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魔神転生オメガリオン  作者: お覇王ランドルフ
白銀の来訪者
2/9

召喚

 1



 何も見えぬ光の奔流の中で、ゼンはアルバの華奢な身体を抱きしめる。


『困ってる人は助けてあげないとね。』

 それが母親の口癖だった。

 超がつくほどのお人好しで、誰からも好かれていた。

 もちろんゼンもそんな母親が大好きだった。

 白く塗りつぶされる世界の中で、脳裏には何故か母のその言葉が思い出された。


「大丈夫か!?」

 腕の中のアルバに声をかけるが、苦しそうに呻くだけで返事はない。


 もはや目を開けてはいられないほどの一際大きな光に包まれた瞬間、全身に浮遊する感覚が襲いかかる。

 相変わらず真っ白な光に包まれ、目を開ける事が出来ない。

 ひたすら夢中でアルバを抱き寄せ、腕を握った。

 アルバも手を握り返してくる、どうやら死んではいないようだ。


 そうしている内次第に震動が消え、周囲の光も弱くなっていく。


 恐る恐る目を開けたゼンの視界には、今まで自分達が居たはずの、慣れ親しんだ自分の部屋は映らなかった。

 自室の汚れた壁や本棚の代わりに、岩肌が見える。


 壁際には篝火が焚かれ、揺らめく炎に照らされて幾筋もの影が踊っている。

 影の主達はゼンとアルバがいる祭壇のようなものを囲んでいた。

 人数にして12人。

 一体いつの間にこんな所に来たのだろうか?

 周囲を見回すと、岩で出来た自然の洞窟の中らしい事はなんとなくわかる。

 その洞窟の壁面を、不可思議な紋様が描かれたタペストリーが不気味に飾り付けている。


 禍々しさすら覚えるその異様に気圧されつつ、周りを取り囲む赤黒いローブの集団に声をかける。


「ここは一体どこですか?オレたちはどうしてここに?」


 その問いに答えはなく、赤黒いローブの男達は顔を見合わせた。

 彼らは目深にフードを被っているため暗くて最初は分からなかったが、篝火の炎を受けた横顔で白い仮面を付けている事がわかった。


 ローブの男達は何事か囁きあっている。

 どうやら日本語ではないらしい。

 まさか外国に来てしまったのだろうか?

 しかし一体どうやって?

 様々な疑問が頭に浮かんでは消える。

 その時である。


 腕の中で苦しげに喘いでいたアルバがゼンの胸元を掴み、顔を寄せ声を絞り出した。

「逃げろ……こやつらは……敵だ!」


 その言葉にゼンは耳を疑った。

 敵、敵とはどういう事なのか?逃げなければいけないほど危険な相手なのか?

