炸裂!ハートブレイザー!
1
ゼンは必死で戦っていた。
自分がどんな状態なのか気にも止めず。
目の前の驚異を振り回し、放り投げた。
「ハァハァ……あれ?オレは一体……。」
気が付いてみれば、何か玉座のような椅子に座っており、頭にはサークレットが装着されている。
腕や脚は筒状のものが覆っており、その中で何かが腕や脚と繋がっている感覚がある。
「見事だゼン、初めてでこれだけやれるとはな。」
顔の横で声がする。
見れば銀髪を揺らしながら、悪戯っぽい微笑みを浮かべた人物が居た。
しかも膝の上に。
「ふぬけた顔をするでない!来るぞ!」
膝の上に乗ったアルバが鋭く警告を発する。
見ると、土煙の中から多頭蛇の頭を持つ巨大な怪物が起き上がってきていた。
ゼンの中には2つの視界がある、一つはゼン本人が見ているアルバを膝に載せた状態の視界、そしてもう一つは高層ビルのような高度から世界を見下ろしている視界だ。
その高い視界で自分の腕を見ると、黒鉄の手甲に丸みがかった黒いガントレットをつけた巨大な腕が見えた。
やはり自分は巨大な何かの中に乗っているらしい。
「精神を繋げて神体を動かしておるのだ、我がおぬしと額をくっつけてやっていたのもこれの応用よ。」
「思い通りに動くのか?」
「うむ、神体がそうおぬしに伝えておるだろう?」
ゼンは拳を握りしめると、立ち上がったハイドーラに向かって行く。
黒い巨人が駆ける。
数歩でハイドーラの至近距離まで近付くと、下から突き上げるようにして拳を突きこんだ。
ハイドーラはその一撃を避けようともがいたが、三つ首の一つが被弾してしまう。
蛇の首が千切れ飛んだ。
すると同時に絶叫が響き渡る。
「キサマァァァァ!!ヨクモコノ私…ハイドーラニィィ〜ッ!!」
狂気に染まった叫びは、既に人間のものではなかった。
「あいつ普通じゃねえぞ!」
「魔鎧者になったか……哀れな。」
アルバが苦々しげに呟く。
「魔鎧者?」
「魔鎧に適性を持たず、取り込まれてしまったもの、魔鎧の元になった悪魔の意識に乗っ取られた者の事だ。」
「つまり、あいつは完全に悪魔になっちまったって訳か……。」
目の前の巨大な蛇頭が縦横に動き出す。
今までの動きとは全く違う、獣地味た動きだ。
ハイドーラは残った首の2本から怪光線を発射し、爆発に乗じて距離を取る。
伸縮自在の右腕が黒い巨人の背後から奇襲をかけ、巨人の右からはまた別の腕が襲い来る。
その奇襲に合わせて、とどめとばかりに怪光線を放つ構えを見せた。
黒い巨人は振り向くことすらせず右手で、背後に奇襲にかかってきた蛇頭を掴まえる。
そのまま引っ張り右側面から襲う蛇頭にぶつけ、両手でその2本の蛇首を掴まえた。
放たれた怪光線に掴まえた2本の蛇腕をぶつけて盾にすると、そのまま突っ込んでいく。
全ての攻撃を捌かれたハイドーラは最早怪光線に全てのマナを注ぎ込む事しか出来なかった。
巨人は焼け尽きた蛇腕ごと怪光線を放つ首の一本を掴むと、力任せに引きちぎる。
獣のような咆哮を上げるハイドーラ、最後の首を巻きつけようと仕掛けるが巨人は左手を盾に防ぐ。
さらに、引きちぎった首を捨て右拳を握り込むとハイドーラの胸目掛けて一直線に叩き込んだ。
装甲がひしゃげる音と獣の咆哮が重なる。
巨人は続いて発光する左拳をハイドーラの下から叩きつけ、その巨体を押し上げた。
「決めてやれ!ゼン!」
アルバが隣で叫ぶ。
ゼンは空中に浮かぶハイドーラに狙いを定める。
すると巨人の胸部装甲が開き、輝く心臓が露出する。
それは大気を焼き、周囲のマナを輝きへと変えていく。
「ハートブレイザー!!」
ゼンの咆哮に応え、黒い巨人の心臓から膨大な光の奔流がハイドーラ目掛けて発射された。
光は狙い寸分過たず、ハイドーラを貫く。
着弾地点には幾重にも重なり合った魔法陣が現れ、爆縮を開始する。
空気を震わす轟音と閃光。
辺り一面を覆うかと思われた大爆発は、ある程度の大きさまで広がると一点に集中し虚空へと消え去った。
後に残ったのは、夕闇の荒野で静かに佇む黒き巨人のみであった。
2
「終わったのか……。」
ゼンが呆然と呟く。
「うむ、終わったぞ。」
隣からアルバの嬉しそうな声が聞こえ、我に返る。
「ありがとう、助かった。」
あの窮地を脱せたのはほぼ全部アルバのお陰だ。
「何を言うておる、おぬしの手柄だ、我は何もしてはおらん。」
赤くなりながら返すアルバを微笑ましく思うゼンだったが、次の言葉に耳を疑った。
「我は借りていたものを返しただけよ、この力は元はおぬしの物……いや、おぬしそのものなのだからな。」
オレそのもの?どういう事なんだ?
