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舞踏場は武闘場?

 銀髪のチャラ男……もとい、王太子に手を取られて舞踏場に入った瞬間から、女の闘いは始まっていたようだ。

『夜会』とやらに初めて参加したアタシはよく知らなかったけれど、お嬢様方のヒソヒソ話によると、チャラ……王太子は今まで、特定の相手と行動したことが無かったそうな。なら、どーして今日もそうしなかった?


 連れ回されて愛想笑いをさせられて、男女問わずメンチ切られガンくれられて、タイマンならいざ知らず、カチコミも辞さない覚悟でガチで詰め寄られれば、そりゃあ神経もゴリゴリすり減るってもんよ!


 ええっと、まあ要するに、王太子と一緒に貴族のそばを通る度に、男女関係なくアタシだけが睨まれているってこと。コイツ誰だ? と嫌そうな顔で囲まれるから、一対一のケンカなら受けて立つけど集団ともなると掴みかからないように気をつけるので精いっぱい。まあ、手を出されれば集団相手でも勝てないわけではないけれど、ちょっとした騒ぎにはなるわよね?

 それに、こんなチャラ男……じゃなかったらしいけど、のために身体張るのはご免だし。




「おや、珍しい。王太子様、この幸運な女性はどちらのご令嬢ですかな?」


「博識でお顔の広いサージェ公にもご存知ない事がおありだとは。どちらの方だと思われますか?」


「あらまあ、ヴァンフリード様は今まで特定の方と行動されなかったのでは? いつから宗旨(しゅうし)替えを?」


「さあ、いつからでしょうね? 何しろこの方が春風のように私の元へと飛び込んできたものですから」



 いやいやいやいや、部屋に飛び込んで来たのはそっちだろーがよ? 何が楽しいのか、隣の王太子(確定!)サマは終始上機嫌。ヘラヘラと返答をはぐらかし、隣で私が困っている顔やイラっとしている様子を見てはニコニコしている。群がってくる貴族達を納得させるどころか散々(あお)るような事を言ってのけては、彼らが困惑する様子を見て楽しんでいるようだ。何て悪趣味!


 おかげで会場の視線と関心のほとんどをアタシが独り占め。「誰だ?」とか「見たことない顔だ」とか「本当に貴族か?」なんて声も聞こえてくる。そりゃ、アタシだってできれば町人A~Zが良かったよ! 兄貴にさえ強制的に参加させられなければ、こんな大変な思いはしなくて済んだのに……。


 まあ、王太子に話しかけてくるヤツは大抵、玉の輿狙いか権力狙い。おべっか使いの匂いもプンプンしているから、彼もいつもそれなりに大変なんだなって事はわかる。けど、何でアタシを巻き込むわけ? しかも誰にも紹介せずに連れ回すだけ連れ回して(そば)から放してくれないだなんて……。


 ああ、誰か。アタシをここから解放して~~!




 そうこうしているうちに、最初につまんない話で盛り上がっていたどっかの令嬢達がアタシの方に寄ってきた。

 ラッキー、助かった! 後は彼女達に腹黒王太子引き渡して、アタシはさっさとズラかろう!


 さっきアタシに別室で休む事を勧めてくれた親切な令嬢達。彼女達はどうやら本気で心配してくれていたようだ。王太子に一礼すると、アタシに向かってこう言った。


「まぁぁぁセリーナ様、もう戻られて大丈夫ですの? 具合が悪いのなら、ご無理なさらないでね?」


「そうですわ! 倒れてしまったら大変ですもの。王太子様さえ宜しければ、彼女の代わりに私共がお相手をさせていただきますわ!」


「まだお顔の色が優れないようですわ! 別室にお戻りになるかクリステル伯爵の馬車までお連れしましょうか?」


 ああ、彼女達は何て心が広くて優しいんだろう!

 それに引き換えこの王太子は……。


 さっきまで軽く手を持っているだけだったのに、しっかりアタシの腰にまで手を回しているぞ? それってセクハラなんじゃ? っていうか、こんなにキレーな姉ちゃん達が相手にしてくれるんだったら、どう考えてもアタシは要らないよな?


「ええ、お願……」

「お気遣いありがとう。でも、セリーナは緊張しているだけだからその内気分もほぐれると思うよ? それに、彼女の代わりは誰にもできない。心配してくれたのに、ごめんね?」




 はあぁぁぁ?!


 何でそんな答えになるんだ? つーか、会ったばっかでお前何で馴れ馴れしく名前呼び? それに、紛らわしい事言ってっと仲が良いみたいに勘違いされるじゃねーかよ!


