セリーナの覚悟
それから何日か後の、真夜中のこと。
幾度も愛を交わしたおかげで正直身体はへとへとだけど、頭は妙に冴えている。
「グイード様、どこ?」
気づけば隣は、もぬけの殻。
異変を感じて見回すと、戸口の方から声が聞こえた。
「……くれ。いや、もう少しここにいる」
グイードは、誰かと話しているみたい。
でも、誰と?
「……ああ。私が城にいなければ、証拠は残らない」
突如、たとえようのない不安に襲われる。
――グイードは、何をしようとしているの?
「良い報告を待っている」
続いて扉の閉まる音がした。
客人が帰ったらしいので、私は胸を撫で下ろす。
こんな時間に会うなんて、よっぽど大事な用なのね。
だったら応接間でいいのに、なぜここで?
まさか、私を逃がさないためなんじゃあ……。
焦って手首を見るけれど、鎖は繋がれていなかった。考え過ぎかと苦笑したところに、グイードが戻ってくる。
「セリーナ、起きていたのか。……どこまで聞いた?」
「どこまでって? な~んにも」
考えてみれば、その答え自体おかしい。
「何が?」とか「なんのことですか?」と、言えば良かったのだ。
グイードが手燭を持ったまま、わずかに動く。
ろうそくの灯りに浮かび上がった彫りの深い顔は、恐ろしいほど美しい。
その彼が、髪をかき上げ大きなため息をつく。
「はあーー」
もしかして私、邪魔だった!?
「セリーナは、体力が余っているようだな。私の愛し方が足りないせいか?」
「違っ……」
何も聞き出せずにごまかされた気もするが、そこから先は深く愛され、思考が停止した。
翌朝、グイードが私の髪に唇を当て、すごい秘密を打ち明ける。
「もうすぐだ。全てが終われば、君は王妃となる」
「…………は?」
起き抜けに言われたため、頭が追いつかない。
――王妃ってなんのこと? 国王には側室がたくさんいるし、ヴァンフリードという大きな子供もいるでしょう?
私の好きなグイードは、私を相手にこーんなことをしておきながら、親子ほど歳の離れた国王に嫁げと言うの?
ショックで目を見開くと、グイードが笑う。
「君の考えていることとは、たぶん違う。誰かに渡すなんて、考えたくもない。ただ、腐敗したこの国を根底から変えるには、頂点に立つしかないだろう?」
「グイード様、それってまさか……」
「そう、そのまさかだ。兄の国王には退位を願い、私が王位につく」
「ええっ!? だって、ヴァンフリード様は? 彼が次期国王でしょう?」
「今のままではそうだ。だが、あの父子を快く思わない者達が、一斉に蜂起するとしたら?」
「そんな!」
息を呑む私の前で、グイードがおどけたように肩をすくめる。
「そこまで驚くことかな? まあ君の存在がなければ、こんなことは考えもしなかったが」
びっくりして頭の中は真っ白だけど、私はどうにか言葉を繋ぐ。
「私のせい?」
「きっかけの一つではあるな。ヴァンが国王になれば、彼の父親がしたように、強引な手段で君を手に入れるかもしれない。それに国王に遠慮する彼に任せていたら、この国は他国に大きく遅れを取ったままだ」
「だったら政策をよく話し合えばいいのでは? ヴァンフリード様は、グイード様を尊重していますよね?」
「今だけかもしれない。権力を持って変わった人間を、私は嫌というほど見てきた」
「だからって、極端すぎるわ! 国王になどならなくても、できることはあるでしょう?」
「私は、正しい権力の使い方を知っている。それにこれは君のため。君に最高の地位を与えたい」
「最高の地位なんて要らない。私はあなたがいればいい。お願い、今すぐ考え直して!」
「いいや。全ての準備は整い、飛竜のグランも向こうで待機している。後は決行の指示を出すだけだ」
グイードは私の言葉をキスで封じ込めると、いつものように夢の彼方へ誘った。
どれだけの時が経過したのだろう?
どんな顔をして会えばいいの?
私は今朝、真実を聞かされたばかり。
あの人は……私の愛する彼は、罪を犯そうとしている
「私のため」と言うけれど、到底赦されることではない。
私が存在しなければ、起きるはずのない出来事。
「セリーナ、どうした?」
朝食を運んできたあなたが、爽やかに笑う。
食後はいつものように、食器を置いて口づける。
あなたの甘い唇が私の首筋を這い、手が慈しむように私の肌をまさぐった。かと思えば、狂おしいほどの情熱を私にぶつけてくる。
重ねた身体、絡み合う吐息、抑えきれないむき出しの激情。
こんなに近くにいるのに、こんなに深く繋がっているのに、あなたの心だけが遠い。
私はもう、覚悟を決めていた。
残る手段は一つだけ。
だからグイードに、最後の説得を試みる。
「臣下のままでいいじゃない。今さらどうして?」
「どうして? そんなことを聞くのか。君を愛するのに理由は要らない。君は新たな国王となった私の横で、美しく咲けばいい」
「あなたはこれが愛だと言うの? こんなのは愛じゃない。いくら何でも間違っているわ! あなたはおかしい……」
「狂ったと言いたければ言えばいい。全ては君のため。たとえ嫌がられても、離すことなどできない! 強く憎めばいい。深く恨めばいい。もう後戻りは出来ないし、するつもりもない」
「そんなっ!」
グイードは私を「愛している」と言いながら、私自身を見ようともしない。私の望みを、わかってもくれない。私はただ、彼と一緒にいられれば、それだけで良かったのに――。
私は絶望の淵に沈んだ。
こんなはずではなかった。
あなたを愛したことさえも、間違いだったと言うの?
この国は、ヴァンフリードの下で変わろうとしている。
彼を支えていたのが義兄のオーロフで、近衛騎士のジュールも心から尽くしていた。
たとえ流れは緩やかでも、多くの者に慕われる王太子がいる限り、我が国は必ず発展する。
どうしてわかってくれないの?
私はこんな愛の形など望んでいない。
いったいいつから、歯車は狂ってしまったのだろう。
いったいどうして!
愛ゆえにあがくあなたを、それでもまだ愛しいと思う。
そんな自分も、同じ罪に堕ちているのかもしれない――。
待てよ? 悲劇のヒロインぶっている場合じゃない。
以前これと同じセリフを、どこかで聞いた気がする。
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