VS剣聖
1
異世界に来て初めての旅が始まった。
そもそも元の世界の事を含めても旅自体が初めての経験なのだが。
馬車に揺られながらふと思った事をアルバに尋ねてみる。
異世界から来たとか、魔神の生まれ変わりとかは秘密らしいので、もちろん小声で。
「魔鎧なんてものがあるんだから移動も魔鎧を使えばいいんじゃないか?」
「そう思うのももっともだ、しかし魔鎧に乗るには『適性』というものが必要になるのだ。」
「適性?」
「魔鎧に適性のないものが乗れば、逆に魔鎧に乗っ取られ先日のハイドーラの時ような……魔鎧者と化してしまう。」
ハイドーラに乗っていた男は途中から狂気に染まったとしか思えない物言いをしていたが、あれはそういう事だったのか。
だとすれば、適性もないのに魔鎧を所持していた事になるが。
「こっそりなに話してるの?お姉さんにも聞かせて!」
背後を警戒していたミアが顔をぐっと寄せてくる、目の輝きからどんな勘違いをしているか判る。
「いやぁ、昨日のご飯の話を……。」
しどろもどろに誤魔化しながら、旅を続けた。
外の景色は暫く荒野が続いていたが、数時間も行くと段々と緑が増えて来る。
野生の地竜というのもいて、のんびりと草を食べている姿には癒やしを感じた。
地竜車での旅は快適で、道中特に何も問題は起こらず1日目の日暮れ前といった時間になる。
「この辺りで野営にするか……まだ街が遠い、暗くなっては危険だからな。」
一行は街道を脇にそれ、川の近くのスペースに野営する事にした。
「ゼン君、川で水を汲んできてくれ。」
「ミアは手頃な石でかまどを作ってくれ、私は薪を集めてこよう。」
スルトがてきぱきと指示を飛ばす。
ある程度の薪は地竜車に積んできてはいたのだが、旅は何が起こるか判らない為可能な限り節約して使うという。
夕食は皆で焚き火を囲み、ミアが作ったシチューを食べた。
「美味しい!」
思わず声に出してしまう。
「えへへ、そうかな?」
ミアは嬉しそうに笑っている。
その屈託のない笑顔は、彼女が素手で魔鎧を屠るほどの力を持つ事を忘れさせた。
「あそこで助けた君たちと一緒に旅する事になるなんてね〜。」
シチューをつつきながらミアが喋りだす。
「旅の仲間になったんだから改めて自己紹介しとこうかな、いい?アタシ二人の事もあんまり聞いてないし。」
「いいよ。」
「うむ。」
答えを受けてミアが自己紹介を始めた。
「アタシはミア・オーン、騎士見習い、今年で18歳になるから一人前の騎士になる為の旅をしてたんだ。」
いつかのように胸を張るミア。
手に持ったシチューが揺れる。
「呼ぶときはミアでいいよ、お姉ちゃんでも可!」
「でまぁ、旅の途中でお父さんの任務に付き合う事になっちゃってね……。」
言いながら父をじろりと睨む。
「私の任務中もちゃんと試験としてお前のことは見てるからな。」
スルトはシチューをもう食べてしまったようで、剣を抱えて座っている。
「私はスルト・オーン、既に知っていると思うが騎士団長の弟で、騎士団の裏方のような事をしている……詳しくは話せないがね。」
帽子を持ち上げ挨拶する。
「オレは、ゼンって言います。アルバのお供みたいなものかな?14歳です。」
「おとも〜本当に〜?」
怪しげな目で見てくるミアだが、オレとアルバは君が想像しているような関係で
はないぞ。
とは思うが、昨日のアルバの寝顔を思い出して顔が熱くなる。
「我はアルバ、ハイエルフだ。」
「ハイエルフってどんな種族なんだ?」
「私もよく知らないな〜。」
ゼンの質問にミアも乗っかる。
「ハイエルフはエルフや妖精族といった神霊種族の高位に属する種族だ、例外もあるが大体はエルフよりも長命で、マナも強いな。」
エルフより長命ってどんだけだよ。
この世界のエルフの寿命がどれだけ長いのか判らないが、人間より長いのだろう。
「って事はアルバちゃんも実はかなり……?」
ミアはいつの間にかアルバちゃん呼びになっている。
「里のじじいなどは神話の時代から生きているらしいが……。」
一度言葉を切ると、こちらを見て片目を瞑りウインクをしてみせる。
「安心せよゼン、我はまだ見ての通りピチピチだぞ……姿は死ぬまであまり変わらないのだがな。」
どこまで本気で本当なのか判らずゼンが呆れていた所、今まで黙して聞いていたスルトが口を開く。
「ハイエルフ族は我が国や同盟国に陰ながら協力してくれている、その族長となれば地位は侯爵よりも高いぐらいだ。」
そう言いながら失礼な物言いをしたミアを咎めるような視線を送る。
それを片手を上げ制するアルバ。
「よいよい、地位を忘れてくれと言ったのは我だからな。」
