どうか……
「うう…………って、あれ?」
私はいつの間にか、眠っていたらしい。
寝返りを打てずに瞼を開くと、見慣れぬものが目に飛び込んだ。
次の瞬間、絶叫する。
「なんじゃ、こりゃああああああ!!!」
だって、右の手首に鎖の付いた黒い革が巻き付いて、その先がベッドの柱に繋がっているのだ。
「え? え? パクられた? いつどこで?」
頭の中は疑問符だらけで、背中に変な汗をかく。
「パクら――逮捕された覚えはないのに、どうしてこんなことに?」
落ち着いてよく考えよう。
前世の私は元ヤンだけど、今の私は伯爵令嬢セリーナだ。
ここは牢屋というより豪華な部屋で、ベッドもふかふか。けれど、さっきまで一緒にいたグイードの姿はどこにもなかった。
「今までの全部が夢? まさかの夢オチ?」
いいや、海の見えるこの部屋には覚えがあるし、もがいた拍子に乱れた髪は水色だ。手首は細く真っ白で、スタイルも抜群にいい。
それなら私は、やっぱりセリーナだ。
「この鎖、邪魔! 動けないんじゃあ、調べようがないでしょう?」
力を込めて手首の革を引きちぎろうとするけれど、頑丈なのでなかなか外れない。
「ぐぬぬ…………」
「ほう、ようやくお目覚めか」
「グイード様!」
ふと見れば、グイードが腕を組んで戸口に寄りかかっている。
ようやく助かるとホッとしたのもつかの間、私は全身の毛が逆立つような違和感を覚えた。
――拘束された私が、見えているはずだよね? なのにグイードが、眉一つ動かさないのはなぜ?
いつも通りの爽やかな笑顔が、かえって怖かった。ショックを受けつつも、私はどうにか口を開く。
「これって、まさかグイード様が……」
彼は応えず、肩をすくめた。
「セリーナが、ぐっすり眠れたようで良かったよ」
「良かった? こんな目に遭っているのに?」
わざとらしく鎖を鳴らすけど、グイードは目を細めるだけで、その場を動かない。私はムッとし、大声を出す。
「ちょっと! これってグイード様の仕業でしょ。さっさと外してよ!!」
「……嫌だ、と言ったら?」
「嫌? あのねえ、私の方がもっと嫌なんだけど」
グイードは、私の言葉を否定しなかった。
だったら鎖は、グイードのせいだ。
裏切られたという気持ちが強くて、思わず涙ぐむ。
グイードを睨みつけるものの、彼に動じた様子はなく、平然と近づいてくる。
「……な、何よ!」
「さすがはセリーナだ。そんな姿でも、誰よりも美しい」
「はあ? それで褒めているつもりなの? 全然嬉しくないし。だいたい、誰のせいでこうなったと……」
私はふいに口ごもる。
考えてみれば、頭のおかしいやつにおかしいと言っても意味がない。クスリで飛んでいる人に「やめろ」と説得しても、効果がないのと一緒だ。
グイードに気の触れた様子はないが、外面だけではわからない。
それなら作戦変更!
怒鳴らずにじわじわと情に訴えかけて、鎖を外してもらおう。
「ひどいですわ。グイード様が、女性をこんなふうに扱う方だったなんて……」
「女性? いいや、君だけだ」
私だけだと言われても、この場合まったく嬉しくない。というより、はっきり言って迷惑だ。
「グイード様、お願いです。拘束を解いてください」
「どうして?」
「どうしてって、あのね! ……いや、ええっと、私の方こそ伺いたいです。どうして、こんなことをなさるのですか?」
危ない、危ない。こんな時こそ冷静に。
か弱く振る舞った方が、言うことを聞いてくれるかもしれない。
「……そうだな。誰にも渡したくないから、というのが一番の理由だ。私を好きになるまで、大事な君をここに閉じ込めておきたい」
「そんなのもう……」
とっくに! と言いかけて、私は急ぎ口を閉じた。
普段の彼ならいざ知らず、身勝手なこのグイードは好きになれない。だいたい今の答えだって、答えになっていないような。
好きと言いつつ相手の自由を奪うのって、本当の好きとは言えない。好きな気持ちがあるのなら、まずは相手のことを考えるべきだ。
こんなふうに鎖に繋いだら、好かれるどころか嫌われるだけなのに。
グイードはどうして、こんな真似を?
「『そんなのもう遅い』と言われても、諦めるつもりはない」
グイードは低い声でそう告げると、ベッドの端に腰を下ろした。私は伸ばされた彼の手を避けるため、身をよじらせる。
彼の表情が悲しそうに曇った気がしたが、同情などしようものなら、調子に乗ってしまうだろう。
「閉じ込めておきたい」と宣言する変態さんを、好きになった覚えはない。私が好きになったのは、優しく気遣いのできる大人のグイードだ。恋心を返してほしい。
とにかく、身の危険を回避するための良い方法は……そうか!
「諦めるつもりはないとおっしゃられても、私が帰らないと家族が心配するはずです。すぐに捜索させるでしょう」
母は、私がグイードと出かけたことを知っている。夜になっても帰らなければ、安否を確かめようとするはずだ。
――グイードの策略、破れたり!
にやりと笑い、早く外してとばかりに手首を突き出す。そんな私の目の前で、グイードが首を横に振る。
「自信たっぷりなところ悪いが、お母上には許可を得ている。『婚約前に親睦を深めたいから、君を預からせてほしい』、とね」
「なんと!」
婚約なんて初耳だ。
グイードったらいつの間に?
本人の私より先に、親に願い出るなんて……。
「そっか。こっちの世界では、当たり前のことだった」
ここと元の世界とでは、常識が違う。
貴族や王族の結婚は、本人よりもまず親の承諾がいる。
グイードに協力していると思っていた私は、彼が訪問した時の言葉の意味を深く考えていなかった。家族、挨拶、娘を頼みますなど、ヒントはたくさんあったのに……。
頭を抱えた拍子に、手首の鎖がじゃらりと鳴る。
好きだと言われてキスをして幸せの絶頂にいたはずが、目覚めると拘束されてどん底まで突き落とされた。そのせいか、『婚約』という単語も白々しく聞こえる。
「あ~~あ」
「セリーナ、どうか私を好きになって」
かすれたグイードのセリフも、心に全く響かない。
もしも自由を奪われる前に、聞いていたなら……って、過ぎたことを今さら悔やんでも仕方がないか。
「グイード様、どうか鎖を外して」
ダメ元でもう一度口にして、祈るような気持ちでギュッと目を閉じた。
しばらく経って目を開くと――。
グイードの姿は消えていた。
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