まるで悪役?
だだっ広い舞踏場をようやく抜け出しトイレへ……行くはずもなく、そのまま正面玄関へ向かう。うちの馬車が無いなら無いで辻馬車を呼んでも良いから、とにかくうちに帰りたい。『こるせっと』キツくてそろそろヤバイし。
そんな時、廊下に面したとある部屋からガタンと物音が。
微かな……あれは、悲鳴?
招待された貴族のほとんどが、まだ舞踏場に居るはず。使用人や御者、侍女達の控え室はここから少し離れている。だとしたら、今の音は何?
ああ、もう!! こんな時、スルー出来ない自分が憎い。不思議に思った事や興味の出た事は、確かめないと気が済まない性分だから。
バンッッ
勢いよく扉を開けて、アタシは中へ入る。
ここは書斎らしく、本棚や机、暖炉や立派な長椅子などが見えている。けれど、奥にある本棚の前には明らかに怪しい人達が。さっきの音は、何冊か本が落っこった音だったみたい。
「何だ、お前は!」
町人風の服を着た三人組の男が、寄ってたかってえらくキレイな貴族のお嬢ちゃんを捕まえようと奮闘している。口を塞いだり、身体の動きを封じ込めようと押さえつけたり、縄をかけようとしていたり。柔らかそうな銀髪のその美少女は、バタバタと必死に抵抗している。涙の溜まった懇願するような瞳は、ハッとするほど印象的な青に近い紫色。
ゴロツキのような男達は見たとこ貴族じゃ無いようだし、同意……を得ているわけでは無さそうだね? だったらこれって犯罪って言ってもいいんだよな。
仕方ねー、やっちゃいますか!
「一人で十分だけど、もう一人増えても良いだろう。見映えも良いし高値がつくぜ?」
口を塞いでいた目つきの悪い男がアタシを見てアゴをしゃくった。見ると、扉の横にもう一人。なんだ、いたのか見張り。でも全く仕事してなかったよな?
くせのある短めの金髪。おとなしそうなそいつだけは貴族のボンボンのようで、一人だけ良い服を着ている。でも、アタシと目が合うと直ぐに視線を逸らしたから、どうやら無視を決め込むようだ。
さて、と。それなら誰から逝きますか?
見張りの金髪男が動かない事に業を煮やしたのか、銀髪の美少女の近くにいた三人の男のうちの一人……一番小柄な奴がアタシに向かって歩いて来た。もちろんアタシはそのまま動かない。怖がっていると勘違いしたのか、男の顔に下卑た笑みが浮かぶ。
でも残念、これは武者震い。久々に暴れられそうな予感に胸が高鳴る。水色の髪に緑の瞳でおとなしそうな容貌とはいえ、舐められたもんだね? このアタシも。
男が捕まえようと肩に伸ばした手を、逆に掴んで後ろに捻り上げる。
「痛っ、イテててて~~!!」
うん、知ってる~。だって、わざとだもん。
これ、意外と力要らないし。
で、そのまま首の後ろに素早く手刀!
トン
ハイ、陥ちた~~。
残る男達は一瞬何が起こったのか理解が出来ないようで、目を丸くして呆然としている。ま、こんな見た目だし仕方ないよね? 準備運動だから手早く済ませたし。
真っ先に我に返ったのは、細身のリーダーらしき男だった。自分はご令嬢の口を塞いだままで、手首を押さえていた太った大柄な男に、アタシを捕まえるように命じる。
向こうは今度は遠慮せず、突進してくる。
ああ、ヤダヤダ。襲われるなら、もっとこう引き締まってカッコよく男らしい人の方が……って、具体例はまだ無いんだけど。
いきなり殴りかかってきた男の拳を屈んで避け、バランスを崩してよろけたところを背後に回る。あとはここで回し蹴りっ…… の予定が、ドレスの裾がスゲー邪魔! 脚がほとんど上がらねぇ。何これ、『ぱにえ 』? ドレス膨らませるだけのクセして、何げにアタシのジャマしてない?
立ち直った男が再び殴りかかってきた。
いけね、考え事をしている場合じゃなかった。首をヒョイっと傾けて相手の拳を躱し、お返しにこっちもパンチを繰り出す……って、当たったのに全然効いてねーじゃん。セリーナのパンチ弱っっ! 手も痛いしこの子全然筋肉無いんだね? 動体視力と運動神経だけじゃカバー出来ないかも。
帰ったら真面目に鍛えようと心に決め、仕方がないから素早く動いて男の腰からナイフを抜き取る。
「あっっ、テメっ!」
ああ、大丈夫。武器として使用するんじゃないから。
アタシはナイフを構え、男の目を見据えたまま自分のドレスの裾をめくると、スカートのレースを引きちぎり、パニエの部分をナイフでブチ切った。
「ヒューっ!」
「露出狂か? 触られたいのか?」
んなわけねーだろ?
