表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
162/177

どうか……

「うう…………って、あれ?」


 私はいつの間にか、眠っていたらしい。

 寝返りを打てずに(まぶた)を開くと、見慣れぬものが目に飛び込んだ。

 次の瞬間、絶叫する。


「なんじゃ、こりゃああああああ!!!」


 だって、右の手首に(くさり)の付いた黒い革が巻き付いて、その先がベッドの柱に(つな)がっているのだ。


「え? え? パクられた? いつどこで?」


 頭の中は疑問符だらけで、背中に変な汗をかく。


「パクら――逮捕された覚えはないのに、どうしてこんなことに?」


 落ち着いてよく考えよう。

 前世の私は元ヤンだけど、今の私は伯爵令嬢セリーナだ。

 ここは牢屋というより豪華な部屋で、ベッドもふかふか。けれど、さっきまで一緒にいたグイードの姿はどこにもなかった。


「今までの全部が夢? まさかの夢オチ?」


 いいや、海の見えるこの部屋には覚えがあるし、もがいた拍子に乱れた髪は水色だ。手首は細く真っ白で、スタイルも抜群にいい。

 それなら私は、やっぱりセリーナだ。


「この鎖、邪魔! 動けないんじゃあ、調べようがないでしょう?」


 力を込めて手首の革を引きちぎろうとするけれど、頑丈なのでなかなか外れない。


「ぐぬぬ…………」


「ほう、ようやくお目覚めか」


「グイード様!」

 

 ふと見れば、グイードが腕を組んで戸口に寄りかかっている。

 ようやく助かるとホッとしたのもつかの間、私は全身の毛が逆立つような違和感を覚えた。


 ――拘束された私が、見えているはずだよね? なのにグイードが、眉一つ動かさないのはなぜ?


 いつも通りの爽やかな笑顔が、かえって怖かった。ショックを受けつつも、私はどうにか口を開く。


「これって、まさかグイード様が……」


 彼は応えず、肩をすくめた。


「セリーナが、ぐっすり眠れたようで良かったよ」


「良かった? こんな目に遭っているのに?」


 わざとらしく鎖を鳴らすけど、グイードは目を細めるだけで、その場を動かない。私はムッとし、大声を出す。


「ちょっと! これってグイード様の仕業でしょ。さっさと外してよ!!」


「……嫌だ、と言ったら?」


「嫌? あのねえ、私の方がもっと嫌なんだけど」


 グイードは、私の言葉を否定しなかった。

 だったら鎖は、グイードのせいだ。


 裏切られたという気持ちが強くて、思わず涙ぐむ。

 グイードを(にら)みつけるものの、彼に動じた様子はなく、平然と近づいてくる。


「……な、何よ!」


「さすがはセリーナだ。そんな姿でも、誰よりも美しい」


「はあ? それで褒めているつもりなの? 全然嬉しくないし。だいたい、誰のせいでこうなったと……」


 私はふいに口ごもる。

 考えてみれば、頭のおかしいやつにおかしいと言っても意味がない。クスリで飛んでいる人に「やめろ」と説得しても、効果がないのと一緒だ。


 グイードに気の触れた様子はないが、外面だけではわからない。


 それなら作戦変更! 

 怒鳴らずにじわじわと情に訴えかけて、鎖を外してもらおう。


「ひどいですわ。グイード様が、女性をこんなふうに扱う方だったなんて……」


「女性? いいや、君だけだ」


 私だけだと言われても、この場合まったく嬉しくない。というより、はっきり言って迷惑だ。


「グイード様、お願いです。拘束を解いてください」


「どうして?」


「どうしてって、あのね! ……いや、ええっと、私の方こそ伺いたいです。どうして、こんなことをなさるのですか?」


 危ない、危ない。こんな時こそ冷静に。

 か弱く振る舞った方が、言うことを聞いてくれるかもしれない。


「……そうだな。誰にも渡したくないから、というのが一番の理由だ。私を好きになるまで、大事な君をここに閉じ込めておきたい」


「そんなのもう……」


 とっくに! と言いかけて、私は急ぎ口を閉じた。

 普段の彼ならいざ知らず、身勝手なこのグイードは好きになれない。だいたい今の答えだって、答えになっていないような。


 好きと言いつつ相手の自由を奪うのって、本当の好きとは言えない。好きな気持ちがあるのなら、まずは相手のことを考えるべきだ。

 こんなふうに鎖に繋いだら、好かれるどころか嫌われるだけなのに。

 グイードはどうして、こんな真似を?

 

「『そんなのもう遅い』と言われても、諦めるつもりはない」


 グイードは低い声でそう告げると、ベッドの端に腰を下ろした。私は伸ばされた彼の手を避けるため、身をよじらせる。

 彼の表情が悲しそうに曇った気がしたが、同情などしようものなら、調子に乗ってしまうだろう。


「閉じ込めておきたい」と宣言する変態さんを、好きになった覚えはない。私が好きになったのは、優しく気遣いのできる大人のグイードだ。恋心を返してほしい。


 とにかく、身の危険を回避するための良い方法は……そうか!


「諦めるつもりはないとおっしゃられても、私が帰らないと家族が心配するはずです。すぐに捜索させるでしょう」


 母は、私がグイードと出かけたことを知っている。夜になっても帰らなければ、安否を確かめようとするはずだ。

 

 ――グイードの策略、破れたり! 


 にやりと笑い、早く外してとばかりに手首を突き出す。そんな私の目の前で、グイードが首を横に振る。


「自信たっぷりなところ悪いが、お母上には許可を得ている。『婚約前に親睦を深めたいから、君を預からせてほしい』、とね」


「なんと!」


 婚約なんて初耳だ。

 グイードったらいつの間に? 

 本人の私より先に、親に願い出るなんて……。


「そっか。こっちの世界では、当たり前のことだった」


 ここと元の世界とでは、常識が違う。 

 貴族や王族の結婚は、本人よりもまず親の承諾がいる。

 グイードに協力していると思っていた私は、彼が訪問した時の言葉の意味を深く考えていなかった。家族、挨拶、娘を頼みますなど、ヒントはたくさんあったのに……。


 頭を抱えた拍子に、手首の鎖がじゃらりと鳴る。

 好きだと言われてキスをして幸せの絶頂にいたはずが、目覚めると拘束されてどん底まで突き落とされた。そのせいか、『婚約』という単語も白々しく聞こえる。


「あ~~あ」


「セリーナ、どうか私を好きになって」


 かすれたグイードのセリフも、心に全く響かない。

 もしも自由を奪われる前に、聞いていたなら……って、過ぎたことを今さら悔やんでも仕方がないか。


「グイード様、どうか鎖を外して」


 ダメ元でもう一度口にして、祈るような気持ちでギュッと目を閉じた。

 しばらく経って目を開くと――。


 グイードの姿は消えていた。


Deepな世界へようこそ?


『転生したら武闘派令嬢!?』1~4巻(完結)発売中です☆ 麗しい挿絵とヤンデレにご興味がある方は、ぜひ(^▽^)

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