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5.レヴェールとマルト


さて、どうしたものか。

レヴェールは慣れた様子で部屋の隅の本棚から本を一冊取り出すと、イスに座って読み始めた。

それに追従するようにマルトはその後ろに立つ。

うちには一冊も本がないのに、男爵家には子供に与えるられるくらいあるようだ。


せっかくなので俺も適当に本を一冊出して開いてみた。

俺はあんな風に拒絶されて話かけられるほどメンタルが強くないのである。

レヴェールはこちらをチラリと確認するもなにも言わずにまた本に視線を落とした。


おお、ちゃんと読めるな。

ひらがなカードで練習した甲斐があるというものだ。

文法は話ことばと変わらないみたいだし、単語の意味がわからないところは推察したり、いったん飛ばしてゆけばなんとかなりそうである。

俺もイスに座って読みたいものだが、残念ながら足が届かない。

仕方がないのでそのまま地べたに座って読み始める。

幸いなことにこのプレイルームは赤ちゃんが来ることも想定されているのか土足禁止になっていて、やわらかい絨毯が敷いてあるので、衛生面の心配はない。


ふむ、『龍と騎士と魔法使い』か。

子供部屋にあるだけあっておとぎ話のようだ。

表紙には巨大な龍が火を噴く姿と、それに向かう一人の騎士、少し離れたところでローブをかぶった人物が杖を振っている絵が書かれている。

表紙をめくり読み始める。

うん?いきなり一行目から知らない単語が出てきた。

トオナキの茂る頃?

文脈から察するに植物だろうか。


推察を交えながらそのまま無言で読みふける。

レヴェールもマルトも一言も発しないので、部屋には本をめくる紙すれの音だけが重なっていった。


いざ読んでみると予想外に読みずらい。

意味が分からない慣用表現や知らない単語の量が想像より多いからだ。

ひとつひとつは推察できてもいくつも出てくると話の展開がよくわからなくなってくるのだ。

展開がわからなくなるたびに前のページへ戻り、展開がつかめたらまた元のページに戻ることを繰り返して、なんとか最後まで到達した。

簡潔に言うと村人に依頼された騎士が龍と戦い、負けそうなところに魔法使いがやってきて二人で力を合わせて龍を討伐するという話だ。

本を閉じて壁にかかった時計に目をやると、1時間ほども経っていた。

薄い本だったが苦戦しながら読んでいるうちに思ったより時間を消費していたようだ。


ガタリ。

レヴェールがイスから急に立ち上がった。

レヴェールもちょうど読み終わったところで、新しい本に変えでもするのだろうか。


「マルト、お花を摘みに行って参ります。お母さまたちが来たらそう伝えておいてください。それと…」


レヴェールはツカツカとこちらに近づいてきた。


「この本棚は左上から右下に向かって順に対象の年齢が上がるようになっています。その本が何とか読めるくらいならばこのあたりがいいでしょう」


そう言って三段あるうちの一番上の段の右から四番目の本を俺に手渡してきた。


「ぼくとしゃべっていいの?」

「見ていられなかっただけです」


レヴェールは翡翠の髪をはためかせるとドアを開き、部屋の外に出ていった。

マルトもさすがにトイレにまではついていかないようで、そのままの位置で立っている。


「悪く思わないであげて下さい」


今まで一言も発していなかったマルトが急に饒舌に喋り始めた。


「レヴェール様はあなたに嫉妬しているのです、リフィア様と共に暮らしているあなたに。彼女はリフィア様にとても会いたがってましたから」


リフィアに会いたがっていた?

猫をかぶっていただけなのかと思ったが、どうやら本当にリフィアに憧れていたようだ。


「あの本棚は元々リフィア様のものだったそうです。それをリフィア様が結婚する際にレヴェール様に送られたそうですよ」


だから初対面なのにあんなにリフィアに懐いていたのか。

でも本を貰っただけでか?

確かにこの時代の本は高価だろうが、所詮モノだぞ?


