恋人達の夜
グイードが眉をひそめた。
「セリーナ、それは本当なのか?」
「ええ。私が好きなのは、グイード様です。だってそうでもなきゃ、他の女性が好きなあなたに協力するとは言いません。結局は、私の勘違いでしたけれど。それでも、ギリギリまで、あなたの側にいたかった」
「どうして言ってくれなかった?」
「どうしてって……。生まれて初めての恋なので、告白するタイミングなんて、よくわかりません」
最初で最後の恋。
そして前世も今世も通して、たったの一度きり。
恋愛未経験の私は、告白するにもかなりの勇気がいったのだ。
「セリーナ、可愛い言葉で私を煽っているのか?」
グイードが私の頬に手を当てて、かすれた声を出す。
「あおっ!?」
答えを返そうとしたけれど、彼がそれを許さない。気がつけば、私の唇はグイードに塞がれていた。
「……ふ」
「セリーナ、私を感じてくれ」
唇から伝わる熱と大人の色香たっぷりの囁きに、私の頭の中は今にも焦げつきそう。
「……ダ……メ」
合間に抗議の声を発するものの、グイードの口づけはとまらない。
私も頭がボーッとして、なんだかよくわからなくなってきた。
角度を変えた彼のキスが、やがて深まる。
「ふ……う……」
「セリーナ、今度はきちんと息をして。そうか、場所を変えればいいな」
グイードの唇が、私の喉を伝って下りていく。胸元に達すると、彼は肌に触れたまま低く囁いた。
「セリーナ、綺麗だ」
「ふあっ」
愛しい人の吐息を感じて、思わず身じろぎしてしまう。愛しさと恥ずかしさで、身体がカァーッと熱くなる。
けれど手首の鎖がじゃらりと鳴った途端、現実に引き戻された。
「グイード様……もう、やめて」
「やめない。私達は想い合っているのだろう?」
――好きなのは本当だけど、望んでいたのはこれじゃない。
悲しくなった私は、思いを込めて訴えた。
「ええ。だから、鎖を外してください」
「どうして?」
「どうしてって……。これだと、あなたを抱きしめられない!!」
素直な言葉が零れ出た。
私は彼を愛している。
こんな状況に陥ってもなお、彼を信じたいと願っているのだ。
「セリーナ……」
「お願い、私にあなたを抱きしめさせて」
たぶんそれが、私のしたかったこと。
グイードがふとした時に見せる寂しそうな表情に、私の胸は幾度となく痛んでいたから。
国王の弟、栄えある飛竜騎士団の団長、恋に慣れた大人の男性。
そのどれもが彼ではあるけれど、奥には母親を慕う少年が潜んでいたような気がする。
強くあることを望まれて、誰にも甘えることができなくて。
大人になれと強要された少年は、不安さえも心の奥に閉じ込めて、強く生きてきたのだろう。
だけど本当は、他の誰より愛に飢えていたに違いない。
それなら私が抱き寄せて、「大丈夫だよ」と言ってあげたい。
「お願い」
「…………わかった。君が私から逃げないと、約束してくれるなら」
「ええ。約束するわ」
グイードが鍵穴に鍵を差し込むと、手首の革がパチンと外れた。ようやく自由になった手をさすり、彼に笑いかけてみる。
心配そうな表情は、私が逃げると思っているから?
だったらその考えは、相当甘い。
「大丈夫。私はずっと側にいる」
言いながらグイードの肩に手を回す。次いで黒髪に指を差し入れて、自分の胸にそっと引き寄せる。
「……セリーナ?」
「好きよ。ほら、私の心臓の音が聞こえているでしょう?」
そして幼子にするように、何度も何度も頭を撫でた。
しばらくそうしていたところ、グイードが苦笑する。
「ありがたいが、望んでいたのはこんな関係ではない」
「えっ? ……うわっ」
気づけばベッドに押し倒されて、上からのしかかられていた。
淡い青の瞳は熱を孕み、私をまっすぐ見つめている。
「セリーナ、愛している。私の愛から逃げないで」
グイードの低くかすれた声に、たちまち頭の中が沸騰してしまう。
それでも私は目を逸らさずに、彼の視線を受けとめる。
「ええ。グイード様にも、同じ言葉を返します。覚悟してくださいね」
「楽しみだ」
虚勢を張るのはここまでで、以降は彼の為すがまま。
いつの間にか脱がされて、一糸まとわぬ姿になっていた。
「……あれ?」
グイードは満足そうに微笑むと、自分の着ていたシャツを引きちぎるように脱ぎ捨てた。鍛え抜かれた胸筋と腹筋が、目に眩しい。
「セリーナ、君に大人の愛を教えてあげよう」
唇に灯った彼の熱が、首に肩に胸元に、赤い痕を残していく。それはさらに下りていき、誰も触れたことのない場所へ。
「あの、それはひょっと!」
声が裏返りながらも、どうにか口にした。
だけど彼はお構いなしで、嬉しそうにクスクス笑う。
「今からこれ以上のことをするのに? 恥ずかしがるセリーナは、本当に可愛いな。」
これ以上って何!?
保健体育で習って知識としては知っているものの、実践としては初めてだ。
かすかに震えた身体を、グイードが優しく包み込む。
「大丈夫。全て任せて」
「グイード様……」
大好きな人の名を呟く私。
彼が笑ってくれたから、もう怖くない。
目を閉じると、瞬く間に愛の奔流に呑み込まれていった。