お仕置き確定?
バンッッ
すごい音で扉が開き、闖入者が――。
と、思ったら、その正体は怒り狂ったあに……お兄様!!
ど、どど~した、何があった?
他人ん家で暴れちゃダメだよ?
扉が開いた瞬間、ビックリして思わず紅茶をこぼしてしまった。早く染み抜きしとかないと茶色くなってヤバいよね?
兄は私に目を留めるとツカツカとこちらに向かって歩いてきた。その形相が恐ろしくって豪華な椅子の上で思わず後ずさってしまった。何たら織のピンクとベージュの2色遣いの上品な椅子もさっきからたまったもんじゃないだろう。
「あら、オーロフ。どうなさったの? お兄様の方の手伝いはもうよろしいんですの?」
おぉぉぉぉ~~! さっすがルチア姫。
落ち着いて何だかとっても慣れていらっしゃる。
言いながら、優雅に紅茶のカップを置いている。
兄も少しは反省したのか、大きく息を吸い込んでから言葉を続ける。
「うちのバカがご迷惑をおかけ致しましたようで……。お恥ずかしい思いをさせてしまい、大変申し訳ございません」
「いいえ。いったい何のことかしら?」
いいぞ、その調子だ。いけいけルチアちゃん!
兄貴なんて怖くない! アタ……私は怖いけど。
「何でも口に出すのも憚られるような品の無い事を自ら告白したとか。先ほど、あるご令嬢から訴えがございました」
「あら、そうなの? その方の勘違いではないかしら?」
「そうだとよろしいのですが」
や……やっぱりすぐに訂正しなかったからまずかったんじゃぁ? もしかして、上品でおとなしいベニータ様を泣かせてしまった?
「セリーナ!」
「はいぃぃっ!!」
鋭い目で兄が睨んでくる。
愛称で呼ばない時は、すんごく怒っている時。
「で、どうなんだ? 『ヴァンフリード様と懇ろな関係だ』と自慢したというのは本当か?」
うわ、まだ続いてたんだ。『懇ろ事件』。
恥ずかしくってもういい加減忘れたいのに……。
ケンカとバイクばっかで男と付き合ったことも無い私が、どうやったらこっちの世界で男女のムフフな仲に突然持ち込めるというんだ? デートをしたことすら無いのに深い仲だなんて、そんなん考えただけでも恥ずかしい。
「イ、イイエ。オニイサマノカンチガイデハアリマセンカ(高)」
い、いかん。焦って思わず声が裏返ってしまう。
「でもよくそんなに難しい言葉を知っていたな?」
あれ? その反応って全然信じていないよね?
はっ、まさか兄貴も私がセクシーオーラ全快の肉食系美女に変身したとか思っちゃってる?
「そんな事思うわけがないだろう? 大体どこにそんな暇があった。というより、思ったことを口に出すのは恥ずかしいから止めなさい」
げげ。今の声に出てたんだ、やべっ。
「それに、先日の『夜会』でヴァンフリード様にお会いしたばかりで今日初めて登城したお前が、お忙しい王太子様のお相手が務められるはずがなかろう? 大方、質問されて意味もわからず適当に相槌を打ったんだろうが……」
何だ、わかっているなら聞かないでよ。
焦って変に緊張しちゃったじゃないのさ。
「だが、ここに来る前に私は言っておいたはずだが? 城は生き馬の目を抜く世界だ。駆け引きや策略が横行していて、どこで誰がお前の乱暴な仕草や言動を見たり聞いたりしているかはわからない。だから十分注意しろ、とな?」
「でも、お兄様。ここにはルチア王女とご友人のベニータ様しかいらっしゃいませんでしたもの。ですから間違えてしまった事をきちんと説明すれば、きっとわかって下さるはずです。とてもおとなしい方ですから、もしかしてびっくりさせてしまったのではないかしら?」
兄の後ろに黒いオーラが見えたような気がしたけれど、それは敢えて無視することにする。ルチア王女と話し込んでいて訂正するのがすっかり遅くなってしまったけれど、『言葉の意味間違えちゃった。腹黒王太子とはただの知り合い。心配させちゃってごめんね?』って言えば、彼女は優しそうだしきっと許してくれると思う。
「あら、なぜわざわざ訂正する必要が? 彼女がそう思いたいんなら思わせておけば良いんです。それにもともとお兄様とセリーナお姉様の仲を聞いて来たのはあちらの方ですもの。それを自慢だなんてさもしい見方をするのなら、放っておけば良いのではなくって?」
ちょっとどうした、ルチアちゃん。
ベニータ様ってあなたの小さい頃からのお友達だよね?
未来の王太子妃最有力候補だよね。
それに、さっきは後から訂正してくれるって言ってたでしょう?