「おっ、ありがたいなぁ〜畏まった態度って苦手なんだよ〜。」
わいわいとやり取りするミアとアルバを見てスルトは目を覆う。
「はぁ、育て方を間違ったかな……。」
2
すこし冷える夜風が、ゼンの頬を撫ぜる。
横を見やると、帽子を目深に被り剣を抱えた男が油断ない視線を周囲に送っていた。
2つあるテントからはそれぞれ寝息や寝返りの音が聞こえてくる。
街道沿いとはいえ野盗や魔獣などの襲撃が無いとも限らないので、スルトとゼン、アルバとミアという順に夜番に立つ事とした。
「スルトさん。」
スルトはゼンの呼びかけに少し帽子を上げ反応を見せる。
「あの時はありがとうございました……ちゃんとお礼言えてなくてすいません。」
彼はちらとこちらを見ると、微笑んで応えた。
「君が居なければ私達も危なかった、お互い様というやつだよ。」
「でもその傷……。」
それを聞いたスルトは少し目を見張り、腕をさする。
「判るのか、普段通りに動けていたと思ったが……いや、君は私の剣も見えていたとミアから聞いた……おかしくはないか。」
「君は何か武技を嗜んでいるようだな。」
いつの間にかミアを優しく見守る父の顔から、達人の顔になっている。
「父が、格闘術の道場をやってて、そこで小さい頃から鍛えられました。」
「父上はいい師匠だったようだ。」
そうなのだろうか?
こと武術に関しては妥協というものを知らず、幼いゼンに度々激しい稽古をさせては母親に怒られていた。
ゼンとしても父との稽古は楽しかったから恨んだりしてはいなかったが、思い返せば少々やり過ぎな感もある。
しかしその経験がこれまでゼンを支え、先日の戦いでゼンを生かしたのだ。
「私の目から見ても、その年齢としては頭一つ抜けていると思う。」
答えあぐねているゼンを見て、スルトが続けた。
「いえ、先日は幹部の一人を隙を突いて倒すのがやっとでした。」
「なに、どの幹部だ、魔法使いか?」
「剣を持った大柄な男です。」
その答えを聞くと、スルトは己の無精髭が目立つ顎を撫でる。
「あの男も決して弱くはなかった……君の年齢でそれだけ出来れば十分だと思うがな。」
腕を組みながらさらに続ける。
「騎士団でもそこまでの体さばきが出来るものは多くないだろう。」
「でも、この程度じゃ……守れない。」
テントをちらと見ながら、決意を込めて言う。
年齢を言い訳に諦めたくはなかった、またいつあのような事があるか判らない。
その時にオレは自分を、そしてアルバを守れるのだろうか?
歳の割に頑張った、というのは死んでしまった後ではなんの意味もない。
この世界で暫く生きていくのなら自衛の力はいくらあってもいい。
「ふむ……アルバ殿を守るとなると生半可ではな……。」
スルトは何事か考え込むと、立ち上がり少し離れた所に歩いていく。
そこで手頃な枝を探し当てると、ぶんぶんと振り満足そうに頷く。
再びこちらに歩いてくるとゼンの前に立ち、驚くべき言葉を口にした。
「ゼン君……一手、手合わせといこうか。」
スルトが全身から闘気を放つ、騎士団長の闘気も凄かったが、この男の闘気は段違いだ。
その意図する所は判らないが、どうやら本気のようだった。
ゼンは立ち上がると、焚き火から離れる。
スルトも同様に野営地から距離を取る。
「『剣聖』スルト・オーン・ヴァンクリアだ。」
スルトが枝を胸の前に立て、改めて名乗る。
騎士の礼のようなものだろう。
「よろしくお願いします。」
ゼンも方掌と拳を合わせ、礼をする。
間違いない達人との手合わせにゾクゾクしてくる。
いつか父親の道場を再興させたいと思っているゼンは、父に似て武術バカの気があった。
静かな夜に焚き火の音だけが響く。
目の前に立つ達人は剣代わりの枝を体の前に下ろし、身じろぎ一つしない。
ごく自然にそうしているだけに見えるのにも関わらず、打ち込む隙が全く見えない。
ゼンは知らずの内にじりじりと動いていた。
右に、左に、後ろに、体重を移動させる。
しかし、どう動こうと崩せる気配がない。
(まるで山だな……。)
大地に聳え立つ山、それを動かそうというのは無理な話であろう。
剣聖はそれほど悠然と、厳然とゼンの目の前に存在していた。
(やっぱいつまでもにらめっこするのは、勿体無いよな……。)
ゼンの額から汗が滴る、スルトは相変わらず一歩も動いていないというのにゼンは神経をすり減らしていた。
真の達人とこのように戦える機会が何度あるかわからない、仕掛けないのはあまりにも勿体無い。
ぱちん、と焚き火が弾けた。
それを合図にゼンは逃げ出そうとする身体にムチを打ち、剣聖に向けて駆け出す。
剣聖はまだ動かない。
身体がスルトの手にした枝の間合いに入る。
(来た!)
