彼らの正体
「ふー、君ってすごいね?」
腕を組んで今までやる気がなさそうに壁によりかかっていた貴族のお坊ちゃま。口を開くとまさかの上から!? もしかして、貴族の格好しているだけで本当はゴロツキ?
いやいや、品もあるし見た目可愛らしいし。どう見ても貴族で同い年か年下でしょう。
ふわっとしたくせのある短い金髪に、茶色く少しだけ目尻の上がった大きな瞳。女装もきっと似合いそうな可愛い容貌のお坊ちゃんが、組んでいた腕を外し天使の笑みを浮かべながらこちらに向かってゆっくりと近付いて来た。
しまった! コイツ、デキる!!
なぜ気づかなかった? アタシが部屋に飛び込んだ時もコイツだけは完全に気配を消していたのに……。
このぐらいの距離になると、自分と同等か強い相手は本能でわかる。コイツはたぶん、後者の方。
見た目だけで信用したらダメだって、何よりアタシが一番良くわかっていたはずなのに……。でも何で強そうなのにゴロツキに加担を?
「ああ、君。自分より強い相手はわかるんだね? いきなり空気が変わったから。でも、変だな? 僕の知る中に君のような貴族のご令嬢はいないよ?」
そりゃそうでしょうよ。こっちに来てから半年にも満たないもん。正確にはセリーナは病弱で、小さい頃からずっと屋敷にこもってたっていうし……。アタシは相手を睨みつけながら、火かき棒をしっかりと構えなおした。
「まあいいや。お手並み拝見、といきたいところだけどどうしようかな?」
年齢不詳の金髪坊ちゃんは、小首を傾げて可愛らしく考え込むような仕草をしている。でも、油断してはいけない。こう見えて彼にはどこにも全く隙が無い。
バタバタバタバタ……
複数の足音が近づいて来た。敵? それとも味方?
「どうした、大丈夫か!……リーナ? 何だ、その格好は。まさかお前!!」
口うるさい兄貴の声が今ほど嬉しかった事はない。
後ろに警備兵を引き連れているから、この人数ならいくら何でも金髪一人にはやられないはず。
「おにい……」
「何、この娘オーロフの知り合い? 随分脚癖が悪かったけど、どうなってるの? 予定を変更したなら最初から言っておいてくれないと!」
「!!!」
何ですと! 兄貴と坊ちゃんは知り合い……それに予定って? 見ると兵たちは、アタシが倒した男達を縄でぐるぐる巻きにしている。何だかとっても用意がいい。
兄は兄で、慌てて夜会用の深緑色の自分のコートを脱ぐと、アタシの脚に巻き付けた。もちろん、アタシが持っていた火かき棒を見ると怪訝な顔をした。
まさかみんなグル?
あ、そういえば美少女は?
振り向くと、さっきまで震えていたはずの銀髪美少女がすっくと立ちあがってこの場にいる者達を次々と非難し始めた。
「まったくもう、ヒドイですわ! この方は嫌な男達の魔の手から私を救ってくれたんですのよ? ジュールはただ見ているだけでしたのにね? それにオーロフ、助けに来るのが遅すぎます! いくら囮とはいえあんなにベタベタ触られるなんて予想外でしたわ!」
「姫様。だから僕、止めた方が良いって言ったでしょう?」
「同感です。他の女性が近付くのを嫌がり囮を買って出たのは、他ならぬルチア様でしたが?」
ジュールと言われた金髪男と兄貴がそれぞれ反論した。
「ああもうっ! 他の女性だと囮としての役目よりもお兄様の方に目がいっちゃうじゃない! 大体ジュールがしっかりしてないから、この方にケガまでさせちゃったんでしょう?」
三人の目が一斉にアタシを見つめる。
へ? ケガ? 確かに今までのセリーナにとっては慣れない動作で、拳が腫れて痛いような気もするけれど、怪我なんてどこにも――。
兄が手袋を外し、右手でそっとアタシのほおに触れる。
こちらに向けた長い指についていたのは、ほんの少しの赤い血。
あ、そうか。さっきナイフで切られた時……髪だけだと思っていたのがほっぺたも少しかすっていたのか。勘が戻ってなくて我ながら情けない。『紅薔薇』の名が泣くぞ?
「大丈夫、こんなん舐めときゃ治るって……ですわ!」
アタシが言い終わるや否や、兄の端正な顔がいきなり近付いてきた。かと思うと、ペロッとほおを舐められた。いや、確かに自分の舌は届かないけど。でも兄ちゃん、いくら兄妹とはいえ人前だとちょっと、いや、かなり恥ずかしいぞ?
「それで? オーロフの立てた計画はその子のせいで失敗したよ? 下っ端は捕まったけど、結局黒幕はわからずじまい。だから紹介ぐらいはしてくれるんでしょう? その娘のこと」
金髪ちょいツリ目が肩をすくめながら聞いてきた。
そっか……。何か話の途中からもしかしたらそうなのかなって感じはしたんだよね? 男どもをぶちのめしたのはいけなかったみたい。アタシが手を出してしまったせいで、元々の何かの計画が狂って迷惑をかけてしまったようだ。
兄は渋々といった感じで、アタシをみんなに引き合わせた。
「セリーナ、妹だ」
「初めまし……」
「セリーナ、こちらはルチア王女と護衛のジュール。近衛騎士だ」
兄貴紹介早っっ! しかも短かっっ!
でも、それでわかった気がする。王城の近衛騎士ならアタシが敵わないのも仕方が無い。要するに、職業軍人って事だよね? 坊ちゃん小さく見えるけど、もう16歳過ぎて成人してんだな?
でもいいなぁ~その仕事、堂々と戦えるしスゲー憧れる。
あれ? でも、美少女のこと今『王女』って。
銀色の髪だし、もしかして……。
「何だセリーナ嬢、ここにいたのか」
「お兄様!」
扉に向かって銀髪の美少女が嬉しそうに叫ぶ。
うげ、やっぱり。
つかつかと入って来たのは先ほどのチャラ……王太子。
上手く逃げおおせたと思ったのに……。
いや、でも待てよ?
可憐な王女サマ、自分が囮になるぐらいお兄さんの事が大好き過ぎて誰も近付けたくはないんだよね? なら、他の女性がそばにいるのは許さないはず。良し、いいぞ! これでアタシはお役御免で家に帰れる!
「ルチアもここに? ああ、そうか。例の件、どうだった?」
「はっ。邪魔が入りましたので計画通りとはいかず……誠に申し訳ありません」
あれ? 坊ちゃんたら急に大人っぽい喋り方して。っていうか邪魔って明らかにアタシの事だよね? もしかして実は相当怒ってるとか?
「ヴァンフリード様、その件につきましてはどうやら愚妹が関わっていたようで……」
兄貴が言葉を添える。
病弱なアタシが疑われているとは……まあ、バッチリ関わり過ぎるくらい関わっちゃったけど。
王太子が仕事モードの真剣な表情で、アタシを捉える。深い青い瞳が探るようにアタシを見つめる。
「セリーナが? どうして?」
うう、大の男を三人もぶちのめしただなんてとても言えない。だって、兄貴はまだアタシを本当の義妹だと信じているし、ケンカできるってバレてないし……。
持っていた火かき棒を慌てて床に置く。
「あら、まあ。オホホホホホ~~」
口元に手を当ててわざとらしく笑うから、王太子だけでなく兄までもが疑いの眼差しを向ける。ど、どうしよう? ええっとそれなら……。
「アア、コワカッタ。コワイコワイ(棒)」
必死で考えたセリフはこんな時に限ってなぜか棒読み。もうちょい心を込めれば良かったかな?