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私は知っている?

   *****



「子供!」


 焦ってガバッと飛び起きると、下腹部が引き()れたように痛む。


「くぅぅ~、ぃたぃ~~~」


 声にならない声を出し、自分のお腹に両腕を回した私は、肩でどうにか息をした。


「セリーナ! 急に動くんじゃない」


 優しく抱き寄せられたため、硬い何かに頭が当たる。


 ――壁? それにしては、温かいような。


 痛みが治まり見てみれば、壁だと思ったものは引き締まった腹筋だった。


 この硬さ、嫌いじゃない。

 ……じゃ、なくて。


 恐る恐る顔を上げると、薄青の瞳と目が合った。

 がっちりした体格の黒髪の男性が、私を心配そうに見つめている。


 ……誰?


「セリーナ、無事で良かった。ずっと探していたんだ」


 絞り出すような声と、細められた目。

 (ほお)がこけてはいるけれど、彫りの深い男らしい顔立ち。

 ドキッとしたのは、彼が知らない人だから?

 それとも、手をいきなり握られたからだろうか?


「セリーナ……」


 その人は、流れるような自然な仕草で、私の手の甲に唇を寄せた。

 私は慌てて手を引っこ抜く。


「セリーナ? でも……」


「マーレ! 気がついたんだね」


「母さん!」


 老婦人が、男性の後ろから顔を出す。

 彼女は私の母親代わり。「マーレ」と名付けてくれたのも、この女性だ。


 黒髪の男性はなぜ、私を「セリーナ」と呼ぶのだろう?


「あんたが助かって良かったよ。お腹の子供も……」


 老婦人が突然、声を詰まらせた。

 私は愕然(がくぜん)とする。


「そうだ、子供! 私の子供は?」


 すると、体格の良い男性が身じろぎした。


「私達の子供は無事だ。もう少し遅ければ、危なかったらしい」 


 ――もしかして、彼はお医者さん? 


 その割には立派な服を着ているし、私を呼び間違えてるし。腰に剣を下げているから、医師と言うより剣士みたい。

 

「ふう、良かったぁ……って、()()?」


「ああ。君のお腹には子供がいる。父親は、もちろん私だ」


「なっ……」 


 ――なんですと!?


 あまりのことに言葉を失い、限界まで目を開く。

 (かたわ)らの男性はそんな私を見下ろして、嬉しそうに笑う。


 ――たくましくって整った顔のこの人が、お腹の子の父親? 本当に?

 

 確かに理想のタイプではあるけれど、全然記憶にない。上品な彼には、がさつな私よりもお姫様の方が似合いそう。


「ええっと……」


 目で助けを求めると、いつの間に現れたのか、父親代わりの漁師が口を開く。


「わしも驚いた。まさかマーレ、いや、セリーナ様がお貴族様だったとは」


「お貴族様ぁ!? ……くっ」


 大声を出したせいなのか、またもやお腹が痛む。

 私は前屈みになって、痛みを(こら)えようとする。


「セリーナ、無理をするな」


 ポンポンと私の頭を叩く大きな手と、響く低い声。

 もう少しで何かが浮かびそうなのに、記憶はするりと逃げていく。


「医師の診察によると、当分安静が必要とのことだ。早急に連れて帰りたかったが、諦めよう。引き続き、ここで養生してくれ」


「そうだよ、マーレ……じゃなかった、セリーナ様。いくらでも、ここにいていいよ……ください」


 老婦人の言葉が変だ。

 輪をかけて変なのが、この男性の態度。

 他人の家にいるくせに、どうしてこんなに偉そうなのだろう?


「セリーナ、どうした? 元気がないが、まだ痛むのか?」


 黒髪の男性が、心配そうに顔を(ゆが)めた。


 痛みはすでに消えている。

 気になったのは、別のこと。


 以前の自分は、貴族っぽいこの男性と関わりがあるらしい。

「探していた」と言われたから、私は自らの意思で逃げ出したようだ。


 この人とケンカでもしたのかな?


 そもそも平民の私が、高価な服を着た男性とどうやって知り合ったんだろう?

 家政婦だった覚えはないし、愛人なんてもっとピンとこない。


 いや、それよりも何よりも――。


「あのう……私、セリーナと言うんですか? 良かったら、あなたのお名前も教えてください」


「何っ!?」


 今度はその男性が、目を大きく見開いた。




「すんません。マーレ……セリーナ様の記憶がない、と伝えていませんでした」


「そうです。気が動転して、肝心なことを忘れておりました」


 漁師夫婦が体格のいい男性――グイードというらしい、に平謝り。

 私のせいで、申し訳ない。


「いや。ところどころ会話がかみ合わなかったことに気づかなかった、私が悪い。どうか顔を上げてくれ」


 おや? この人、意外にいい人?


「騎士様、すんません」


 年老いた漁師は、恐縮した様子。

 グイードという名の男性が、彼と同じような黒い服を着た人達を従えているからだろうか?


 一方私は、気もそぞろ。

 呼び戻された医師の診察を受けているのに、集中できない。

 

「この村に来たきっかけも、それまでのことも全く覚えていないんですね?」


「はい? ええっと……そうです。気づいた時には、ここにいました」


 自分がどこの誰かもわからずに、高熱でうなされた日々。そんな私を看病し支えてくれたのが、気のいい老夫婦。

 だから、これ以上二人に謝らせるのはやめてほしい。


「ちょっと! グイード様、もういいでしょう?」


 声をかけた途端、長身の男性が振り向いた。

 ついドキッとしたのは、彼がすがるような目をしたせいだ。


「セリーナ、思い出したのか?」


「違います! さっき名前を教えてくれたでしょう? それより、二人は私の恩人です。解放してください」


「すまない。責めたわけではないのだが……」


 唇を()み、悔やむ彼の姿は珍しい。

 

 ――ん? 珍しい?


「セリーナを助けてくれたから、もちろん相応の礼はする。話を聞こうとしただけで、美しい君の心を痛めるつもりはなかった。すまない」


 言いたいことはわかるけど、「美しい」って要らなくね?

 こんな時にも()め言葉を挟むとは、さすがは……。


 ――さすがは……何?


 グイードの視線が気になった。

 淡い青は、私だけを見つめている。

 彼が接近した途端、胸の鼓動が音を立てて走り出す。


「グイー……ド……さ……ま?」


「セリーナ」


 私はこの声を、この人を知っている?

 

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