たった一人の
「ところでセリーナ、少しでも眠れたか?」
夢は見たけど覚えてないし、いまだに眠気は取れてない。
答えに迷っていると、彫りの深い顔が間近に見えた。
「ちょっ、グイード様、近い!!」
「そうか? 私としては、この距離さえももどかしい」
そう言うと、グイードは当然のように私の隣に滑り込む。
「なっ……」
がっちりした体格なのに、動きはしなやか。
あっという間に抱きすくめられ、私の頭は彼の胸に押し当てられた。
この筋肉、嫌いじゃない……じゃ、なくて!
「あの、グイード様」
「なんだ?」
厚い胸板を通して響く声が、耳に心地いい……って、うっとりしている場合じゃないから。
「あの、なんでこんなことをなさるんです?」
「なんで、とは? 君にはぐっすり眠ってほしいが、ここにはベッドが一つしかない。だから……」
「いやいやいや。他人様の家で、夫婦でもない男女が同じベッドにいるのは、どう考えてもおかしいでしょう」
しかもそんなにぴったりくっつかれたら、眠るどころか目が冴える。
「そうかな? 美しい君に少しでも触れていたいと願うのは、おかしなことか?」
おかしいどころか非常識!
いくらお腹の子の父親でも、やっていいことと悪いことがある。
「もちろんダメです。堂々とこんなことして、万一奥さんにバレたらどうするんですか!」
「奥さん?」
グイードは、とぼけた顔まで男らしい。
眉間に寄った皺までカッコ良く見えるのは、きっとこの人くらいのものだろう。
「すまん、セリーナ。君が何を言っているのかわからない」
男らしいと思っていたのに、シラを切るとはがっかりだ。
「王族でそんなにカッコ良くって、今まで独身なはずがないでしょう!」
グイードが一瞬、目を丸くする。
「ハハハ。君は、私をそんなふうに思っていたのか」
あれ? ここ、笑うとこ?
「怒った顔も可愛いが、まずは誤解を解いておこう」
グイードは私の頭頂部にキスを落とすと、低い声で語り出す。
「私に妻はいない。心から惹かれたのは、後にも先にも君だけだ。セリーナに会うまで、私は生涯独り身でいようと決めていた」
「え? 王族なのに?」
「王族だからだ。私の妻となった女性が、政敵の嫌がらせや、いつ毒殺されてもおかしくない環境に身を置けるとは思えない」
グイードが既婚者じゃないと知って、ホッとする。
もしかして、彼が私を選んだのは、私が崖から落ちても死なないくらい頑丈だから?
「私の母は前王の側室で、日陰の身だった。美しく賢い母でさえ、日に日にやつれていった。見た目は儚いが芯の強い母に、君はよく似ている」
「私がお母様に?」
「ああ」
これだけ整った顔のグイードだから、お母様も相当綺麗だったはず。
ふいに、一面に咲く赤紫色の花が脳裏に浮かぶ。
『ここは、私の母が好きだった丘だ。考えごとをする時、私はいつもここに来る。だから、君にも見せたかった』
――あれは、現実にあったこと?
「初めはそれで、君が気になった。だが君の言動は、私の予想の上を行く。城の舞踏会で話しかけた途端、説教されるとはね」
「説教? 私が?」
「そうだ。私の笑顔がわざとらしくて、礼儀知らずだと。でもまあ、甥の話を遮った私も悪い。そんな当然のことに、君が気づかせてくれたんだ」
「甥ごさん……」
彼の甥なら、小さくてもきっとカッコいいだろう。
どう見ても20代後半のグイードの甥なら、子供――だよね? それなら私は、彼のお世話係として雇われていたのかな?
ダメだ、そっちは全然浮かばない。
「彼のことはいい。私の話を聞いてくれないか?」
「え? ええ、もちろんです」
グイードは一瞬、ムッとした顔をした。
なんでだろ? 実は子供が苦手とか?
私は思わず、お腹に手を当てた。
「すまない。他の男が絡むと心が狭くなる。君には、私だけを見ていてほしい」
グイードったら。ちびっこ相手に大げさな。
「どこまで話したかな? ああ、私が君に惹かれた理由か。君の美点はたくさんあるが、特に好ましいのは、窮地に立たされながらも常に他者を気遣うところだ」
「窮地?」
「そうだ。暴漢から身体を張って王女を守ったり、誘拐後も囚われの令嬢達を助けようと、犯人相手に立ち回ったり」
へえ。全く覚えてないけれど、すごいな私。
「傷ついた君を案じる私に対しても、自分よりまずは他の令嬢達を助けてほしい、と訴えた」
「でも、その人達の方が助けを必要としていたのでしょう? だったら当たり前では?」
「その当たり前のことが、なかなかできない。私の知る女性の多くは、他者より己を優先する。美を追究するため財産を食い潰したり、目立とうと平気で他人を蹴落としたり」
それは、出会った相手が悪かっただけじゃあ……。
「その点、君は違った。美しいのに美に無頓着で、情に厚く曲がったことを嫌う。他人のため率先して行動するくせに、見返りを求めない。私はいつしか、そんな君から目が離せなくなっていた」
淡い青の瞳が、私をまっすぐ見つめている。青の奥にくすぶる炎は、今にも燃え出しそう。
急に胸がドキドキして、息苦しくなってきた。
「グイード……さ……ま」
「セリーナ、これだけは忘れないでほしい。君が私の、たった一人の愛する人だ。君さえ側にいてくれるなら、他には何もいらない」
他にはって……お腹の子は?
聞いてみたいものの、今はその時ではないような。
「だが、愚かな私はそのことに気づかなかった。自らが頂点に上り詰めれば君を守れると――城の危険から遠ざけられると、信じていたんだ。君のため、良かれと思ってしたことで、君を失った」
グイードの一段と低くなった声には、つらさが滲んでいる。私は何も言えず、続きを待った。
「少し考えればすぐにわかったはずだ。君は強い女性で、母ほど弱くない。誰かに守られずとも美しく咲く。君のため、と考えた私こそが、愚かで弱い人間だ」
瞼を伏せたグイード。
苦しそうに歪んだ表情に、胸が締め付けられそうだ。
そんな顔をしないで。
お願い、自分を責めないで。
私は慌てて口を開く。
「いいえ。自分の弱さを知るあなたは、決して愚かじゃありません。現に私の居場所を探し当ててくれたでしょう? それに失ったと言われても、こうして元気に生きてるし……」
違う。今の彼に必要なのは、こんな言葉じゃない。
私は記憶の隅に、手を伸ばす。
『転生したら武闘派令嬢!?』
コミックス1〜6巻発売中ですo(^-^)o
最新刊にはグイード編も。
コミックス版、オリジナルストーリーに参加させていただきました。切ない表情がカッコ良すぎて、泣いてしまった私ですT^T。