高貴なお方は面倒くさい
「ねえ、君、本当に私の事を知らないの?」
銀髪男が馴れ馴れしく話しかけてくる。
――隠れるって言っただろ? うるさかったら隠れた事になんねーけど。
いけない、イラッとした時でもおしとやかにしないといけないんだった。仕方が無いので寝っ転がった身体を起こし、長椅子にきちんと座り直す。
「あいにく不勉強でして……。大変申し訳ございません」
相手が当然自分の事を知っていると思っているその態度。なんか微妙にムカつく。
「ふ~~ん。私もまだまだという事かな? 一応聞くけど、君って貴族なんだよね?」
コイツしつけーな。
公爵家の『夜会』とやらに出ている時点で貴族だろーがよ。
それとも、アタシが何かおかしかった?
ドレスも小物も侍女が用意したし、母ちゃんはOK出してたけど。
ああ、そうか。名前を聞かれているんだな。新手のナンパか? 名乗らねーといけねーの?
イラついた後で眉を寄せるアタシを面白そうに眺めていたその男が更に言う。
「可愛らしいし見ない顔だけど、今までどこに隠れていたの?」
ハイ、ナンパに決定~~!!
自信たっぷりあるチャラ男くん。そんなヤツに限って、腕っぷしはすんごく弱いと決まっている。
アタシは明らかにムッとした表情で、相手を見つめた。
すると、チャラ男が「あれ?」という感じで私を見返す。
ああ、そっか。イケメンだし身分が高そうだから、今まで雑に扱われた経験が無いんだね? 女はみんな自分をチヤホヤするものだと思ってる?
残念でした~~! 女性がみんなイケメン好きとは限らない。少なくともアタシは、自分と同じか強い人で無いと嫌なんだ。
「ほおっ……」
チャラ男に向かって「放っておいて」と言おうとした瞬間、ノックもせずに扉が開いて誰かが中に入ってきた。
「ああ、殿下。こんな所にいらしたんですね? おや、リーナ。お前、こんな所で何を? いくら記憶が無いとはいえヴァンフリード様に失礼な態度をとってはいないだろうね?」
「オーロフか」
「あに……兄様……!」
何てこったい! サボってた現場を兄貴に見られるなんて。
こちらの世界の兄は、相当賢い。茶色の髪を後ろで一つに束ね、金色の瞳でモノクルをかけている。
似ていないのは当たり前で、セリーナとその兄は親同士が再婚した時の連れ子同士。もちろん、血は繋がっていない。
でも、侍女に聞いたところによると、彼は5歳下の身体の弱いセリーナを、それはそれは大事に可愛がっていたそうだ。
今は22の若さで王太子付きの秘書官をしていると聞く。元気になったアタシには、結構厳しくある意味鬼畜だ。話に聞いた優しい兄ってどこ行った?
――ん? 待てよ、王太子付きの秘書官?
兄貴がわざわざ探しに来て、「殿下」と呼ぶってことは……
このチャラ男が? まさか?!
「うわっっ!!」
驚いてズザザと引き下がり、目をみはる。
自分の正体にようやく気付いたアタシを見て、どことなく満足そうにしているチャラ男くん。
ダルくて説明省いてたけど、そういえば着ているものも高そうだ。濃い青と白の軍服っぽい上衣には金の飾緒と刺しゅうがしてあって、白のパンツ(トラウザーズとかいうらしい)に映えている。髪は襟足までの銀色で、長めの前髪が少し目にかかっている。少しだけ目尻が垂れていて、瞳は印象的な濃く深い青。そんな目鼻立ちの整った顔は、人に聞いたら10人中10人が「容姿たんれー」とか「たんせー」とか言うんだろうな?
いかにもモテそうだけど賢そうだし、背も高いけどヒョロヒョロではなくそこそこガタイも良い。まあ、アタシに言わせりゃイケメン細マッチョは好みじゃないけれど。ただ、『王太子』と言われれば、素直に「ああ、そうですか」と頷けるだけの気品は持っているように思う。
「セリーナ!」
「はいぃぃっ!!」
兄貴の激しい叱責がとぶ。
失礼どころかイラっとしたり無視したりしてた。
いや、まさかこれぐらいで牢屋は無いよな。仮にも兄だし、当然庇ってくれるでしょう?