 平和は日本で暮らして来て、そうそうそんな事がある訳はない。

 ゼンが戸惑うのも無理はない事だった。


 しかし、ローブの男達が向けてきた強い殺気によって、その戸惑いは消えた。


 殺される!そうゼンの本能が警鐘を鳴らす。

 殺される!危険を感じ取った脳がアドレナリンを分泌する。

 逃げなければ!速やかに逃走すべく身体が血流を足へと送り込む。

 しかし……


 腕の中には未だに苦しそうなアルバがいる、放っては行けない。

 担いで逃げるというのも考えないでは無かったが、人ひとり担いでこの集団から逃げおおせるのは無理な話だろう。

 その時、アルバがまた顔を寄せ囁いた。


「我は……ここに……おいていけ……」

 そのか細いながらも決意の籠もった声を聞いた瞬間、ゼンの覚悟は決まった。


 アルバをその場に寝かせ、静かに立ち上がる。

 息を深く吸い、またゆっくりと吐き出す。

 気が全身を巡る感覚を確かめ、左半身を前に出しつつ軽く握り込んだ拳を肩の高さまで上げる。

 右拳は胸の前に構える。

 足を大きく開き、何時でも動き出せるよう重心を整えた。

 小さい頃から習ってきた武術だが、父親が死んで以降は独力で修練するしかなく、今の自分の実力の程がどの程度かはわからない。

 しかし、今はそのわざに賭けるしかない状況だった。


 見た事もない構えにざわつくローブの男達だったが、やがて一人が何か叫びながら祭壇に上がってきた。


 大柄なその男はフードを取り去り、仮面を付けた顔を顕にする。

 真っ白な仮面は目に当たる部分だけ穴が空いており、そこから男の目が見える。


 その目には侮りの色が窺えた。


 それは有り難い事だった、その男と自身との力の差は未熟なゼンにもわかるほど歴然としている。

 本気で来られたなら即やられていただろう。


 だが……



 目の前の仮面の男が腕を振ると、長いローブの袖口から剣が現れる。

 胸が早鐘を打つ。

 当たり前だが斬られれば死ぬだろう。

 正直な所命のやり取りなど御免だが、苦しそうなアルバを置いて逃げるのはもっと嫌だった。


 ゼンは足に力を込め、男に向かって駆け出した。

 男は少し虚を突かれたようだったが、すぐ落ち着きを取り戻し剣を構える。


 ゼンが間合いに入ろうかという瞬間、己の剣が肉を斬り裂く愉悦を思ってか仮面の男の目が狂喜に歪む。


 その刹那、男の視界からゼンが消えた。


 間合いに気付いたゼンが速度を殺さぬまま、右に跳んだのだ。

 ゼンはすれ違いざま左脚で急ブレーキをかけつつかがみ込んで両手を地につける、その勢いを右脚に乗せ男の脚に叩き込んだ。


 丁度後ろから足払いをかけられる形になった男はバランスを崩す。


 ゼンはその一瞬を狙っていた。

 足払いの勢いをそのまま維持し1回転すると、右脚の踏み込みと共に右拳を男の背に、その先の心臓に打ち込む。

 背後からとはいえ、バランスを崩し無防備となった心臓に強い衝撃を受けた男は白目を剥いた。


 朦朧となった男の延髄に回し蹴りを見舞い、その意識を飛ばす。



 ひとまず死なずに済んだ……そう安堵したゼンの首筋を強い衝撃が襲った。





 2



 肌寒さに目を覚ますと、また別の地面に倒れていた。

 格上相手に一瞬たりとも気を抜くなど、なんという未熟か。

 父があの体たらくを見ればなんと言っただろう。


 倒れたまま茫然と自省するゼンの手首に冷たいものが当たる。

 腕を見れば手枷がはめられている。

 周りを確かめれば、どうやら洞窟の一角を利用した牢屋のようである。

 一戦交える前にはあの男達はこちらを殺す気であったはずだ、何か状況に変化があったのだろうか?