でも、勉強するまで知らなかったけれど、何だかこの世界の女性は、脚を見せてはいけないらしい。人前で足を出すだけで、顔を赤らめられたり下品だと言われたりするそうな。
何でだろ? 脚フェチが多いとか? それともお尻と繋がっているから?
でもまあ、ホットパンツで闘った事もあるアタシにとっては脚の一本や二本、見せたり出したりするぐらいはワケも無いけど。それより今は、非常事態。これでようやく、回し蹴りが決められる!! 邪魔なナイフを遠くに放り投げ、両手を前に構える。
太った男の視線は、何故かアタシの脚に釘付け。
脚だけでそもそも興奮するのか? この世界の男の基準は、何だかよくわからない。
でも、そんなに好きなら、くれてやんよ!
まずは、大事な所に蹴り。ホントごめんっ。
「うぐわっっ、ごふっ」
痛がって屈んだ所に、回る事で勢いをつけた身体から蹴りを繰り出し、首の急所をピンポイントで狙う。
ボガッ――……ドスン
大柄な男でも簡単に陥ちた。
どお? アタシの脚。満足していただけた?
二人沈めたから、残すところはあと二人。
お坊っちゃんは後回しにするとして、先にこのリーダーだ。
でも、こいつが一番厄介かも。
リーダーだと思われる細身の男は『後がない』と思ったのか、それとも口封じのためか、最初からいきなりナイフを構えてきた。しまった。さっきのナイフ、用済みだと思って放り投げちゃった。
でも大丈夫! アタシが今まで、武器を持った相手と喧嘩した事が無いと思う?
全く動じないアタシを見て、リーダーちょっと戸惑い気味。そりゃ、そうだよね? どこからどう見ても貴族のお嬢様のアタシが、まさか手刀と回し蹴りをするなんてね? 怖くて震えていた銀髪美少女も、今は目をまん丸くしてこちらを見ている。
あ、アレ使えるかも!
アタシは目の端にある物を捉え、じりじりとそちらに移動する。
動くアタシを見て追いつめたと思ったのか、痩せた男の顔にようやく笑みが浮かぶ。
「女のクセに暴れまくってよー。お貴族のお嬢様はお淑やかな方が可愛いぜ? だが姉ちゃん、遊びは終わりだ。色仕掛けは俺には通じないぜ?」
スムーズに動くために出した脚が『色仕掛け』って……。
本っ当この世界はわかんない。
リーダーが向かってきた瞬間、アタシは走る。
男のナイフがギリギリの所で空を切る。あ、いや、髪の毛ちょっとだけ切られちゃったかも。
男を通り過ぎ目当ての物をガシッと掴み取ると、それを構えながらアタシはくるりと向き直る。男が動かないせいで距離が少しあいたから、右手で二、三度そいつを振って感触を試してみる。まあ、得意の鉄パイプとまではいかないけれど、重さは結構良いみたい。この、火かき棒は。
暖炉の脇に立て掛けてあった鉄の火かき棒を構えなおし、ニタリと笑う。途端に男が怯むのがわかる。
『紅薔薇』とか『紅夜叉』と呼ばれていたアタシの呼称は伊達ではない。
負ける喧嘩なんかした事無いし。
銀髪美少女には背中を向けているから、アタシのこの表情は見られていないはず。これ以上怖がらせるのは可哀想だもんね?
「ゴルァァーー!」
大声を出しながら男が突進してくる。
気合を入れるのは勝手だけど、大きな声出したらどう考えても見つかっちゃうよ? まあ、誰かが来るまでに大いに楽しませてもらうけど。
神経質そうなリーダーは、特にナイフの達人というわけでは無かったみたい。だってすぐに、彼の持っていたナイフを火かき棒で叩き落とせたから。それでも素手で向かってくるその根性に免じて、軽くブチのめす程度にしといてあ・げ・る!
ああもちろん、流血沙汰は避けたいから蹴りと拳で語り合おうね?
後頭部を持って男のアゴに膝を叩き込み、最後に蹴りを一発入れて床に沈める。
アタシはそのままゆったりした動作で火かき棒を拾うと、余裕をかましてトントンと自分の肩を叩いた。残るはあと一人。
今まで傍観していた天使のような容貌の、貴族のお坊ちゃんだ。
なあに? 彼に比べてアタシの方が悪役に見えるって?
だから、何? 悪いヤツと歯向かうヤツには容赦しないよ!
「さあ、お坊ちゃん。あなたはどうしたい?」