 ほら、せっかく今まで親切だったのに、彼女達まで変な顔してアタシを見てる。いや、むしろ睨んでいるような……。ダチが欲しかったわけじゃねーけど、それでもアタシを心配してくれたコイツらを、傷つけたくはなかったのに。


 ああもう、何でみんなそんなにこのチャラ……王太子が良いんだ? 見た目は良いけど兄貴を従わせている時点で絶対に腹黒だよ? アタシは全く要らないから、今すぐにでも、のし付けてくれてやるわ!


「そうか、でも本当に気分が優れないなら二人で夜風に当たれば良いかな? ここは人が多いしテラスに移動しようか」


 いや、移動するなら一人が良い。王太子要らねー。

 それに、セリフをいちいち耳元で囁くってのも、どうよ? 好みでも何でもないのに変な汗出てきたし、心臓ちょっとうるさいし。まあ、転生前は喧嘩に明け暮れていて、単純に兄以外の男に慣れていないってだけなんだけどね?




 公爵家のテラスからは暗いながらも立派な庭園が見渡せ、向こう側にある明かりのついた噴水がよく見える。セリーナは身体は弱かったのかもしれないけれど視力は結構良いらしく、遠くまで見えるし夜目も効く。視力が良いのは良い事だ。動体視力が良いとケンカだって有利になるし。


「ほら、見てごらん。 星がキラキラしていて君に負けないぐらい綺麗に輝いているよ?」


 うわっっ、何、そのセリフ寒っっ!!


「震えているね。寒いの?」


 そう言いながらヤツは自分の着ていた上着を脱いで後ろからアタシにかけると、そのまま肩をギュッと抱きすくめてきた。殺気を感じなかったから、簡単に背後を取られてしまった。……というより、密着し過ぎて本気で恥ずかしい。



 もうヤダ! もう限界!

 動悸がなぜかヤバい事になっている。

 こいつはサラリとこういう事ができるのかもしんないけれど、アタシは慣れていないんだ。こんな時、どうして良いのかわかんねー。

 それに、今まで散々苦行に耐えたんだ。舞踏場に戻って、好奇の視線に晒されるのはもう嫌だ。後で兄貴に怒られようが関係ねぇ。キレて叫び出す前に何としてでもバックれてやる!!


 アタシは彼に向き直ると、胸に手を置き自分の身体を引き離しながら逃げるための言葉を探した。綺麗な顔をしているくせに、触った感じが意外に筋肉質だったのは、気にしない事にしよう。


「あの、王太子サマ?」


「ああやっと。ようやく私を見てくれたね? ヴァンで良いよ」


 そんなん気安く呼べるかーーい!!

 そこまで親しくないし。

 

「その……ちょっと(トイレに行きたいって何て言えば良いんだっっけ?)ええっと、何かつまみがどーとか」


「?……ああ。『花を摘みに』と言っても良いけど、化粧直しね? いいよ、一緒に行こう」


 王太子がクスクス笑いながら答える。

 彼が甘い言葉を囁いた直後に「トイレに行きたい!」と言い出したのは、きっとアタシが初めてなんだろう。


「いえ、恥ずかしいので一人で大丈夫です。ここで待っていらして下さいな」


 逃走のためには仕方が無い。御礼を言って上着を返し、嫌だけどニッコリ愛想笑いのおまけを付けておく。

 なぜか息を呑む王太子。いけね、やっぱワザとらしかったか。




 一礼すると足取りも軽く、アタシは会場の中へ。


 やった! これで逃げられる!

 途中、何度も捕まってご婦人方からイヤミを言われそうになったり、男性陣から興味津々で声をかけられたり。


「ヴァンフリード様(確かこんな名前だったはず)ならテラスにいらっしゃいますわ?」


 その度にわざととぼけてそう言い残して、全てをヤツに押し付けて、出口の扉へと向かう。

 他人からどう見られようが、どう思われようが関係ねー。ドレスのスカート部分を少しだけ持ち上げて小走りで移動する。そのせいか、わざと進行方向塞がれたり、さり気なく脚を出されて転ばされそうにもなった。けれど、そこはセリーナの動体視力と元々のアタシの反射神経でさっと(かわ)して乗り切った。

 背後で聞こえる「チッ」という舌打ちとイライラしたようにパチンと扇子を閉じる音。



 ほら、ね? やっぱり。

 舞踏場は『武闘場』で間違ってなかったな。


  それが正直な、今のアタシの感想。


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