プロローグ
夜の街の中に、二人の男が歩道を歩く姿があった。その二人の足取りはしっかりしており、どうやらこれから飲みに行くようであった。その内の一人の男、フランケ・ヌーサは、
「あの酒場はどの辺りだったかな? 久しぶりだから、場所を忘れてしまったよ」
と言って、隣のもう一人の男の方を向いた。
「……この先を右に曲がったところじゃなかったか?」
「ああ、そうだそうだ、思い出した。……しかし、意外だな。エドウィンも場所を知っていたのか」
エドウィンと呼ばれた男性は頭を掻いただけで、はっきりと返事をしなかった。
目的地である酒場は、他に客が少なく、静かで過ごしやすい店だった。そこで数時間の間二人は酒を飲み、肴を喰らっていた。
そんな中、フランケは少し気になることがあった。それはエドウィンについてのことである。時折グラスを手に持って、そのまま口元へ運ぶ前に手が止まったり、床をぼんやりと見つめていたりする。
「何か、悩んでいるのか?」
フランケが尋ねると、エドウィンは「え」と小さく呟いた。
「うちのチーズ工場は、工場長こそうるさいが、それでも味は良いし、倒産はないと思うぞ。生活の事なら心配いらない」
「……そうだな」
フランケは分かっていた。彼が何か工場について不満を持っているわけではないと。だからその真意を確かめるしかないと思っていた。
「他に、何かあるのか……?」
「…………」
「…………」
「……ああ」
誤魔化されるかもと思っていたから、素直な返事に少し驚きつつフランケは、
「……それって一体何なんだ?」
と尋ねた。すると、彼は顔を下に向けて、一度深くため息をついた。当然のことだが、軽々しく語れることで悩んでいるわけではないようだ。
「工場に勤めるより昔、俺が何の仕事をしていたか、言ってないよな」
エドウィンからの質問に対して、フランケは頷いた。すると、やや間があった後で、エドウィンが口を開いた。
「傭兵さ」
フランケはそれを聞いて、しばらくの間は何か返答をすることが出来なかった。ようやく理解出来て、それから言った言葉は、
「……本当か?」
という短い言葉だった。思い出したように。フランケはエドウィンの体つきを見た。そういえばすごくがっしりしている。一般人と比べてもかなりのものだ。それを見れば、エドウィンが全く嘘の作り話をしているわけではないと分かった。そして、傭兵ともなれば、悩みの一つや二つ、いくらでもあってしかるべきだと思った。
「山ほど、人を殺してきたし、星の数ほど死体を見てきた」
フランケはかける言葉に詰まった。
「でも、その中でも一つだけ、絶対に忘れられない死がある」
「……仲間かい?」
「いいや」
エドウィンは天井を見上げた。
「聞いてもいいかい。その……いったい君がどんなことを経験したのか」
「…ああ」
そう返事をした後、エドウィンは店内を見渡すようにしていた。
「……実はこの店、俺が傭兵をやっていた時代によく来ていた店なんだ。奇遇なことだが、ここへ来たせいで色々と思い出してしまった」
「そうだったのか」
「洗いざらい話して楽になってしまいたい、という、そんな気持ちなのかもしれない」
エドウィンは視線を戻し、フランケの方を見た。
「むしろ、俺の方からお願いする。情けない過去話だ。酒の肴になるのかどうかわからないが、聞いてくれるか?」
「もちろん、いいとも」
フランケは快く承諾した。断る理由などどこにもなかった。
これから語りだそうとするその前に、エドウィンはもう一度グラスに手を伸ばし、一口飲んだ。そうしてそのグラスをテーブルに置いたところで、また深く息を吐いた。
「そうだな、まずは……」
エドウィンはゆっくりと語り始めた。