目が点になったオレにアルバが続けた。
「異世界転生というのを知っておるか?この魔鎧の元になった魔神、それがおぬしの転生前の姿だ。」
「え……?」
「世界を超えての無茶な転生術の際に記憶や経験などは全て失っているが魂は元の魔神と同一、ある約定でおぬしの元の身体と能力を我が一時預かっておったのを返しただけの話よ。」
頭が混乱してきた。
悪魔の死骸を使った魔鎧という巨大兵器がある。
元になった悪魔は死ぬわけで、魂は別の命として転生する。
そして今乗っている魔鎧はオレの前世の死骸で作られてる。
オレの前世は魔神と呼ばれていた……。
「なぁ、つまりオレたちがあの教団に呼ばれたのって……。」
「クックック、奴等も大当たりを引いたものだな。」
彼等は自分では判らぬ間に、眷族どころか魔神そのものを召喚していたのだ。
そんなの大当たりどころの話ではない。
「魔神の能力が返ってきたって事は、何かすごいパワーが使えるのか?」
少し期待を込めた質問にアルバは首を振って答える。
「おぬしはマナが無い世界に生きておったから、はなくそほどもマナがない、つまりマナを源とする魔神の力は何一つ使えんだろうな。」
それを聞いて、ある悪い予感がする。
「もしかして世界を渡ったりするのも魔神のパワーだったりする?」
「うむ、最高位のマナ量を誇る我ですら一度使ったらほぼ空っぽになってしまうほどの大技だな……。」
終わった……。
ゼンは目の前が真っ暗になった。
目を閉じただけなのだが。
まさか元の世界に帰る方法が自分の力だったなんて思わなかった。
こんな世界でこんな巨大な兵器に乗って何をしろというのだろうか。
そもそも一体なぜオレは魔神の生まれ変わりだというのにこんなに弱いのか?
異世界転生ってもっと凄いパワーとかがあるものだと思っていた。
騙された気分だ。
しかし、膝の上に、腕の中に感じる暖かさと鼻孔をくすぐる良い匂いのお陰で段々と考えが前向きになっていく。
(そうか、良い匂いか。)
そうそう、とても好きな匂いだ。
アルバが一緒に頑張ってくれるのなら、オレもなんとか頑張っていけそうな気がする。
いつかマナを操る術も見つかって、魔神の力を使いこなせるようになるかもしれない。
下心など微塵もないのだ。
(わざわざ表明するとは怪しいな。)
怪しくなどない、オレはアルバの力になると決めたんだ。
(ほう、なぜだ?)
あいつはオレに無理矢理力を渡したって良かったのに、覚悟を決めるまで待ってくれた。
自分が死にそうな時ですらオレを元の世界に帰そうとしてくれた。
そんな良いやつの頼みを放ってはおけない。
(怖くはないか?)
怖いけど、後悔するほうがもっと怖いんだ。
とにかくオレはアルバを助ける!
