ラノベの世界ってマジですか?
「『アルロン』って?」
聞いたのが良くなかった。コレットさんが瞳を煌かせてペラペラとよくしゃべり出したので、話が長くなりそうだと思った私は、お茶の用意を命じる。
「頼もう! お茶の用意を頼む、すまん」
執事やメイドに笑われたような気がしたけれど、私は普段からこんな調子だから、家の者もわかってくれているだろう。ちなみに両親は、遠く離れた伯爵家の領地を視察中。普段は『家令』とやらに任せてあるが、年に何回かは実際に見に行くんだとか。
兄貴が仕事でいなくても、家には使用人が何人もいて、いざとなれば暴漢ぐらいアタシ……私がちょちょいと絞め上げられる。たとえこの小っちゃなコレットさんに妄想癖があり、私に突然襲いかかったとしても、ボコる自信はあるから大丈夫。
そんな彼女の話はあまりにも突飛で、すぐには信じられなかった。
この世界は、日本で発売されてゲーム化までされたライトノベル(要するに小説だって)の『夜明けの薔薇~赤と青の輪舞曲』略して『アルロン』の舞台とそっくりなんだとか。
何で略す必要が?
ファンの間で語る時に便利?
ああ、そうなんだ。
で、水色の髪と緑の瞳を持つ身体の弱いセリーナは、その登場人物で何と主人公! メインヒロインってやつらしい。しかもその『アルロン』はどうやら恋愛小説で、ヒロインとヤンデレなイケメン達との恋物語なんだそうだ。
「ちょっと待て。何だ? ヤンデレって」
病んでデレること……何だそりゃ?
わかったようなわからんような。
以前の私はひたすらバイクやケンカに熱中していたから、小説なんかは読まないし、その手のゲームなんかも一切しない。マンガは読んだことあるけど、変な感じのキャラは出てこなかった。
ただ、1個下の妹がそんな感じのゲームにハマっていたから、もしかしたらそれかもしれない。青とか金とか銀とかあり得ん髪のイケメン達が、背中に薔薇を背負って出てきたし。
あ、そんな感じのゲームって多いんですか? ああ、そうなんだ。
でも、マンガやゲームならいざ知らず、字ばっかの小説なんて読んでてそんなに面白いのか? せっかく恋愛ものなら、絵で見なくちゃわからんだろ?
へ? 文章だけで想像できるって?
ふーん。賢いんですね、あなた。
「セリーナ様、話を戻してもよろしいですか?」
ちょっとムッとした感じの彼女に対して、私は「そういう話は興味無いし、もうたくさん」と答えたい気持ちをぐっと堪えた。
正直ヒロインと言われても、全然実感湧かないし。恋愛にも今までまったく縁がなかったし、興味もない。
彼女によると、小説版ではセリーナがヒロインだけど、ゲーム版だとセリーナとベニータのダブルヒロインで、どちらかを選べるんだとか。それぞれ話が少しずつ違っていて、ラストはまったく変わるそう。
また、好きなキャラクターとのルート(分岐?)とかいうやつに入れば、そのキャラクターとの恋愛が楽しめるし、全員をフってしまうことも可能だそうだ。
まあ、その場合は殺されてしまうらしいけど……。
「え? ちょ、ちょっと待った、殺されるって何? 誰が?」
一瞬聞き逃してしまいそうになったけど、彼女の真面目な顔を見る限り、どうやら違うみたい。
私、すんごい汗出てきた。ゲームなんかどうでもいいけど、自分が関わってくるとなると話は別だ。全部この人の妄想だったらいいのに……。
「ああ、大丈夫ですわ! セリーナ様が誰も選ばなかった場合だけですもの」
いやいやそんな元気良く言われてもねえ。
……ていうか、待って! その前に。
「選ぶって誰を? まさかそのイケメンヤンデレ軍団からチョイスするんじゃないでしょうね?」
「当然ですわ。そのためのお話ですもの!」
嬉しそうに言うけれど、当事者としてはたまったもんじゃあない。そんなおかしなライトノベル(ラノベとも言うらしい)のヒロインなんかゴメンだ。
あ、でもそれなら……。
「じゃ、じゃあゲーム版で。ベニータ様が主人公の方でお願い」
「あの……自分では選べませんよ? それに、私どちらかというとラノベ派で、ゲームの方はそんなに詳しく無いんです。だからこの世界がどちらなのかは、未だにわかり兼ねていて……」
はいぃぃぃ!?