「釈然としない顔をしていますね。なんでもレヴェール様に渡す前に読みやすい順に並べ変えていってくれたそうです。同年代の友人のいないレヴェール様にとってはそんな小さな気遣いがとても嬉しかったのでしょう」


同年代の友人がいない?


「マルトは?」

「僕とレヴェール様ではそれこそ身分が違います。私はハリド男爵家に仕えるために生まれ、そのように育てられた。しかし貴方は違う。よくも悪くもアマリス家はアズモンド卿が現れるまでは、騎士家として何の功績も持っていなかった。アズモンド卿も貴方を無理に騎士にしようとは思っていないと思います」


確かにアズモンドはジョブ診断の結果を聞いた時も、錬金術について調べてみるとは言っていたが騎士以外の職については特に否定するようなことは言っていなかったように見える。


「だからレヴェール様と仲良くしてあげてください。貴方にレヴェール様の初めての友人になっていただけると僕としても安心できます」


マルトは言うべきことは言い切ったとばかりにまた何も言わなくなった。

結局レヴェールが戻ってきてもお互いに話すようなことはなかったが、せっかくなのでレヴェールに勧められたものを読んでみた。

確かにさっきより読みやすく、ほとんど前のページに戻らずに読み切ることができた。



ーーーー


翌朝、男爵家のベッドで目を覚ます。

結局昨日の夕食時の食事会は中止になった。

なんでも周辺の村に警戒を呼び掛けたり、魔獣出現の原因の究明をするための手配で相当に時間を取られたとかで、アズモンドたちは会議室で夕食をとったそうだ。

本当は今日帰宅するはずだったが、魔獣出現の原因が分かるまでは林に立ち入るのは危険だとかで念の為に一日延期になった。

今日もアズモンドは男爵家の手伝いをするらしく、朝早く出ていった。

嫁の実家に来てまで仕事とは、ご苦労なことである。



それで今日はウッドビルの町を俺にみせてあげたいとリフィアが言ったので、町に来た。

それにレヴェールもついて行きたがったので、レヴェールとマルトも同行することになった。

貴族は贔屓にしている店を家に呼びつけるイメージがあったが、リフィアはちょくちょく家を抜け出しては町に繰り出していたようである。

ずっと家にこもっていてはつまらないので有り難い提案だ。




町を回り始める前に、リフィアはポケットから何か取り出して俺たちに手渡してきた。


「はい、1人1枚ずつね。町で何か欲しいものがあったら好きに使ってね」


これは銀貨だろうか。

銀で出来た1センチくらいの円盤に模様がついている。


「あの、リフィアお姉様、こんなの貰えません。申し訳ないです」

「レヴェールちゃん、これは勉強道具よ。お金の価値を知らないと色々と危ないから。大人が子供に勉強道具を与えるのに、遠慮なんて必要ないわ」


そう言われてもレヴェールは受け取りを渋っていたが、断固として渡そうとするリフィアに根負けするように受け取った。


リフィアが逸ぐれないように俺の手を掴むとレヴェールが張り合うようにリフィアの逆側の手を握った。

マルトは相変わらず俺たちの少し後ろをついてくる。


「家を出てから結構経っているけど、全然変わってないなぁ」


リフィアは辺りをきょろきょろと見渡した。

こうしているとレヴェールと姉弟にでもなった気分だ。

はたから見たらリフィアも含めて三人兄弟に見えるかもしれない。


雑貨屋や服屋など様々な場所を回っていく。

道中あいかわらずレヴェールはリフィアに夢中で、最近はどんな勉強をしているとか、もらった中でどの本が面白かったとか一心不乱にしゃべりかけている。

リフィアは俺とレヴェールには仲良くしてもらいたいようで、ちょくちょく俺に話をふってレヴェールとの会話に参加させようとしているのだが、レヴェールが強引に話を変えるため、状況は芳しくない。


