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あなたがいれば、それだけで

久しぶりですみません(^_^;)

「大丈夫。私はずっと側にいる」


 なんとなく引っかかった言葉を口にすると、グイードがハッとしたように飛び起きた。


「セリーナ! 思い出したのか?」


「……何を?」


 同じように身体を起こすと、探るような瞳が私をじっと見つめていた。けれど目が合うなり、彼はつと()らす。


「いや、いい。その方がいいのかもしれん」


 複雑な表情で首を横に振る彼を見ると、なんだか申し訳ない気持ちになってしまう。


「ごめんなさい。あの……」


「違う、君が謝ることではない。さっきも言ったように、以前の私は愚かだった。だから記憶が戻れば、君は私を恨むだろう」


「そんなことはありません! だって、私……」


 過去の自分なんて知らない。だけど、高鳴る鼓動や熱を持つ頬は現実のものだ。


「だって?」


 グイードが先を(うなが)すよう、首をわずかに(かたむ)けた。

 こんな小さな仕草にさえ、今の私は胸がときめく。


 そう、私は彼が好き。

 それだけは確信を持って言える。

 一世一代の告白は、きちんと目を見て伝えたい。


 私は彼の頬に手を伸ばし、薄青の瞳を覗き込む。


「グイード様。私はあなたが好きです」


「……好き? それは私が、お腹の子の父親だからか?」


 不安げな表情とは裏腹に、彼の声は真剣そのものだ。


「いいえ」


「だったら……いや、君が気負う必要はない。誓って言うが、己の愛を押しつけるつもりはなかった」


「いいえ。この気持ちは私のもので、押しつけられてはいません」


「セリーナ」


 グイードが、私の顔を食い入るように見つめている。

 愛情を信じたいけど信じるのが怖い――そんなふうにも受け取れて、「大丈夫だよ」と言ってあげたくなってしまう。


 私は彼の手を取って、自分の胸に導いた。


「好きよ。ほら、私の心臓の音が聞こえているでしょう?」


「なっ――」


 目を開いたグイードは、直後、自らの顔を空いている方の手で覆う。


 ――まさか、恥ずかしがっている? 百戦錬磨のこの人が? 


 百戦錬磨? 待って。今、何かを思い出しかけたような。


「グイード様、あの……」


「見るな!」


「へ?」


「お願いだ、見ないでくれ」

 

 顔を覆った彼の手や肩が、小刻みに震えている。

 これってもしかして――――。


 ――泣いている?


 男らしいが繊細で、大人なのに少年ぽくて、強さも弱さも併せ持つ人。

 私はきっとこの人の、そんなところが好きだった。

 

「グイード様、そのままで聞いてください。私はあなたがいれば、それだけで……いえ、今はあなたとこの子がいるだけで幸せなんです」


 そう言ってお腹に手を当てると、身体の奥に温かい何かが満ちた。


 好きより強い何か。

 たぶん、これが愛。

 私にとってグイードと我が子への愛は、何者にも代えがたい。


「あっ!」


「どうしたっ」


 驚きに声を上げた瞬間、グイードが顔を上げる。

 私は胸に置いた彼の手を、そのままお腹に持って行く。


「これは……」


「ふふ、すごいでしょう?」


「ああ、ああ」


 感動のあまり、グイードの声がかすれている。

 私はといえば、お腹の中で動く自分の存在を主張するかのような我が子の力強い蹴りっぷりに、思わず笑みが(こぼ)れ出た。


「あ、また。この子、お父さんに似て元気みたい」


「確かに元気だな。だが、私は君の身体が心配だ。痛くないのか?」


「それは……つっ」


「セリーナ!」


「平気。痛いというより変な感じかな。でも、ま、生まれる前から活発なら、ケンカも強くなるかもね」


「ケンカ?」


 グイードが眉をひそめた。

 私も驚いている。なんで急に「ケンカ」なんて言葉が出たんだろう。


「セリーナ、君は時々不思議なことを言う」


「すみません」


「いや、謝ることではない。君の可愛らしい唇から出る言葉なら、なんでも大歓迎だ」


 ――ええっと、今のセリフに「可愛らしい」って単語いる?


 ふと、頭の中に何かが(ひらめ)く。


『可愛らしい唇で紡ぎ出される貴女の名前を耳にする栄誉を、私にお与え下さいませんか?』


『ああ、笑顔の君は何て愛らしいんだ!』


 あれは、本当にあったこと?


 掴みかけるとすぐに、消えてしまう何か。

 思い出せそうで思い出せない自分がもどかしい。


「グイード様、もし……」


 戸惑いつつも言葉を選ぶ。


「もし私が、この先ずっと過去を思い出せなくても、私の側にいてくれますか?」


「当たり前だ」


 即答。

 けれどホッとする間もなく、低い声が飛んでくる。


「セリーナこそ。君こそ過去を思い出しても、私を捨てないか?」


 捨てる? 愛しいこの人を捨てるなんて、とんでもない!


「ええ、もちろ……」


 言いかけた途端、頭が割れるように痛む。


「クウッ」


 思わず(うめ)くと、頭の中から少女の声がする。


『留守番ばかりは嫌だよ。お泊まりするなら連れてって!』


『お前、バカか? 留守番もできないやつは要らないぞ』


 ――嫌、置いていかないで!


『だって、今度いつ帰ってくる? どうしていっつも、一人でどっか出掛けるの?』


 ――寂しい、寂しい、寂しいよ。私を見て!


『うるせー。子供なら子供らしく、親の言うことを聞け』


『嫌だ、待って!』


 ――お願いだから、何でもするから。どうか私を捨てないで。


『はあぁぁ。ハズレだな。おとなしい妹、(ゆかり)の方が良かった』


 ――父ちゃんが家にいないのは、私が悪い子だったから? それとも最初から、私のことが嫌いなの?




「ハアッ、ハアッ、ハアッ」


「セリーナ! 急にどうした、セリーナ!!」


 焦ったようなグイードの声が、遠くで響く。

 

 そうか。愛されなかった少女は、私自身。父親はとんでもないクズだ。

 だって私は、この子とこの子の父親を心から愛している。育児放棄したり、捨てたりなんかしない。


 父親のせいで男に()りた私は、恋愛なんて自分とは無縁のものだと思っていた。

 でも今は――――。


 

【転生したら武闘派令嬢!?~恋しなきゃ死んじゃうなんて無理ゲーです~】

白瀬やや先生作、最新コミック7巻はモンスターコミックスfより5月10日に発売予定です。


ハッピーエンドの先へ

原作にもない話を、どうぞお楽しみくださいませ。

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