表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
173/177

失われた記憶の中で

大変お待たせいたしました。

ぼちぼち更新していくので、最後までお付き合いいただければ嬉しいです♪


「え? だって……」


 グイードが怒ったように身じろぎする中、私の頭に突然、変な映像が浮かんできた。


 ――「ダッせ。さっきのやつらの顔、見た?」「泣き叫ぶぐらいならうちらにケンカ売るな、って話だよな。マジで」

 

 (すそ)の長い真っ赤な上着を着た少女らが、「今日も勝った」と高笑い。明々とした建物の前で、直接地べたに座っている。続けて見えたのは、馬に似た車輪付きの鉄の(かたまり)に乗り、棒のようなものを振り回す彼女達。地面には、男が(うめ)いて転がっていた。


「なんだこりゃ?」


 懐かしく、もの悲しくもある景色。

 甘酸っぱい後悔にも似た感情を、自分はどうして抱くのか。


「セリーナ?」


「はいっ」


 グイードの呼びかけで、我に返る。


「セリーナ。私の言動が美しい君に不快な思いをさせたのならすまないが、これだけは言っておく。お腹の子供のことは知らなかった。だが、嬉しい」


「へ? 嬉しい?」


「ああ。ようやく会えた愛しい君が、私の子供を身ごもってくれていたんだ。これを至上の喜びと言わずして、なんと言う?」


「なんとって……。そっか、喜んでくれるんだね」


「当然だ」


 確信を持ったその声に、大きくうなずくその仕草に、途端に胸が熱くなる。

 やっぱり私、彼のこと――。


「――愛してる?」


 (つぶや)くと同時に、グイードの眉が驚いたように上がった。


「ああ。私は君を、心から愛している」


 グイードは、私が彼に質問したと勘違いしたみたい。

 さっきのは、自分に向けたひとりごとだったのに。


 低いイイ声で告白されると、他はどうでもよくなるから不思議だ。

 その場限りの言葉でも、今だけは信じたい。

 

「……グイード様」


「セリーナ」


 互いの名を唇に乗せ、じっと見つめ合う。

 彫りの深い顔にある二つの双眸――意志の宿った瞳には、私だけが映っている。


「グイード様。あのね、私……」


 言いかけた口を閉じ、首を横に振る。


「どうした?」


「ううん、なんでもない」


 私も、と言うのは簡単だけど、奥さんのいる人に言っちゃダメだよね。

 それに、恨めしい気持ちがないと言ったら嘘になる。


 愛しているなら、どうしてすぐに見つけてくれなかったの?

 やっぱり奥さんの手前、なかなか探しに行けなかったから?


 既婚者、まして王族の彼を好きになった過去のセリーナ。

 誰かの犠牲の上に成り立つ愛。

 以前の自分は本当に、そんなものを望んでいたのだろうか?


「でもま、証拠はバッチリここにあるわけで」


 私はお腹に、そっと手を当てた。

 

 ――大丈夫だよ。もしまとめて父親に捨てられても、母親の私はあなたとずっと一緒にいるからね。


「セリーナ?」


 向けられる薄青の瞳は、(いつく)しみの色を(たた)えている。

 なのになぜ、今この時にも捨てられる不安が頭をよぎるのだろう?

 

「妊娠したせいで情緒不安定、とか? ……ふわあぁ~」

 

 真面目に考えたいのに、口から出たのはあくびだけ。

 強烈な眠気に襲われて、(まぶた)がどんどん下がっていく。

 するとグイードが、私の背中に手を添えた。

 

「すまない。体調の悪い君に、無理をさせてしまったな」


 ――違う、身体より心が痛いの。捨てられるのが怖いのに、奥さんのいる人を好きになったなんて、未だに自分が信じられない。


 それでも結局、睡魔には勝てず……。

 グイードの手が、私を優しくベッドに横たえたのだった。



 *****



「留守番ばかりは嫌だよ。お泊まりするなら連れてって!」


 茶色い髪の男性に、必死にすがる小さな手。

 ここではないどこか、だけど妙に懐かしいその部屋で、少女が泣きじゃくっている。


「お前、バカか? 留守番もできないやつは要らないぞ」


「だって、今度いつ帰ってくる? どうしていっつも、一人でどっか出掛けるの?」


「うるせー。子供なら子供らしく、親の言うことを聞け」


「嫌だ、待って!」


「はあぁぁ。ハズレだな。おとなしい妹、(ゆかり)の方が良かった」


 少女はうろたえ、伸ばした手を引っ込めた。

 そして、泣きはらした目をこする。


 去って行く背中を見つつも、声が出ない。

 怒られるのが怖いから。

 嫌われるのが怖いから。


 だって彼ははっきりと、少女に言ったのだ。

「ハズレ」だと――。


 父ちゃんが家にいないのは、私が悪い子だから?

 それとも最初から、私のことが嫌いなの?


 恐怖と絶望にさいなまれた少女は、私自身。

 誰にも愛されていないという、つらい現実。

 苦しい事実を忘れたくて、夜の街に飛び出した。

 

 幼心に知ってしまった。

 自分は誰にも愛されない。

 愛する価値もない「ハズレ」。


 だったら――――――。

 

 

 *****



「……ナ、セリーナ!」


 耳元で、大きな声が聞こえる。

 必死に薄目を開けると、心配そうに曇った淡い青の瞳が見えた。


「グイード……様?」


「ずいぶんうなされていたようだが、大丈夫か?」


 私の目元を(ぬぐ)った彼の指が、少し濡れている。

 

 ――もしかして私、泣いてたの?


「そんなに怖い夢だったかな? 覚えてないけど……」


「急に起こして、すまない。だが、苦しそうな君をそのままにしておくわけにはいかず、声をかけた。ひょっとしたら、そのせいで……」


「ふふ。あなた、謝ってばかりね」


 彼の憂いを取りたくて、わざとクスリと笑ってみせた。

 

 そんな顔をしないで。

 私はただ、あなたと一緒にいられれば――――。


 一瞬、何かを思い出しかけたけど、すぐに消えてしまう。

 今のはいったい、なんだったのだろう?

 


『転生したら武闘派令嬢!?』コミック6巻は、2023年8月10日発売です。

コミックオリジナルのグイード編も、お楽しみいただけますように<(_ _)>

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