マルト、レヴェールと仲良くしてくれと言われても向こうがその気が無ければどうしようもないぞ。

唯一歩み寄りを見せたのは昨日、本を読む順番をアドバイスしてきた時だけだ。

なにか思うところでもあったのかもしれない。


ーーーー


太陽が真上に来た。

レヴェールは雑貨屋の可愛い小物やガラス細工なんかに見とれては買うのを我慢するのを繰り返していたが、まだ一銭も使っていない。

逆にマルトは通りがかりにあった鍛冶屋と薬屋で砥石とポーションのようなものを買ってすぐに使い切っていた。


俺もまだ何も買っていない。

というより使わずに残しておく気だ。

金の錬成に挑戦してみる為である。

金を作り出すには性質が似ている銀を材料に使用するのが一番いいだろう。

もっと適したものがあるかもしれないが、専攻が化学ではなかったのでしょうがない。

本当ならこの場で試してできなければ何か買うのに使いたいところだが、発光したら悪目立ちするし、リフィアに錬金術を使っているところを見られたらどういう反応をされるかわからないので帰ってから挑戦するのが無難だろう。


どのみち勝算はそんなにないが。

手のひらサイズの積み木に含まれる炭素を二酸化炭素に変化させるだけで倒れるくらいだから、より難しいだろう銀から金の変化など理論上可能でも魔力が足りない可能性が高いからだ。

だから薬でも買ってそれを複製してみたり、濃縮したりするのに挑戦したほうが頭のいい選択な気がするが、どうしても一度金の錬成をためしてみたい。

なぜかって?

誰も成しえてないことに挑戦したいという男のロマンである。

この世界の錬金術師は既に成功させているかもしれないなんて野暮なことは言わないでいただきたい。


ーーーー


「そろそろお昼にしましょうか」


リフィアは俺たちを街中の広場にいくつもイスと机が並んでいる場所の内の一席に座らせた。

周りにはいくつもの屋台が出ている。

この時代のフードコートのような場所だろう。

私が適当に買ってくるから、絶対にここにいてねと言ってリフィアはその場を離れた。


レヴェールはリフィアと町を回れたことに満足したのか、やけに上機嫌だ。

マルトは辺りを警戒するようにまわりを見渡している。

最初は「主と同じ席には座れません」などと言ってイスに座ること自体拒否していたが、リフィアに強引に押し切られた。


レヴェールはリフィアが十分に離れたことを確認すると声をかけてきた。


「レイモンド、あなたにお願いしたいことがあります」


レヴェールから話しかけてくるとは。

昨日は話しかけてくるなと言っておいてと思わないこともないが、マルトに言われた事もあるので適当に相槌を打つ。


「なに?」

「リフィアお姉様にプレゼントをお送りしたいのです。手伝ってください」


プレゼントか。

リフィアに貰ったお金でかという気もしないでもないが、こういうのは気持ちだからな。


「わかった。でもママ、すぐもどってくるとおもうよ」

「大丈夫です。もうどこで買うかは決まっています。すぐそこのお店ですからすぐに戻ってこれます。二つのうちからリフィアお姉様の好みに合いそうなものを選んでいただきたいのです。悔しいですけどあなたのほうがリフィアお姉様の好みは知っているでしょうから」


すぐ戻ってこれるならまあいいだろう。

最悪、トイレを探していたとか言えばそれほど怒られないだろうし。


「レヴェール様、危険です。人の多いここならまだしも子供だけになるのは見過ごせません」


マルトが声を尖らせて言った。

確かに俺やマルトはまだしもレヴェールは男爵の子供だ。誘拐などの危険性もある。


「この町でハリド男爵家に逆らうようなことをするほど愚かなものはいないでしょう。まさかマルトはそれほどの愚か者に後れを取ったりしませんよね?」

「そこまで言うならいいでしょう。主にそんな風に言われて引き下がるなど、騎士のプライドが許しません」


主の間違いを正すのも騎士の勤めだと思うが、すぐそこだというならそこまで警戒する必要はないだろう。

俺たちは席を立って、リフィアのプレゼントを買いに行くことにした。




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