一体オレは心の中で誰と会話しているのか……。
目を開けると若干顔を赤くしたアルバがおでこをくっつけている。
アルバの心の声が届く。
(恥ずかしい奴だな。)
「お前か!!」
叫んだと同時に気が抜けて意識が朦朧としてくる。
興奮状態で気付かなかったが、身体は凄まじい疲労感を覚えており手足は鉛のように重かった。
アルバが思考伝達を口頭でしなかったのはその疲労を見抜いていたからかもしれない。
(死にかけの状態から無理矢理神体を呼んだのだ、疲労するのも無理はない……。)
(今は眠れ、後始末は我がしておこう。)
アルバの優しい声を聞きながら、ゼンは意識を手放した。
3
「あれは……で……。」
「では……から……団支部に……。」
「うむ……。」
心地よい揺れにささやき声が混じり、ゼンの意識が少しだけ覚醒する。
目を開けると、アルバがゼンの頭に手を当て優しげな微笑みを投げかける。
背中に伝わってくる揺れは、今自分達が何かに乗って移動している事を知らせていた。
聞きなれぬ足音と車輪が地面を回る音が聞こえる、どうやら馬車のようなものに乗っているようだ。
窓からちらと見えた空は暗く、どうやら夜中のようである。
アルバがゼンの頭をふわりと撫でる。
またゆっくりと意識が遠くなり、再びゼンは眠りに落ちた。
次にゼンが目を覚ましたとき、目の前には何処かの部屋の天井があった。
感触からすると、ゼンはベッドに寝ている。
ふと横を向くとやはり、アルバが座っていこちらに目線を送っていた。
壁に大きく開いた窓からはカーテン越しに暖かな陽光が差し込んで、アルバの銀の髪をより輝かせる。
「おはよう……。」
「うむ、おはよう。」
柔らかな笑顔とともにそう答えたアルバは今はもう昼過ぎなのだが、と続ける。
「ここは何処なんだ?っていうかオレ、どのぐらい寝てた?」
「あの後からずっと、ほぼ丸1日ぐらいだな。」
夕刻ぐらいに戦いが終わったはずなので、今が翌日の昼過ぎなら本当にほぼ丸一日寝ていたらしい。
「お前ずっと見ててくれたのかよ。」
「むっ?おぬしの寝顔が面白くてな、何をしても起きぬし……。」
手をわきわきと動かしながら悪戯っ子のような笑顔を浮かべる。
「ありがとな。」
「なっ……!我はそのアレだ……おぬしが心配でだな……。」
素直に礼をすると顔を真っ赤にしてしどろもどろに言い訳をしだす。
ここまできてアルバの事が段々とわかってきた。
こいつが軽口を叩くときは大体心配させまいとしてだったり、気を落ち着かせようとしてだったり、オレの事を考えて言ってくれているのだ。
どうしてそこまでオレの事を思ってくれるのだろうか?
「なんでアルバはそんなにオレの心配してくれるんだ?」
「気になるか?」
赤くなった顔をぱたぱたと手で扇ぎながらアルバが答える。
「そりゃあ気になる。」
オレの前世である魔神との約定なのは判るが、どうもそれだけではなさそうだった。
「笑うでないぞ。」
口を尖らせ念を押すアルバに頷く。
「最初は約定と一族が受けた魔神への恩義でおぬしに近付いたし、それなりに優しくしていた、しかしな……。」
言いながらもじもじと腕をさする。
「こちらに召喚された時、我はおぬしの世界でマナを失い、ほぼ死にかけておってな。」
そんなに大事だったのか、あれは。
「教団の奴等の手にかかって死ぬかと思ったとき、おぬしが守ってくれたのだ。」
アルバはもう顔を耳まで真っ赤にして、目をそらしている。
「は?」
「わっ……我の一族はこの世界でもかなりすごいのだ、生まれてこの方一度も誰かに助けてもらったことなどない……なかった。」
「我々はそもそもあまり外に出ないからでもあるのだが……」
「おぬしが命を賭して我を守ってくれた事、我は絶対に忘れない……から……なんだその顔は!」
真っ赤になりながらも思い切った告白をしている様子を、とても可愛いと思ってしまったオレは、自然とにやけていたかもしれない。
顔を引き締めた。
「アルバ、オレはこの世界で何をすればいい?最初は何か目的があってオレを呼んだんだろう?」
「そのことだが……。」
その時、部屋の扉がノックされた。
少しの間を空け、外から声がかかる。
「アルバ様!騎士団長がお呼びです!」
「今行く、ゼンも連れていくゆえ暫し待て。」
答えるアルバは少し不機嫌そうな顔を見せたが、またすぐ元の悪戯っぽい笑顔を見せた。
「というわけで行くかゼンよ。」
「わかった。」
そう言って起き上がろうとするゼンに手をかざすアルバ。
「その格好で行くのはまずい、そこにある服に着替えて行くぞ。」
「えっ?」
そう言って自分の姿を確認すると、着ていた服は全て脱がされ、包帯が巻かれていた。
アルバを見ると悪戯っぽい微笑みを浮かべて頷いている。
「中々いい身体をしておったぞ。」
今度はゼンが真っ赤になる番であった。
ゆっくり更新になります