燃える丘
遅くなってすみません(>人<;)
でも今は、確かに彼に恋してる。
「ハアッ、ハアッ、ハアッ」
愛する気持ちがわかったところで、つらさは消えない。過去の記憶が洪水のように押し寄せるせいで、吐き気までする。
「ううっ」
慌てて口に手を当てた。
「セリーナ、しっかり! 待っていろ、医師を呼んでくる」
グイードの声が聞こえるけれど、気持ちが悪くて応えられない。口を手で覆ったまま、なんとか頷く。
バタバタとした靴音に続き、ドアが開く音。
普段の彼らしからぬ大きな動作で、飛び出して行ったようだ。
「っつ」
続いてお腹が痛くなる。
頭痛だけでも大変なのに、お腹も攣るとか勘弁してほしい。
――なんでこんなふうになるんだ? 安静にすれば平気なんじゃないの?
「まさか、お腹の子に何か!?」
過去の記憶より我が子が大事。
どうしよう。なんにもないといいけれど……。
グイードと愛を確かめ合った直後に、彼との子供を失うの?
不安がどんどん募っていく。
冷静になろうと思い直した直後、グイードと親代わりの漁師夫妻が部屋に飛び込んで来た。
「セリーナ!」
「マー……セリーナ様っ」
お医者さんらしき人は見当たらない。
「すまん、セリーナ。医師は今朝早く、隣村へ往診に出掛けたそうだ。捜させてはいるものの、まだ見つからない」
「私なら大丈…………ウッ」
今度は頭。
頭の奥が割れるように痛む。
「セリーナ!!」
グイードが走り寄り、私を抱きしめる。
「なんで? なんで、今……」
脳内で、前世の記憶がめまぐるしく再現されていく。そして決まって最後には、父のあの言葉。
『はあぁぁ。ハズレだな』
――ハズレはお前だ!
毒親に罵倒され、邪険にされた日々。自分が悪いと思い込み、いつかは愛してもらおうと、必死にあがいていた。
けれど、今ならわかる。
ろくでもない親に合わせる理由も、縋る必要もないってことを。
「転生上等。私はこの子を、愛してみせ……ううっ」
激しい痛みは治まらず、歯を食いしばる。
「この様子だと、一刻を争うようだ」
「けんど、この村に他に医師は……」
大丈夫。心より身体の痛みの方が耐えられる。
「平気、だよ。この子も私も、強い、から」
お腹に手を置き彼を見上げた。
グイードの淡い青の瞳が、つらそうに揺れている。
「ああ、そうだな」
私のために苦しまなくていい。
ただ、この子だけは――。
「お願い、子供だけでも助けて!」
「わかった」
甘え方を知らない私が、初めて甘えた相手。
精悍な顔立ちのグイードは、なんて頼りになるのだろう。
「良かっ……た」
私はそのまま気が抜けて、何もわからなくなった。
目を開けると、冷たい風が顔に勢いよく当たっている。
「寒っ。違う、寒いのは顔だけだ」
毛布にくるまれているせいか、身体はちゃんと温かい。
「え? 何ここ。もしかして、空の上ぇ!?」
「セリーナ、起きたのか。もう少しの辛抱だ。安全に飛ぶから、あと少し我慢してほしい」
気づけば外は夕闇で、愛する人の腕の中。
どうやらグイードが私を抱えて、飛竜で運んでいるらしい。
「いえ、我慢というほどでは……」
「部下が先に向かい、王都でも指折りの医師に診てもらう準備をしている」
滑るように飛ぶからなのか、さっきの痛みは落ち着いていた。
――やっぱり飛竜騎士の子だけあって、空にいるとおとなしい?
私はお腹をさすり、クスリと笑う。
この世界広しといえど、胎児の頃から飛竜に乗ったのは、たぶんこの子だけ。
――ねえ、わかる? あなたのお父さん、カッコいいでしょう。
愛しさと誇らしさで胸が熱い。
カッコ良く優しく素敵なこの人を、私はどうして忘れていたんだろう?
やがて飛竜が、見慣れた場所に差し掛かる。
眼下に可憐な花が広がる懐かしい景色は、エリカの丘だ。
『ここは、私の母の故郷だ。……想う人に初めて告白された場所でもある』
『美しいセリーナ。孤独な私を、君が癒やしてくれないか?』
記憶の中のグイードが囁く。
彼もまた、私と同じように孤独を抱えていた。
赤紫の花咲くエリカの丘は、寂しがりやの私達が初めて遠出した場所だ。
「うっすら赤いような。あれ? なんで夜なのに見え……痛っ」
なんの前触れもなく、お腹の痛みがぶり返す。
「セリーナ! すまん、耐えてくれ」
「それは、いい、です、けど。グイード様、あれっ」
指差し必死に声を出す。
だってエリカの丘の一部が赤い。
あれは……火だ!
「クソッ、山火事か」
赤い炎が周囲を明るく照らしている。
このままでは、丘全体が燃えてしまう!
「すぐに消火を。急がないと、大変なことに……」
「いや、あの方角に民家はない。消火は後だ」
「でも、お母様の大事な場所でしょう?」
「セリーナ! まさか、思い出したのか?」
目を見開くグイードに、私は黙って頷いた。
「そう、か。まさか、こんなところで記憶が戻るとはな」
――厳密には違うけど。さっきの痛みで前世を、飛竜の背でこの世界の出来事を、思い出したのだ。
「だから、早く消さないと。お母様の思い出が!」
痛みを殺して叫ぶ。
すぐ戻れば間に合うだろう。
「いや、いい」
「グイード様!」
悲鳴に近い声を出す。
「セリーナ、記憶が戻ったならわかっているはずだ。この私に、君より大事なものはない。もちろん、君との子供も大切だ」
「そんな!」
私のせい?
この場所を何より大切にしていたグイードなのに、私のせいで何もできないの?
「そんな顔をするな。連絡はしておく」
グイードはきっぱり言い切ると、竜の模様が刻まれた銀の笛を取り出した。
何度か吹くと、飛竜が咆吼を上げる。
「グオォォォォォ」
大きな音にびっくりしたのか、お腹を蹴られた。
――良かった。子供は無事だ!
ホッとした私は、涙で前が見えなくなった。
【転生したら武闘派令嬢⁉︎〜恋しなきゃ死んじゃうなんて無理ゲーです】コミックス最終7巻
5/10 双葉社Mノベルスfより発売されますo(^▽^)o