安価:アイドル
画面でおどける自分の不細工な顔を見ていたら、涙が出てきた。
悲しいから? いやいや、ただの笑い泣きだ。おかしくって声も出ない。
「ゆ、由美、これサイコーだよ。絶対ハート1万は、いく、って」
隣で私以上に笑っていた美希が、息も絶え絶えにそう言った。
「なんか、あんたに言われるとちょっとムカつくんだけど」
私はタブレット画面から目を離さずに言った。無料で落とした動画編集アプリで、もともと不細工な顔をさらに酷く加工している途中だった。出来上がった動画は、投稿サイトにアップする。加工には身バレを防ぐ目的もあった。
「で、でも由美、これは流石にちょっと、あまりにもちょっと……」
鼻から火を吹き出す加工が相当ツボに入ったのか、美希はさっきからずっとこんな感じだ。私の部屋の床にゴロゴロ転がって、髪はボサボサ、なんなら埃も付いている。
でも、それでも美希はやっぱり可愛い。少なくとも、私よりは何万倍も。
「あんた、私だからいいけど、他の人にやったら嫌味だよ」
「ごめんって〜」
まあ、もともと笑わすための動画だ。身近に感想をくれる人がいるのはありがたかった。美希はそのことを知っている。むしろ知っているから、きっとこんなにも遠慮なく笑うのだ。
一ヶ月前までは、私と美希の立場は逆だった。
きっかけは二年前、中野ブロードウェイから出てきた私たちがスカウトマンに声をかけられたことだった。今日オフなんだけど、あんまりにも可愛いから声かけちゃった。男の言葉の真偽のほどは今でも分からないけど、美希はそれで舞い上がった。喫茶店について行って、その日のうちに某芸能プロダクションへの所属を決めた。
嫉妬とか、羨ましさとか、感じないでは無かったけど、昔からの友人のデビューを私は素直に喜んでいた。美希は良い子だ。さっきはああ言ったけど、嫌味もないし、ユーモアも分かる。私は美希のファン一号だった。そんなの、死んでも口には出さないけど。
「私も変顔の1つでもしとくべきだったかな〜」
「あんたがやったら嫌味だっつーの」
でも、アイドルグループの一人として売り出された美希の人気は、鳴かず飛ばずだった。結局、惜しまれる声も無いままに、グループ解散、引退。「普通の女の子に戻るまでも無かったわ!」なんて美希が無理して笑ったのが、ちょうど一ヶ月前のこと。
そのことと関係してるのかしていないのか、自分でも自分の心がよく分からないんだけど、私が動画投稿を始めたのも一ヶ月前のことだった。未だにハートもコメントも殆どつかないし、ついても「ブスすぎる」とかばっかり。知っとるわ。
それでも、投稿を続けるうちにたま〜に付くハートや好意的なコメントが嬉しくて、私はなんとなく、アイドル時代の美希の気持ちが分かる気がした。どんな形であれ、人に見てもらえるのは嬉しい。だから多分、その逆も然りだ。
「よし、できた」
「見せて見せて」
「やだ、投稿してから見てよ。再生数に貢献しな」
私は別ウィンドウで待機していた投稿画面で、すぐさまそれをアップロードする。『再生数:1』になったのと同時に美希が笑い転げ始めた。
私は嬉しいような、なんかムカつくような気分でそんな美希を見ていた。
「あ〜、笑った笑った。アタシ、由美のファン一号だわ」
こいつ、恥ずかしげもなく言いやがった。
ハートが一つ、ピコンと付いた。
「やっぱり、美人は得だね」
再生数が2に増える。これも美希だった。
美希がくれたハートを指で撫でながら、この動画も不人気だといいな、って、私はなんとなく思った。