為に言ったのだろう。
見事にお頭と言われた男の狙いは的中してしまい、レヴェールはさっき叫んでいた時の威勢を完全に萎えさせ、青ざめた顔で小刻みに震えだしている。
マルトはレヴェールよりはマシな様子だが、状況が思わしくないことを察して、歯ぎしりをしている。
訓練を受けていても三体一は厳しいのだろう。
まあ、それは俺を頭数に入れなければの話だが。
「ふたりとも、耳をふさいで!目をかくして!」
マルトは何かを察したようですぐに言うとおりにした。
レヴェールは驚いた表情をするだけで棒立ちだったが、この際仕方ない。
どのみち戦闘には参加できないだろうし。
俺はコッソリ握りこんでいたモノを思いっきり人攫いたちの足元にたたきつけた。
キィーンッ!!
閃光が辺りを照らし、塞いだ手越しでも鼓膜を大きく震わせた。
「うわ、なんだ!」
「目がああああ」
「・・・・・・」
簡易版スタングレネードだ。
万一の対人戦のときのための備えが役にたった。
事前に土からスタングレネードの主成分たるマグネシウムを取り出して、作っておいたものだ。
発動に必要な化学反応は錬金術で代用できる。
最初作ってみたときは屋外で使うには全然威力が足りないものだったが、ある事実に気づいたことで解決した。
この世界の錬金術は物体だけでなく波にも干渉可能だったのだ。
直接光や音を発生させて使うには魔力が全然足りないが、一瞬だけ音と光にある程度の指向性を持たせるだけならそれほどの消費でもない。
三人のうち最も影響のある位置にいた一人は気絶した。
一人は目が見えないのかフラフラしているが、お頭と呼ばれた男だけは危険を察してある程度防げたのか、周囲を警戒している。
これであと二人。
比較的効果が薄かったお頭から狙うか。
俺は錬金術で目の前の空気を薄くして、地面に薄く水の膜を作って滑るように移動する。
体感では時速40キロ近く出ているだろう。
通常の身体能力では絶対にできないが、体重が軽いせいで摩擦や空気抵抗さえどうにかすれば意外と簡単に素早く動くことができた。
年齢を重ね体重が増えるごとに遅くなるだろうから、今だけの特権だが。
俺は人攫いの後ろ側に回り込んだ。
「は?どこ行ったあのチビ!!」
目がくらんでいたこともあってか、俺が小さいせいか人攫いたちは俺を見失ってくれたようだ。
俺は手のひらに水を作り、ジャンプして、お頭と呼ばれた男の心臓付近を触れた。
「くらえ!」
俺は錬金術で電位差を作り出し、濡れた服越しで心臓に電気を流し込んだ。
「うぼぇ」
変な声を出した後、お頭は白目をむいて倒れこんだ。
スタンガン程度の威力しか出ていないはずだが、さすがに濡らして心臓に直接食らわせれば気絶くらいはさせられるらしい。
ぶっつけ本番だったがうまくいってよかった。
安堵したのもつかの間。
やべ、着地のこと考えてなかったわ。
俺はなんとか足から着地したが、濡れた地面に足を滑らせてこけた。
「お頭!!お前ええええええぇっこのクソガキがあああぁ」
残っていた一人がこちらにつかみかかってきた。
やばい、魔力がもうほとんど残ってない。
錬金術なしじゃ二歳児の体じゃなにもできない。
ペース配分ミスった!
どすっ
いつの間にか近くに来ていたマルトが鳩尾に拳を打ち込んだ。
どさあ
どうやら最後の一人も気絶したようだ。
危ない、マルトがいなければやられていたところだった。
アズモンドの戦いを見てから戦闘でうまく使えるものはないかと色々と策を練っていたが、やはり実戦をするには訓練が必要なようだ。
倒れた三人が気絶したことを確認してからマルトは話しかけてきた。
「レイモンド君、助かりました。あなたがその歳で戦えるとは思いませんでした。しかも光の属性魔法に加えて身体能力強化も使えるなんて。さすがはリフィア様とアズモンド卿のご子息だ」
身体能力強化というのは騎士のジョブスキルか何かだろうか。
錬金術師はレアジョブらしいから傍から見るとそう見えるのか。
訂正するべきか迷っていたらその間にマルトは人攫いの手持ちから、麻ひもを取り出して三人をまとめてぐるぐる巻きにした。
「よし、気絶していますし、これでいいでしょう。あとは専門のひとに任せましょう。レヴェール様も僕もいますから、証言は通るので手続きも簡単に済むでしょう」
マルトはパンパンと手を払うとへたり込んでしまったレヴェールの介抱に向かった。
どうやらレヴェールは腰が抜けて立てないらしく、マルトがレヴェールをお姫様抱っこした。
美少女を礼装の男がお姫様抱っこするとすごい絵になるな。
暴漢を撃退した後あんなことされたら、俺が女なら惚れてしまうな。
配役を替えてもらいたいところだが、体格的にも俺の疲労度合的にもとてもできそうにないので諦めざるえない。
あの三人組を届けた後、保護者一同に俺たちがこってり怒られたのは言うまでもない。
ちなみにリフィアも監督責任を問われ、あとで男爵たちに相当怒られたそうだ。
リフィアには申し訳ないことをしたので、あのプレゼントがリフィアの趣味にあうことをますます願うばかりだ。
主人公の初バトル、いかがだったでしょうか
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