スルトがしなやかに腕を振る、そこから繰り出される剣撃はまさに神速。
その切っ先に全神経を集中していたゼンは身体を無理矢理捻り、その一閃を躱す。
記憶が正しければあと2回。
一度下から振り切った枝が、生き物のように曲がる。
左上段からの袈裟斬り、切り返しの速度は驚くべきものであった。
ゼンは一撃目を躱した事で不安定になった体勢からそのまま海老反りになり、ブリッジの体勢を取る。
もう一撃躱す。
そうすれば一拍隙が生まれるはずだ。
続いて放たれる右中段からの突き気味の一撃。
左手と左足で地を蹴り、右に一回転。
スルトの斬撃が空を切る。
(ここだ!!)
着地した勢いでスルトの脚を払うべく蹴脚を伸ばす――。
が、そこに目標とするものはなかった。
ゼンの首筋に、枝が突きつけられる。
流れるようにふわりと跳躍したスルトはゼンの後ろに着地し、首を取ったのだ。
「参りました……。」
絞り出すように敗北を認めると、スルトは枝を一振りし胸元へ当て一礼する。
ゼンは腰が抜けたようにその場にへたりこんでしまう。
「私の剣光を三度避け切るとはな。」
「いえ、避ける先も全て誘導されてました。」
「そこまで判ったのか。」
少々驚いた顔をしてこちらを見るスルトに、ゼンは頭を下げる。
「その怪我をしていてこの強さ、感服です。」
差し伸べられたスルトの手を取る。
「避けるとは思っていたが、2段までだと思っていた。」
「一度見てなかったら無理でした。」
「この『剣聖』の攻撃を一度見ただけで避けられる者がこの大陸に何人居ると思っているんだ?」
ゼンを立たせると、面白いものを見るように眺めると口を開く。
「強くなりたいか?」
問いかける目は真剣だ。
「はい。」
強くなりたい、何が来ても守れるように。
父親の背中に追いつく為に。
「よければ私の弟子にならないか?」
3
少年が私の剣を見切ったとミアから聞いたとき、少なくない驚きがあった。
不可視と呼ばれる我が剣を初見で見切れる者など、大陸全土を探しても一握りしかいないだろう。
会って話してみても、ごく普通の少年といった感じであり、そこまでの手練とは思えなかった。
だが、ある種の決意を込めてものを語るとき、少年は年経た戦士のような雰囲気を纏った。
洞窟で人死にを見て吐いていた時も、その決意を固めてからは動揺も消えたように思える。
今晩の手合わせも純粋な興味からだったのだが、その結果に私は内心驚愕していた。
一撃目、二撃目、三撃目――。
驚くべき事にその全てを回避する。
布石として放ったものではあるが、全てに必殺の意気を込めたにも関わらずだ。
そして三度回避した末、彼はなんと反撃に移った。
回避に専念していたのなら避けられる者は居るだろう、しかし目の前の少年は一撃を入れようとまでしてきたのだ。
スルトの胸が高鳴った。
この少年は強くなる。
もしかすると私と同等、いや、もしかすればそれよりも高みに――。
ここまでの素質を見せられて、手を出すなという方が無理な話だろう。
剣士として、武人として、この少年を強くしてやりたい。
スルトはその衝動に突き動かされ、口を開いた。
「よければ私の弟子にならないか。」
彼は一瞬の逡巡の後、こちらを真っ直ぐ見て答えた。
「よろしくお願いします。」