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一番のヤンデレは……

「結局、外してくれなかった」


 ベッドの上に正座して、悶々(もんもん)と考える。

 続いて手首の革を噛みちぎろうとするけれど、結構分厚く無理だった。


「恋をしないと死んじゃうけれど、恋をしても危ないような……」

 

 愛の形はいろいろあれど、こんな愛など私は認めない。

 どうしてこんなことになったのか、もう一度整理してみよう!


 私はだいぶ前にコレットさんと交わした話を、必死に思い出そうとする。


『ちょっと待て。何だ? ヤンデレって』


『病んでデレること……何だそりゃ?』

  

 コレットさんによると、ヒロインのセリーナはヤンデレの誰かを選ばないと、死んでしまうらしい。


『選ぶって誰を? まさかそのイケメンヤンデレ軍団からチョイスするんじゃないでしょうね?』


『当然ですわ。そのためのお話ですもの!』


『なんだ、そりゃ? 殺されたくなけりゃあ一応恋愛しとけってこと?』


『ええ、まあ。大丈夫ですよ。皆さん魅力的な方ですし、ヤンデレって言ってもそこまでひどくは無かったですし……』


 嬉しそうに言われたが、そんなおかしなライトノベルのヒロインなんかゴメンだと、当時の私は考えた。


 その気持ちは今でも変わらないが、ただ一つ変わった点は……。


 ――それは私が、グイードに恋をしてしまったこと。


 大好きな人に嫌われたり傷つけられたりするのはつらい。優しかったはずなのに、一緒にいてがっかりされたり「ハズレ」と言われるのは、もうこりごり。

 そう思って本気の恋は避けていたはずなのに、気づけば彼の心を自分に向けたいと考えるようになっていた。


 顔を合わせればいつも褒め、会えて嬉しいと笑ってくれる彼。歯の浮くようなお世辞でも、彼の口から出ると嫌みにならない。さりげない気遣いや、大人の接し方。強く雄々しくたくましく、颯爽(さっそう)としたその姿。飛竜を操る様子もカッコよく、知れば知るほど好きになっていったのだ。


 そんなグイードは、私をエリカの丘に連れ出して、在りし日のお母様の様子を語ってくれた。強い彼の(もろ)い部分にキュンとした私は、ますます彼に惹かれていく。彼の恋に協力しようとしたのは、そのためだ。

 

「まさかその相手が私で、思いを告げた直後に閉じ込めようとするなんてね。はあ……」


 大きなため息をついて、がっくりうなだれる。


 私の好きな人は、かなり病んでいるみたい。

 もしかして、これがヤンデレ!?

 確かにコレットさんの言う通り、そこまでひどいことはされていない。

 でも――。


「好きを言い訳に、相手を拘束するのはおかしいと思う」


 そんな愛など要らないし、そんなものは愛とは呼べない。

 それなのに私はまだ、彼に想いを残してる?


「自分で自分がわからない。今はグイードのことより、ここから脱出する方法を考えるべきなのに」


 壁に穴を開けて、隣に抜ける……は、ダメか。

 石の壁に穴が開くとは思えない。

 バルコニーを伝って移動するのは? 

 シーツをちぎってロープにすれば、いけないこともない?


 再び鎖がじゃらりと鳴って、現実を思い知る。


「これがあるから、どれも無理か。せめて外してくれたなら――」


 ――あなたを許して受け入れるのに。


 ふと、()ぎった言葉にハッとする。


「こんな目に遭っているのに、それでも好きとかバカじゃない? 見た目通りの紳士じゃないって、思い知ったばかりでしょう?」


 頭では好きになってはいけないとわかっているが、心がそれを裏切るようだ。離れた方がいいのに、側にいて彼の力になりたいとも思う。


「こりゃ、重症だわ。もしかして、一番のヤンデレは……私!?」




 ぐだぐだ悩んでいたせいか、扉の開く音にも気づかなかったらしい。


「グイード様!」


「セリーナ、食事だ。シチューは好きかな?」


 グイードは、パンやシチューが載った銀色のお盆を手にしていた。

 がっちりした体躯(たいく)と艶のある黒髪、鼻筋の通った顔立ちに引き結ばれた形の良い唇、眉間(みけん)にはわずかに(しわ)が寄っている。


 ――眉間に指を差し入れて、伸ばしてあげたい。


「……って、違うからぁ~~!」

「違う? 何が違うんだ?」


 軽く首を傾げたグイードが、食事の載ったお盆をベッド脇のテーブルに置く。麦の香のパンとクリームシチューに、オレンジの入ったサラダまである。美味しそうだと感じた途端、お腹がぐうーっと鳴ってしまう。


「ハハハ、ちょうど良かった。手作りだが、口に合うかな?」

「手作り? これってまさか、グイード様が?」

「ああ」


 爽やかな笑みを浮かべたグイードに、ついうっかり聞いてしまった。その答えが予想外で、私は目を丸くする。


「グイード様って王族ですよね? それなのに、自らお料理を?」


 学んだ行儀作法によると、貴族は自分で料理をしない。ましてや彼は王族だ。しかし切られた野菜は均等で、盛り付けも上手い。


「王族である前に、私は飛竜騎士だ。遠征先では交代しながら、みなが料理を担当する」

「へええ~」


 ――グイード様も、苦労しているんだなぁ。


 私は感嘆し、シチューをスプーンですくう。

 一口食べると、コクのある牛乳とにんじんの香りが口いっぱいに広がった。


「うわー、何これ。すっごく美味しい!!」

「ありがとう。セリーナに褒められただけでも、騎士になった甲斐があるな。母もきっと……」


 ふいに口をつぐんだグイードの、陰る水色の瞳を見た瞬間、心は決まった。

 私はやっぱり彼が好き。

 寂しそうな目をした彼を、癒やしてあげられたなら。


「グイード様、お伝えしたいことがあります」


「急にどうした?」


 言うなりグイードが、顔を寄せてくる。


「えっ!?」


 どうしていきなりキスを?


「クリームが口の端に付いていた。……甘いな」


 なんとグイードは、私の口についたシチューを()めとってくれたらしい。舌なめずりする仕草も大人の色香たっぷりで、見ているだけで倒れそう。


「甘いのは、君の唇か。……セリーナ、顔を赤くしてどうした?」


 どうしたもこうしたも……。

 あなたの色気で、お腹いっぱいになりそうです。

 

書籍4巻の、ある場面と連動しています(*^-^*)

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