 もぞもぞと動いてみる、どうやら一時的に気絶させられていただけで他に外傷はないようだ。


「目が覚めたのだな。」

 優しく響く声に身体を起こしてみれば、アルバが牢の壁に寄りかかって座っている。

 腕にはゼンと同様に手枷がはめられていた。

 蒼白だった顔色はいくらか血色もよくなっており、口元にはあの悪戯っぽい笑みが戻っている。

「あまりに目を覚まさんから我が口付けでもして起こしてやろうと思っていた所よ。」

「なっ……!」

 思わず飛び起きて後ずさる。


「クックック……それだけ元気なら大丈夫そうだ。」

「こんな時にそんな冗談はやめてくれ。」


 と言いながら気が付いたが、アルバはあえて軽口を叩いているのだ。

 突然何処だか判らない場所に連れてこられ、襲われ、命のやり取りまでして

 挙げ句の果てに冷たい牢屋に閉じ込められている、この状況はともすればパニック状態に陥ってもおかしくはない。

 そこで上手く気を抜かせ、落ち着けるようにあえて軽口を叩いて和ませているのだ。

 おかげで少し冷静になれた。

 恥ずかしいのは変わらないが。


「あの後何があったんだ、それにアルバの体調は大丈夫なのか?」

 自分が気絶させられた後何か状況が変わったらしい、確かめておく必要があった。


「我はもう大丈夫だ、おぬしの世界は少しばかり水が合わなかったといった所よ……全快には程遠い所だがな。」

「とりあえず現状と奴らの事などを説明しようと思うのだが、よいか。」

「ああ。」


 そう言うとアルバは真剣な顔で語り始めた。



 奴らは魔神教団、古のもの、強大な力を持つ魔神の復活を目論む邪教集団よ。

 世界の各地で魔神の眷族を召喚する為の儀式を隠れて行っておる。

 その儀式の際は清らかな乙女の命を用いる、乙女の血にはそういう力があるからな。

 だがその儀式は不完全で、時々だが通常の人間が召喚陣に呼ばれる事があってな、その人間達は普通ならその場で殺され魔神への生贄に捧げられるのだ。

 しかし、少しでも力を持つ者は一時的に集められ次の儀式の際の呼び水として使われる事もある……今の我らがそうだな。


 そこまで説明するとアルバは肩を竦めた。

「つまり、このままでは遠くない内に生贄にされるという事よ。」

「なんて物騒な集団だよ……。」


 まだその時まで時間はありそうだったので、気になっていた質問をぶつけてみる事にした。

「ここはその……アルバが言ってたそっちの世界って所なのか?」

「……そうだ、恥ずかしい話だが。」


 伏せ目がちに答えるアルバ。

 そうではないかとは思っていたが、やはりそうであった。

 ローブの男たちの発していた言葉の一部がアルバが最初に話していた言葉と似ていたし、アルバも男達のことを知っていそうだったからだ。


「こちらの世界ならともかく、まさか異世界でまであの召喚陣に捕まるとは思っていなかった……我の不始末だ、すまぬ。」

 しおらしく謝るアルバの表情に嘘はないように見えた。


「我の力が完全に戻ればおぬしを元の世界に戻す事が出来るが、それまで奴等が次の儀式を待ってくれるかどうかだな。」

「戻ってもいいのか?」


「おぬしは断るつもりであったろう、無理強いはしたくない……先程は命を救ってもらったしな。」

 アルバはそう言いながらゼンの隣に座り込む。


「そもそもなんでオレだったんだ?本当にオレしかいないのか?」

 ここまで来たら異世界というのももう信じるしかない、せっかくなので最初から気になっていた事も聞いてみる。


「おぬしには力がある、それも驚くほどの力が、気付いておらぬかもしれんが。」

 体育座りのように腰掛けたアルバは自身の膝に顎を載せ、どこか遠くを見るようにして答える。

「力って言われてもな……そんな力があるならさっきだってもっと何とか……。」

「そういった力ではないのだ、言葉では説明出来ぬが嘘ではないぞ。」


 アルバは顎を膝に乗せたまま続ける。

「だがきっと力を目覚めさせれば後戻りは出来なくなる、さっきの様に危険な目にも遭うかもしれん。」

 とても申し訳なさそうに、辛そうに言葉を絞り出している。


 ゼンはそんなアルバを横目で見ながら考えていた。

 何か自分に本当に力があって、それが役に立つのなら、貸してみてもいいかもしれない。

 しかし、さっきのような命のやり取りが頻繁に起こるようではいつか本当に死んでしまうのではないだろうか。

 そもそも今ですらその命の危機は去っていない。


 同年代と比べても肝は座っている方だとは思うのだが、それでもこんな子供が物騒な世界でやっていけるのか不安が大きい。

 だが、アルバをここで放り出して行くのも気が引ける……。

「ふふ、ゼンは優しいな。」


 考えに沈んでいたゼンにアルバが声をかけた。

 また心を読まれたのだろうか?

 すると今までの心の声も……?


「普通なら悩むまでもない事だ、つい先程会ったばかりの我など気にするでない、自分の世界に帰るがよい。」

「それにな、おぬしのその優しい心根を見て我は嬉しかったのだ。」

「嬉しい?」

「うむ、とてもな。」


 横を見ると体育座りのまま、首をかしげつつこちらを見つめるアルバがいる。

 その優しげな表情にドキリとしてしまう。


 オレは、本当に帰っていいんだろうか?

 この子を見捨てて帰る?本当に?

