アタシの記憶
元ヤン――。
ヤンキーだった事を誇りもしないけれど、別に後悔もしていない。だって、法に触れるような悪いことは、そんなにしてないから。夜に走ったバイクの音がちょっとうるさかったくらい? 殴りかかってきた相手を逆にボコボコにしちゃったこと? 真面目な顔して援交したり麻薬に手を出すJKなんかより、アタシらよっぽどまともだったと思うんよ。
こんなアタシでも、中学まではちゃんと学校に行っていた。
うちはいわゆるシングル家庭で、アタシは仕事のデキる母と頭の良い兄と妹に挟まれている。でも、家族に迷惑かけちゃいけないと、それなりに頑張ってはいたんだ。
だけどある時、『貧しいこと』を理由に一つ下のおとなしい妹が中学校でいじめられた。
後から聞いた話だと、「貧乏なクセにゲームしてんじゃねーよ」と、わけわかんない理由で難クセつけられたらしい。
まあ、学校に携帯ゲーム機持ってった妹も妹だけど、それをチクったクラスメイトも笑って返さなかった教師にも問題あると思う。先生が一緒になってからかったせいか、その日から体操服が隠されたり、上履きをゴミ箱に突っ込まれたり、ぼっちにされたり、花瓶や雑巾を机の上に置かれたりと、何かまあいろいろとあったみたいだ。
妹は、イジメの事実を家族に話さなかった。自分さえ黙っていれば、いつかは治ると思っていたみたい。でもさあ、集団でイジメをして喜ぶ低脳軍団が学習すると思う? 治るどころか、ますますひどくなってった。日に日に笑顔が無くなる妹を見て、こりゃ何かあるぞとアタシは思ったわけ。
うちらの中学校は学年が違うと昇降口まで違う。だけどある日、二年生の昇降口で囲まれて嫌がらせをされている妹を見つけた私が――――……キレた!!
そうじゃないかな、ってうすうす感じてはいた。暴れてみると、アタシは意外に強かった。男女問わずその場にいた全員を、ぶっ叩いて泣かせるくらいには。
もちろん、妹を背中に庇って抗議したアタシに、先に手を出してきたのはあっちだ。私は痛みに強いらしく、鼻血ぐらいじゃ怯まない。
勝ってザマァ!……とはいかず、翌日すぐに呼び出しをくらう。
学校側も妹のイジメは無視してたくせに、叩かれた子どもの保護者からのクレームには、すぐに対応するみたい。悪い奴の親に限って自分の子どもを棚に上げ、他人を責めるの得意だよね?
アタシはバカだったけど、普段の生活態度はこれでも良かったし、妹の成績は学年でもトップクラスだ。でも、向こうの方が大人数でたまたま金持ちがいたせいか、最後はこっちが頭を下げて謝る羽目に。さらに殴って泣かせたことで、私だけ謹慎をくらってしまった。
妹の心の傷やアタシの傷は、無視かよ。
仲良くしようっての、どこにいった?
アタシはただ、『妹をこれ以上イジメたり傷つけないで欲しい』と頼みたかったんだ。ものを盗んだり隠したり、それはすでに犯罪だよね? 殴られたから、殴り返した。口下手だから、コブシで会話する方が早かっただけ。親にまで迷惑をかけるつもりはなかった。それなのに……
ま、そんなわけでアタシの地元での評判は最悪で、中学はギリギリ卒業できたもののそのままヤンキーの道へ。妹は「あんな姉ちゃんで可哀想」と同情を集めたのか、それともアタシに返り討ちにされることを恐れたのか、以来学校でイジメられることが無くなったそうな。ま、それだけは良かったんだけどね?
「自分が正しいと思った事は貫き通しなさい!」が口癖の母ちゃんを筆頭に、うちは結構仲が良くサバサバした家族。だから、アタシがヤンキーになったからといって、家族の態度が変わることは無かった。アタシもアタシで、仲間と連んでケンカに明け暮れても、ちゃんと家には帰っていたし、バイクを買うためマジメにバイトもしていた。
母ちゃんも兄ちゃんも妹も頭はすごくいい。だから私も、元々の作りはバカでは無いと思うんだ。ただ、勉強しなかっただけ。英語とか数学とか歴史なんかが、その頃は生きていくのに必要だとは思わなかった。公式を詰め込むよりもケンカの方が、『生きている』って実感できたから。
向いていたのか元々の才能か。喧嘩に勝つたびあれよあれよと名前が上がり、当時は『紅薔薇』とか『紅夜叉』とか呼ばれてて……。うん、認める。すげー調子に乗ってたわ、アタシ。
好きなアイテムは木刀と鉄パイプ。趣味は喧嘩とバイク。読書といったらマンガや雑誌。音楽はバラードも聞くけどロックが大好き。好きな言葉は『喧嘩上等』と『鉄拳制裁』。確か四字熟語にもあったよね?
