失われた記憶の中で
大変お待たせいたしました。
ぼちぼち更新していくので、最後までお付き合いいただければ嬉しいです♪
「え? だって……」
グイードが怒ったように身じろぎする中、私の頭に突然、変な映像が浮かんできた。
――「ダッせ。さっきのやつらの顔、見た?」「泣き叫ぶぐらいならうちらにケンカ売るな、って話だよな。マジで」
裾の長い真っ赤な上着を着た少女らが、「今日も勝った」と高笑い。明々とした建物の前で、直接地べたに座っている。続けて見えたのは、馬に似た車輪付きの鉄の塊に乗り、棒のようなものを振り回す彼女達。地面には、男が呻いて転がっていた。
「なんだこりゃ?」
懐かしく、もの悲しくもある景色。
甘酸っぱい後悔にも似た感情を、自分はどうして抱くのか。
「セリーナ?」
「はいっ」
グイードの呼びかけで、我に返る。
「セリーナ。私の言動が美しい君に不快な思いをさせたのならすまないが、これだけは言っておく。お腹の子供のことは知らなかった。だが、嬉しい」
「へ? 嬉しい?」
「ああ。ようやく会えた愛しい君が、私の子供を身ごもってくれていたんだ。これを至上の喜びと言わずして、なんと言う?」
「なんとって……。そっか、喜んでくれるんだね」
「当然だ」
確信を持ったその声に、大きくうなずくその仕草に、途端に胸が熱くなる。
やっぱり私、彼のこと――。
「――愛してる?」
呟くと同時に、グイードの眉が驚いたように上がった。
「ああ。私は君を、心から愛している」
グイードは、私が彼に質問したと勘違いしたみたい。
さっきのは、自分に向けたひとりごとだったのに。
低いイイ声で告白されると、他はどうでもよくなるから不思議だ。
その場限りの言葉でも、今だけは信じたい。
「……グイード様」
「セリーナ」
互いの名を唇に乗せ、じっと見つめ合う。
彫りの深い顔にある二つの双眸――意志の宿った瞳には、私だけが映っている。
「グイード様。あのね、私……」
言いかけた口を閉じ、首を横に振る。
「どうした?」
「ううん、なんでもない」
私も、と言うのは簡単だけど、奥さんのいる人に言っちゃダメだよね。
それに、恨めしい気持ちがないと言ったら嘘になる。
愛しているなら、どうしてすぐに見つけてくれなかったの?
やっぱり奥さんの手前、なかなか探しに行けなかったから?
既婚者、まして王族の彼を好きになった過去のセリーナ。
誰かの犠牲の上に成り立つ愛。
以前の自分は本当に、そんなものを望んでいたのだろうか?
「でもま、証拠はバッチリここにあるわけで」
私はお腹に、そっと手を当てた。
――大丈夫だよ。もしまとめて父親に捨てられても、母親の私はあなたとずっと一緒にいるからね。
「セリーナ?」
向けられる薄青の瞳は、慈しみの色を湛えている。
なのになぜ、今この時にも捨てられる不安が頭をよぎるのだろう?
「妊娠したせいで情緒不安定、とか? ……ふわあぁ~」
真面目に考えたいのに、口から出たのはあくびだけ。
強烈な眠気に襲われて、瞼がどんどん下がっていく。
するとグイードが、私の背中に手を添えた。
「すまない。体調の悪い君に、無理をさせてしまったな」
――違う、身体より心が痛いの。捨てられるのが怖いのに、奥さんのいる人を好きになったなんて、未だに自分が信じられない。
それでも結局、睡魔には勝てず……。
グイードの手が、私を優しくベッドに横たえたのだった。
*****
「留守番ばかりは嫌だよ。お泊まりするなら連れてって!」
茶色い髪の男性に、必死にすがる小さな手。
ここではないどこか、だけど妙に懐かしいその部屋で、少女が泣きじゃくっている。
「お前、バカか? 留守番もできないやつは要らないぞ」
「だって、今度いつ帰ってくる? どうしていっつも、一人でどっか出掛けるの?」
「うるせー。子供なら子供らしく、親の言うことを聞け」
「嫌だ、待って!」
「はあぁぁ。ハズレだな。おとなしい妹、紫の方が良かった」
少女はうろたえ、伸ばした手を引っ込めた。
そして、泣きはらした目をこする。
去って行く背中を見つつも、声が出ない。
怒られるのが怖いから。
嫌われるのが怖いから。
だって彼ははっきりと、少女に言ったのだ。
「ハズレ」だと――。
父ちゃんが家にいないのは、私が悪い子だから?
それとも最初から、私のことが嫌いなの?
恐怖と絶望にさいなまれた少女は、私自身。
誰にも愛されていないという、つらい現実。
苦しい事実を忘れたくて、夜の街に飛び出した。
幼心に知ってしまった。
自分は誰にも愛されない。
愛する価値もない「ハズレ」。
だったら――――――。
*****
「……ナ、セリーナ!」
耳元で、大きな声が聞こえる。
必死に薄目を開けると、心配そうに曇った淡い青の瞳が見えた。
「グイード……様?」
「ずいぶんうなされていたようだが、大丈夫か?」
私の目元を拭った彼の指が、少し濡れている。
――もしかして私、泣いてたの?
「そんなに怖い夢だったかな? 覚えてないけど……」
「急に起こして、すまない。だが、苦しそうな君をそのままにしておくわけにはいかず、声をかけた。ひょっとしたら、そのせいで……」
「ふふ。あなた、謝ってばかりね」
彼の憂いを取りたくて、わざとクスリと笑ってみせた。
そんな顔をしないで。
私はただ、あなたと一緒にいられれば――――。
一瞬、何かを思い出しかけたけど、すぐに消えてしまう。
今のはいったい、なんだったのだろう?
『転生したら武闘派令嬢!?』コミック6巻は、2023年8月10日発売です。
コミックオリジナルのグイード編も、お楽しみいただけますように<(_ _)>