「オレは……」


 ある種の決意を持ってそう口を開きかけたその時――


 牢の外がにわかに騒がしくなった。

 数人の足音が響く。

 現れた赤黒いローブの男達が引っ張って来たのは質素な服を纏った村娘であった。




 3



「ー!」

 赤黒ローブの一人が何事か喋りながら村娘を隣の牢へと放り込む。


 主な儀式の生贄は清らかな乙女……という先ほどのアルバの説明が思い出された。


 闇色のローブや赤黒いローブを見て想定していたのだが、アルバが言うところの「この世界」の文化レベルはゼンが元居た世界よりかなり低いのではないだろうか。


 目の前の娘の服装からは、父や母がいた頃に遊んだ事のあるRPGの村娘のような印象を受ける。

 現代でこんな服装をしている人はそうそういない。

 オランダの民族衣装が近いかもしれない。

 白いシャツにワインレッドのロングスカートに後頭部で軽く結んだポニーテールという出で立ちだ。

 歳はよく判らないがおそらくゼンよりは年上であろう。

 芯の強そうな眉に、はっきりと筋の通った鼻、気が強そうな瞳が全体の印象を引き締めている。



 娘は何事か叫びながら抵抗していたようだが、赤黒ローブの男達が出ていくと諦めたか静かになった。


 そしてそれをぼーっと見ていたゼンの方を振り向いて――


 今、あの女の子は何をした?

 ゼンの目が確かなら、彼女は閉じ込められた虜囚が絶対にしないような事をしてみせた。


 彼女はこちらを囚われた生贄だと見て取って、ウインクをしたのである。


「クックック、これは運が向いてきたかもしれんな。」

 アルバが笑う。

「ゼンよ、こっちを向くがよい。」

 言われてそちらを向いたゼンの額に、アルバが再びおでこをくっけた。

 目を閉じたアルバの睫毛は相変わらず長いし、いい匂いがする。


 今回は温かいものが頭の中に入ってくるような感覚があった。

 気が付くと呆然とした表情のゼンに悪戯っぽく笑いかけるアルバの顔が近くにあり、急いで顔を背ける。


 ちらと先程の女の子の方を見ると、顔を真っ赤にしてこちらを見ている。

 あの角度からでは額同士をくっつけただけだとは判らないだろう。

 絶対に勘違いされている。


 ゼンの視線に気付いた彼女はいそいそと視線を外す、私は何も見てませんといった風に。


「そこの女よ、我等の営みをまじまじと見るとは失礼ではないか。」

 突然アルバがその女の子に水を向けた。

 このままでは勘違いの上塗りである。

 言葉が通じないとしても、ここは言い訳しておくしかないだろう。


「ちょっと待て!やたら勘違いを増長させるような言い方はやめてくれ!」

 とアルバを叱りつけてから女の子に向かって弁明する。


「さっきのはその……おでこをくっつけただけで、君が思ってるような事は何もしてないから!」

 通じないとしても、ボディランゲージでなんとか通じてほしい。

 こんな状況でいかがわしい事をしていたわけじゃないんだ、信じてくれ!


「おでことおでこを……?それもかなり特殊じゃない……?」

 それを聞いた彼女はやっぱり怪しげなものを見るような目でこちらを見る。

 通じた……神への祈りが天に届いたのだろうか?

 それだけじゃなく言葉も解るとはどういう事なのか。


 横で小刻みに震えながら笑うのを我慢しているアルバを睨む。

「クックック……すまぬ、こういう性分なのだ。」

 まだ笑いを堪えているようだが、大体解った。

 先程の接触で、アルバが日本語を学んだのと同じ事がゼンにも起きたのだ。

 言語分野を共有化するとかいう技である。


 日本語を喋っているつもりだったが、いつの間にかこの地の言語を喋っているらしい。

 認識まで変わるとは便利な技だ。


「ふふふ、まだ我の香りが気になるようだの。」

 そう耳元で囁いてきたアルバの両頬をむにと掴んで横に引っ張る、これぐらいは許されていいはずだ。

「むー!」

 ジタバタするアルバは可愛い。

 その動きに合わせつけられている手枷がジャラジャラと鳴る。



 そんな時、凄まじいまでの爆音と震動が伝わってきた。


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