二十歳を目前にして、アタシはヤンキーを辞めた。だって、十代の頃は許されても二十代でケンカに明け暮れるなんて、馬鹿みたい。バイクは趣味で、今後はツーリングなんかも良いな。
当然仲間は泣いて引き止めた。
アタシは地元で名前を出したらすぐにわかるレディースでナンバー2にまでなっていたから、ケンカもかなり強かった。その頃には「死神」とか「撲殺女王」とか呼び名がどんどんすごいことになっていて、もういっそ勝手に呼んでくれ、と思って好きにさせていたし。
髪を金色から黒く戻し、就職活動だってし始めた。中卒というのがちょっと……いや、かなりイタかったのでなかなか内定取れない。けれど「身体が弱くて……」となんとかごまかした。病弱なせいで高校をやめた、みたいな雰囲気を醸し出してみる。
バレれば詐欺罪?
バレなきゃセーフ?
でもまあ、最悪フリーターでも良いけどな。
居酒屋スタッフとして、かなり稼いだ実績もある。
気のいい事務長がいる土木事務所に就職が決まりそう……アタシはその時、かなり油断していた。久々にスカッとしたくてバイクを飛ばし、海に向かう。春先の海は潮風が少しだけ冷たくて、青い空がこれからのアタシを祝福してくれているようで、気分爽快だった。だから、帰り道に少しだけ飛ばしたら……
逆走してきた車に突っ込まれてしまったのだ。
『ああ、本当にいるんだ、逆走車。ニュースでしか見た事無いや』
そう思ったのが最後の記憶。
これからは人生真面目に生きようと、考えた矢先の事故だった。
*****
目を開けるとそこは、全く別の見たこともない世界だった。
明らかに染めてはいない金髪やピンクの髪が普通にいる。顔立ちも彫りが深いし、みなさん揃って美しい。彼らはアタシに、「家族だ」と言う。
それが三か月ほど前のこと。
病気がちだった伯爵家のご令嬢に、なぜか自分がなってしまったようだ。「身体が弱くて……」って嘘を吐いたから? それとも真面目に生きようとしたから『てっぺんちい』?
とにもかくにも、この世界の常識を何も覚えていない(だって知らないもん)ばかりか、言葉遣いや態度まで乱暴になっていたアタシ。なのにこの世界の家族は、「記憶障害」だと言って、割とすんなり受け入れた。貴族だからお人よしなのだろうか?
目を開けた私を見て、『助かった。奇跡だ!』と、泣いて喜ばれた。
セリーナ・クリステルというキラッキラな名前。自分の名を受け入れるまでに時間がかかってしまったけれど、今の見た目にはその方が合っている気がした。間違っても前の水澤 紅ではダメだろう。
セリーナは17歳で、手足が長く細くてすらっとしている。でも、育つべき所はしっかり育ち、スタイルは良い。まっすぐで長い水色の髪も美しく、吸い込まれそうなエメラルドグリーンの瞳は、アニメか妹の持っていたゲームの中でしかお目にかかったことは無い。すごく賢そうに見えるから、絶対にケンカしたりバイクなんかには乗ったりしないんだろうな。
それが今のアタシの姿。
くすぐったいような気もするけれど、顔面偏差値が高いこの世界では、これくらいが標準仕様なのかもしれない。
ベッドを引き払った翌日から、猛勉強が始まった。
とにかく全てを忘れて(まったく知らないだけだ)いるから、歴史や音楽、行儀作法まで全部の科目に家庭教師がついてのスパルタ授業。
一つだけ良かったと思うのは、今までろくに勉強してこなかったせいで、頭がすっからかんだったこと。余計な知識がない分、素直にこの世界の文字や地理を覚えられる。
話し言葉はわかっても、なかなか文字は書けなかった。でも、変に英単語を覚えていなかったから、教えられた言葉を丸暗記。
にわか仕込みの知識だけれど、たった三ヶ月でこうして伯爵令嬢として、本来あるべき姿に仕立て上げられた。どっかの公爵が主催する『夜会』とやらにも顔を出せる……もう帰りたいけど。
それもこれもアタシの頭が空っぽで、人並み以上の根性だからだ。
『じがじさん?』。何それ、わかんない。
徐々に更生させますのでm(_ _)m