なのに何で放っておくとか言い出してくれちゃってんの。
それよりも、何考えてんのかわかんない腹黒王太子とペアだなんて、アタシが嫌だよ。向こうだって驚いて、嫌がって吐いてしまうかもしれない。あんなに綺麗で上品で優しそうな人が近くにいるのに、わざわざ品の無いアタシを選ぶわけがない。まあ、拳で語るケンカ相手にならなってやっても良いけれど、男女関係は無理だしさすがにゴメンだね!
「ですがルチア様、これでも一応未婚女性の端くれです。例え相手が王太子様といえど、弄ばれたと口さがない者の噂になれば、今後に支障が出るかと……」
「でしたら、遊ばれなければ良いのよね? お兄様が本気だとわかれば良いんだわ!」
ちょ、ちょっと、待て待てどうした? 二人とも。
何だか当のアタシを抜かして小難しい話をしているようだけど、絶対におかしいよね? なんでたかが適当に答えちゃったぐらいで、そこまでわけわかんない話になっちゃってんの? ちゃっちゃと訂正してパッパと謝れば良い話よね? ベニータ様、どちらにいらっしゃるのかしら。
二人が何だか熱く話しているから、その間にこの部屋を出て彼女に訂正しに行こうと席を立とうとした瞬間、更なる闖入者が――。
「何だみんな。私を置いて、何を楽しそうに話しているの?」
ぎいぃゃぁぁ~~! 出た~~、元凶!!
銀髪チャラ……くないけど、モテ男が部屋に入って来る。
「あら、お兄様。今ちょうど、お兄様のお話をしてましたのよ?」
待て、ルチア。貴様、今から何を言うつもりだ?
もしかしてまた、恥ずかしい『懇ろ』発言を本人の前で繰り返すのか?
それだけは止めてくれ!!
まったく狙ってないのに、深い仲を期待していると思われてしまったら心外だ。ただでさえさっきはちょっぴり密着し過ぎた。ケンカで負けたならまだしも、もうこれ以上無様な姿は晒したくない。
「へぇ、どんな話? それはぜひ聞きたいものだね」
イイ笑顔でこっちを見てる王太子。
うげっ、目が合った!
思わず視線を逸らすけれど何だか逃げ出したくなってきた。でも勝手に退出する事はできないから、限界まで後ろに退がって椅子の背もたれを両手で掴む。
そんな私をチラッと見た兄は、私が王太子の姿を見なくても済むように、自分の背中をこちらに向けて姿を隠してくれた。
「いいえ、特別な事は何も。それより、ルチア様のお部屋に足を運ぶ位ご兄妹の仲が良いのは喜ばしい事ですが、今は執務中では? 今日の分の書類、全て終了してからこちらにいらしたのでしょうね?」
兄ちゃんありがと。
そのまま追い返しちゃえ!
「ああ、オーロフは相変わらず手厳しいなぁ。終わった、って言いたいところだけれどまだだね。でも、君に目を通してもらう分は出来上がっているよ? 見学も兼ねて君の仕事ぶりを妹さんに見に来てもらったらどうだい?」
「そのために、自ら足をお運び下さったのですか?」
「それもあるけど、せっかく可愛らしい人が来ているのにほとんどお相手できないのが残念でね。演習場や宝物庫でほんの少し過ごしただけだなんて色気が無さすぎるよね? ああ、あとはほんの少し部屋にも寄ってもらったんだっけ」
「は?」
な、なな何てことをぬかしやがってるんですか、この王太子サマは!
さっき『余計な事言ったらメイスで殴るから覚悟しろよ』って、目でちゃんと合図したでしょう? おかげでルチアちゃんは興味津々だし、ぐりんとこちらを向いた兄は絶対零度の眼差しで私を凍らせようといるし――。
「ああ、そうか。ナイショにしないといけなかったんだね。まだ婚約したわけでもないし……。まあ私の方は別に構わないけれど、こういうのはきちんと段階を踏まないと、お義兄さんにも怒られそうだしね?」
はあぁ? 何をぬかすか!
爽やかな顔して、聞き捨てならない事を言うのは止めて。今すぐ訂正してくれ!
だけど、そんな意味深な発言をしたって、どうせ誰も本気に取らない――。
「まあ! じゃあお兄様とお姉様は本当に懇……モガッ」
ふう、危なかった~~!
思わず椅子から飛び出して、ルチア姫の口を塞ぐ。
瞬発力、思わぬ所で役に立ったみたい。
王太子の青い瞳が面白そうに煌めいた。
対してもんのすごい苛立ちを含むのは、兄の金色の瞳だ。
「セ・リ・ー・ナ~~」
兄の低音ボイスが不気味に響く。
これはきっと、『お仕置きコース』真っ逆さまだ。