何だ、そのラノベ派って。
派閥でもあるのか?
勢力争いでもしてるわけ?
相手をボッコボコにすれば良いんじゃね?
あ、そういうもんでもないんですか。
もしかしたらこの世界ではセリーナ(アタシ)がヒロインで、誰とも恋愛しなかったら殺されるかもしれないんだって?
「なんだ、そりゃ? 殺されたくなけりゃあ一応恋愛しとけってこと?」
「ええ、まあ。大丈夫ですよ。皆さん魅力的な方ですし、ヤンデレって言ってもそこまでひどくは無かったですし……」
そこまでってどこまで?
いや、それよりも――。
「だ、だだだだだ(誰?) ど、どどどどど(どーすれば良いの?)」
「良かった! ご興味を持っていただけたようで嬉しいですわ! ええっと攻略者の事ですけれど、もしかしてセリーナ様はもうオーロフ様に好意をお持ちなのではないですか?」
「へ? こーりゃく者? 兄貴?」
聞き返した所でちょうどお茶のセットとお菓子が運ばれてきた。
良い香りの焼き菓子はいつもなら胃を刺激するけれど、今はまったくそれどころではない。せっかく覚えたお茶の作法も、動揺しまくったせいですっからかんに忘れてしまった。
「大丈夫ですか? セリーナ様、お顔の色が……。お身体が弱いんでしたよね? 私、後日改めて伺いましょうか?」
コレットの言葉にどことなく引っ掛かりを覚える。
そ、それだ~~、それ!
身体が弱くておとなしかったのは前のセリーナで、アタシじゃないぞ!!
ってことは、セリーナがヒロインのその話自体もう消滅しちゃってて関係ないんじゃないの?
「あのね。私、身体は頑丈だしおとなしく無いから、まったくの別人で違うセリーナだったと思うの。たぶん、あなたの勘違い」
そう訴えてみた。
ところが……。
「セリーナ様はまだ17歳でしたよね? でしたら、これから始まるんだと思います。だって、お城にお目見えするのもオーロフ様に迫られるのも、ラノベでは最初の方のシーンでしたもの」
「待て待て待て、迫られた覚えはないぞ? それにアタシ自分の恋愛なんかにゃ興味はないし……」
ケンカなら好きだけど、と必死の抵抗を試みる。
だってどう考えてもヒロインって柄じゃあないし、イケメンにも興味は無い。恋愛なんて面倒くさい事するよりも、身体動かしてた方がよっぽど楽しいし。男性と仲良くなるぐらいだったら、うちの可愛い馬たちと仲良くなって背中に乗せてもらいたい。
「ええっと、あの……私も少し不思議に思っていたんですけれど。セリーナ様ってラノベとは随分印象が違うというか……」
「それこそ転生だからじゃないの? 元ヤンキーだったし」
部屋にはもう執事やメイドが戻って来て待機しているため、私は小声でそう言った。これでも兄貴に言われた通り、どこで誰が聞いているかわからないから警戒しているのだ、一応。
「ええぇぇぇ!?」
驚いたからってそんな風にのけ反らないで欲しい。素人さんにゃ手は出さないし、売られてもいないケンカは買う気はないよ? なのにそんなに怯えられたら、どうすりゃ良いんだ?
「あの、わ……わわ、私、用事を思い出したので今日はか、かか帰りますね?」
そう言ったコレットさんは、今までの長話が嘘みたいに慌てて部屋を出てダッシュで逃げ帰ってしまった。まあ、所詮元ヤンへの世間の評価なんてこんなもん。今更傷ついても仕方が無い。
それよりも――。
「あ、誰と恋愛すんのか聞いとくの忘れてた」
今はまだ、コレットさんの妄想にしか思えなくても、万が一って事もある。それにせっかく生まれ変わったんだから、アタシだって今度こそ長生きしてみたい。
できればこの世界がラノベやゲームなんかじゃなくって、アタシがヒロインじゃない事を望むけれど……。
でも、もし彼女の言う通りだとしても若い身空で殺されたくないし、死なないように努力はしたい。
つっても『恋愛』ってなぁ――。
簡単に言うけど、相手もわからないし出会ってもいないし、好かれるかどうかもわからないのに『いきなり恋してくっつけ』だなんて、くっそハードル高いっしょ。でも殺されるのも嫌だしなぁ。
やっぱりここは、こっちの世界でも鍛えてケンカの腕を磨いておくべき?