「……お仕置き決定だな」
低い声の兄貴は怖い。
ケンカは多分アタシの方が強いだろうけど、父ちゃん母ちゃんがボーっとしている分、兄貴が私を矯正した。彼は若いくせに妙にしっかりしていて、変な迫力がある。
『お仕置き』というのは体力的なものじゃなくて、暗唱とか書き取りとか。アタシにとってはそっちの方が精神面をガリガリ削られるようで疲労感がハンパ無い。
アタシが勉強させられたのも今日の夜会に送り込まれたのも、全部コイツの指示だ。
「まあまあオーロフ、その辺で。君のは冗談に聞こえないから。そうか、彼女がかの有名な君の妹さんなんだね?」
「ええ。最近まで病で伏せって引きこもっていたばかりか、知性をどこかに置き忘れてきた大バカ者です」
おい兄貴、お前妹を何気にディスってるぞ?
こんなにか弱くおとなしそうな見た目のアタシなのに……。そのアタシの本性をいち早く見破ったのもコイツだ。
「ククク……君はこんなに愛らしい妹さんにまで手厳しいんだ? いいよ、病気だったのなら私の事を知らなくても仕方が無いか。でも、それでもちょっとだけショックだったかなぁ」
「うちのバカが申し訳ございません」
アタシの代わりに兄貴が謝る。
何なんだ、コイツら。何のコント? それとも二人がかりでアタシをけなそうとしているのか? そりゃ、勉強したはずの王太子の顔さえキレイさっぱり忘れてたアタシが悪いのかもしんないけどさ。でも、仕方ねーじゃん? 金持ちとかイケメンに興味ねーもん。
ところで、いつまで続けりゃいいんだ? この茶番。
どーでもいいけどさっさとすれば?
アウトならアウトで、パッパと処罰すりゃいいだろーが。
どうやら王太子らしいという事で、アタシだって一応は習ったばかりの貴族の礼の形をとっている。慣れない動作に手も足もプルプル震えている。
「おや? 妹さん、可哀想に震えているじゃないか」
うん。主に怒りで。
あとは、これまでの虚弱体質とこの慣れない動作の所為で。
「そうだな。じゃあ罰として、今日一日妹さんには私の横に張り付いてもらって、私の事を覚えてもらおうかな?」
王太子が、片手を自分の首に当てキラッキラな目でこちらを見つめる。
何、ソレ?
「そんなの罰にはなりません! むしろ光栄です!」
とか言えってか? 絶ってー言わね~!
「ありがたき幸せ……と言いたい所ですが、このバカは礼儀もダンスもすっかり抜け落ちたらしく……」
イイぜ、兄ちゃんナイスフォロー!
バカ呼ばわりは嫌だけど、こんなクソ動きにくいもん着て、転ばねーで優雅に踊れる自分は、いつまでたっても想像出来ない。
それに、チャラ男……王太子(?)と一緒に過ごすのなんて堅苦しくっていけ好かない。
もしや彼ってちょっとMなの?
自分に興味が無い者と一緒に過ごして何が楽しいの?
「ああ、いいよ。今日は私も踊る気無かったから。それに、礼儀作法は実践で覚えないとね? じゃあ、君――ええっと……」
スンゴい迫力の兄にギンっと睨まれる。
わかってんよ。答えりゃいいんだろ、答えりゃ。
「セリーナ・クリステルと申します。以後、お見知り置きを」
いやいや、ソッコー忘れてくれ。できたら今すぐ。
習った通りの言葉で膝を折りながら答えたものの、心底嫌そうな響きは隠せなかったらしく、それがなぜか王太子(仮)のツボに見事にハマってしまったようで、彼の上機嫌なクスクス笑いが止まらなくなってしまった。
「ではセリーナ嬢、私と共に参りましょうか?」
笑いながら彼の手が差し出された。相手がきちんと独身で家柄も自分より上なら、余程の理由が無い限り断る事はできない。ましてや相手は王太子だ。
「ハァ……」
既婚者なら兄が止めてくれるはず。でも、兄貴の動きは何も無い。大げさにため息を吐くと、アタシは銀髪チャラ男の手を取った。彼は未だに笑い続けている。一体何が面白いんだか。
――高貴なお方は面倒くさくってよくわからない。
そんな事を考えていたから、兄貴が嫌そうな顔をしていたのも、チャラ男と一緒に舞踏場に入った途端、さっきまで仲良くダベっていた令嬢達が舌打ちしたのも、アタシは全く目に入っていなかったんだ。