ただ、愛のため
引き続きグイード視点です(^_-)
その日は突然やってきた。
荒々しい靴音が響いたかと思いきや、部屋の扉が大きく開く。
「これで、ようやく終わるのか……」
いつものようにバルコニーにいた私は、椅子に腰かけたまま、振り向きもせずに目を閉じた。
靴音は恐らく、城の兵士だ。
謀反を企てた罪で、私を捕らえに来たのだろう。
刑が執行されるなら、自害とは言えない。王族であることを加味され塔に幽閉されるとしても、食事を一切拒否すれば、死は間もなく訪れる。
――君のいない世の中に、生きる意味はない。ただ、君を最期に見たこの場所を、立ち去り難いとも思う。
ゆっくり瞼を開けると、激怒する甥の顔が映った。
「グイード、貴様!!!」
胸ぐらを掴まれ、激しく揺さぶられる。
抵抗する気力はなく、また、しようとも思わない。
「ヴァン、謀反の証拠が揃ったのか」
「謀反? 違う、私が言いたいのは……」
「セリーナのことだろう?」
名前を口にしただけで、胸が張り裂けそうに痛む。
私はなぜ、戻らない君をこれほどまでに心に描くのか。
「グイード! わかっているなら、こんなところで何をしている? 捜索もせず遣いも出さず、お前は何をしているんだ!!」
「来る日も来る日も捜索した! だが、手がかりどころか遺留品さえ見つからなかったんだ。王城側も、セリーナの死は悲しい事故と判定した」
もちろん日々、セリーナの姿を探し求めた。
岩場の影、海の中、近隣の町や村にも足を伸ばし、「どんな小さな情報でもいいから教えてほしい」と、頭を下げて。
しかしどんなに手を尽くそうとも、最愛の女性は見つからなかったのだ。
「私が認めるとでも? 判定はとっくに撤回させている。あれは事故でなく、グイードの責任だ」
もちろんわかっている。
彼女の死は、バルコニーの損傷に気づかなかった私の落ち度だ。どんなに後悔しようとも、彼女はもう戻らない。償いと言うには不十分だが、『古城以外の財産を、セリーナの生家クリステル家に譲る』との証書にもサインをした。
国王への謀反を企てた罪と、愛する人を死なせた罪。
私にとっては、後者の方がより重い。
「そうだな。全ては私の責任だ。今ここで、首を刎ねられても構わない」
ヴァンフリードの青い瞳が、怒りに煌めく。
甥を挑発したところで死期が早まるとは思わないが、どうせ処刑されるなら、彼女との思い出が詰まったこの地がいい。
「グイード、私は刑を執行しに来たわけではない」
「そう……か。捕らえに来たのだな」
ふらつく身体を支えるため、両足を踏ん張った。次いでヴァンの目の前に立ち、手首を前に出す。
「どうぞ。覚悟はできている」
ところがヴァンは私を一瞥すると、イライラしたように髪をかき上げた。
「グイードを捕まえても、セリーナは戻らない」
確かにその通り。
だったらヴァンがここにいるのは、なんのためだろう?
「グイード、ラズオルの国王代理として命ずる。飛竜騎士団長として、海岸沿いの町や村を直ちに捜索せよ」
「……は?」
言われた意味がわからずに、目を丸くする。
「聞こえなかったのか? もうろくする歳ではないと、思うがな」
「待て。私は国王に逆らった罪で、騎士団長の職を解かれたはずでは?」
「逆らった? さあね、そんな話は聞いていない」
「バカな!」
反乱は実行せずに終わったものの、計画に気づかない甥ではないはずだ。
「仮にそうだとしても、それがどうした? 現国王の退位は、息子である私を含めて誰もが望んでいたこと。グイードのおかげで、時期が早まったと考えればいい。挙兵の話を耳に入れ、ちょっとつついただけで父はあっさり逃げ出したよ」
「だから、『国王代理』か」
「まあね。私が正式に国王となるのは、戴冠式の後だ。悪いが、王位はグイードにも譲れない」
ヴァンの決意を秘めた青い瞳は、頼もしくさえ見える。
「そんな気はもうない。……そうか。ヴァンは計画の全貌を知りつつ、あえて我々を泳がせていたんだな」
返事はなくとも、彼の顔に全てが書いてあった。
今となってはどうでもいいし、願わくば全てをこの地で終わらせたい。
「グイード、よろしく頼む」
「待て。セリーナを捜索せよ、とはどういう意味だ? 周辺の捜索はとっくに終えている。きっと何も出て来ない」
「周辺の捜索は、だろう? 彼女は無事で、遠くにいるかもしれない。だからこそ、飛竜の出番だ」
「生きたまま遠くに流れ着く、と? それこそ無理な話だ。どこからそんな考えを?」
生きていてほしい、無事であってほしいと、どんなに願ったことだろう。
けれど現実は無情で、海に呑み込まれた者が生きて見つかることはない。たとえ遺体であったとしても、二ヶ月前なら海の藻屑と消えている。
「グイードの疑問はもっともだ。私だって最初は信じられなかった」
ヴァンは頷くと、部屋の入り口に視線を移す。
「いいよ、入っておいで」
彼が声をかけた直後、眼鏡をかけた小柄な女性が戸口に姿を現した。
「あの……私……」
両側を三つ編みにした茶色の髪と、丸眼鏡には覚えがあった。
「グイード、彼女は……」
「君は、図書館にいた娘だね? セリーナと一緒のところを、見かけたことがある」
「え? グイード様は、私をご存じだったのですか?」
口に手を当て驚かれたが、飛竜騎士という職業柄、人の顔を覚えるのは当たり前のこと。彼女は司書として勤めていたはずだ。
――職業柄……か。私はもうとっくに、騎士を生涯の職務と定めていたらしい。
けれどヴァンは、皮肉っぽく口を歪めた。
「さすがはグイードだな。一度見た女性の顔は、決して忘れないのか」
どう取られても構わない。
それより重要なのは、セリーナだ。
「ヴァン。なぜ、彼女がここにいる?」
「それは……」
「グイード様、セリーナ様は生きています! 漁師に保護されているかもしれません」
にわかには信じがたく、思わずヴァンの顔色を窺った。
ヴァンは無言で肩をすくめ、彼女に先を話すように促している。
「ええっと。私、図書館で司書をしているコレットと申します。実は、私には前世の記憶があって、その時にこことそっくりな世界を小説で読みました。それによると……」
――前世? 小説? この世界が物語となっていた?
こんな突拍子もない話を、ヴァンは本気で信じているのだろうか。
「――……以上です。嘘ではなく、本当なんです」
「そう……か」
それだけ言うのが、やっとだった。
話を聞いてはみたものの、到底理解できない。
だが、コレットという名の女性は必死で、嘘をつくようには見えない。それにヴァンも、彼女の話を信じたがっている。
「……わかった。遠方まで、飛竜で徹底的に捜索しよう」
「グイード。では、受けてくれるんだな」
「ああ」
「良かった。グイードの処遇は、セリーナが見つかるまで保留とする」
「わかった。それで構わない」
ヴァンや彼女の言葉をそのまま信じたわけではないが、自分にだって譲れない理由はある。
私はただ、愛のため。
万に一つでも可能性があるならば。
この命尽きるまで――。
セリーナ、君を探したい。