大事なものは……
グイード視点です(^^ゞ
数日前のこと。
セリーナが城を去った後、私――グイードは甥のヴァンフリードに呼び出された。
執務机に肘をつき顔をしかめている彼は、かつてないほど不機嫌な様子だ。
「それで? グイードはなぜ、セリーナに構うんだ?」
「なぜ、とは? 人を愛するのに理由が必要か?」
「愛? 恋多き男の口から、そんな単語が出るとは思わなかった」
「自分でも驚いている。よもやこの歳で真実の愛に気づくとは、な」
「真実の愛? 複数の女性と同時に付き合っているくせに、何を言う」
「今は一人だ。セリーナと出会って以降、彼女以外の女性には興味がなくなった」
「だから認めろとでも? ……まさか。たとえグイードと言えども、私のものに手を出すなら許さない」
ヴァンが顔を上げ、真剣な目でこちらを見つめた。しかし私も、ここで引くわけにはいかない。
「私のもの? セリーナは、誰のものでもないはずだ。お前の父や祖父と同じように、女性をもの扱いするのか?」
「なんのことだ?」
ヴァンが眉をひそめている。
ならば彼は、自分の父である国王や前王の祖父が、女性をもののように扱う事実を知らないということか。無言で肩をすくめる私に、彼はなおも言い募る。
「多くの女性と浮名を流したグイードに、とやかく言われる筋合いはない。ともかく私のセリーナを、渡すつもりはないから」
まっすぐな感情は好ましくもあるが、己にだって譲れないものはある。
「渡すも何も、選ぶのはセリーナ自身だろう?」
余裕の笑みを浮かべたものの、単なる虚勢だと自覚している。セリーナだけはこれまでの経験が通じず、いくら褒めても口説いても一向になびかなかい。
だからこそ、一計を案じたのだ。
協力してほしいというのは方便で、本当はセリーナこそが私の想う女性。だが彼女には、好きな相手がいるらしい。付き合ううちに相手の名前を聞き出して、そいつを遠ざけようと考えた。彼女を私に振り向かせるためなら、どんな苦労も厭わない。
セリーナに好意を寄せる者は多く、甥のヴァンもその一人だ。ならば――。
「ところでヴァン。話は変わるが、長期休暇の申請は受理してくれたのだな?」
「ああ。でも、飛竜騎士団長のグイードがまとまった休暇を取るなんて、初めてじゃないか?」
「そうだな。働き詰めだったから、たまにはいいだろう」
実際はセリーナのための休暇だが、ヴァンに明かすわけにはいかない。
書類にサインをする彼を見ながら、私は過去を顧みる。思えばこの甥、ヴァンフリードのせいで私の人生は大きく変わった。大切な人を失ったのは、彼の誕生がきっかけだ。
*****
「一生を添い遂げたいと思う女性が現れた場合、躊躇ったりしてはダメよ」
それが、線が細く美しかった私の母の遺言だ。
当時七歳の私は、病の床につく透き通るような白さの母の言葉を崇めるように聞いていた。私の母は側室で、正妃に遠慮をする日陰の身。控えめな母は病気のせいで、海辺の崖の上に建つ、かび臭い古城に追いやられていた。
『グイード、私にはあなたがいれば十分よ』
母は何度もそう言った。だけど、幼い私はその言葉が真実ではないと知っていた。海の見える部屋で窓の外を見ながら、彼女はいつも遠くを見ていたから。
『エリカの咲く丘に帰りたい……』
ある日ぽつりと漏らした母の言葉を、私は聞き逃さなかった。母は王都よりずっと西の出身で、そこには高い山が多い。エリカの丘で幼なじみと将来を誓い合ったと、恥ずかしそうに語ってくれたこともある。
『じゃあ父上は? 父上とはどこで知り合ったの?』
無邪気な私は何も考えず、残酷な質問をぶつけてしまった。
母は悲しそうに笑うばかりで、何も答えない。
それもそのはず。先の王であった父は、今の国王と同じく女好き。気に入った令嬢を側室として、無理矢理召し抱えたのだという。私がそれを知ったのは、母が亡くなってずいぶん経った後のことだ。
そうまでして手に入れた母を、国王であった父は病気を理由にあっさり捨てた。これには異母兄も絡んでいたため、私の恨みは増していく。
『グイード、憎しみからは何も生まれないわ。今後あなたは誰に聞かれても、王位ではなく騎士を目指していると答えなさい。その方が、長生きできるの』
私の将来を示唆してくれたのも、母だった。
母は賢く、線は細いが芯は強い。慈しみ庇護すべき対象の美しい母を、父や兄はどうして排除できたのか? 城から追い出すくらいなら、故郷に帰してあげれば良かったものを……。
母に笑ってほしくて、幼い私は暇さえあれば付き添った。けれど彼女は日に日にやつれ、口数が少なくなっていく。せめて慰めになればとエリカの花を取り寄せたが、余計に悲しい目をさせた。
私は不甲斐ない自分を呪い、力がほしいと強く願う。けれど願いは虚しく、母は間もなく危篤に陥った。最終的に母の命を奪ったのは、今の国王一家だ。
嵐の夜に、ヴァンフリードは生まれた。
相当な難産で、王太子妃は危うく命を落としかけたらしい。十三歳上の兄は当時まだ王太子で、夫婦仲は良好だった。
同日、私は王都から遠く離れた海辺の古城で喚いていた。
「どうして! あっちには大勢医師がいるのに、どうしてこっちには一人も来ないんだ!」
「グイード、もういいわ。元々治る病気ではないもの」
「でも! 母上を助けてくれと、何度も手紙を出したのに!」
「お妃様のご出産は大事だから、仕方がないわ。忘れられた側室は、所詮その程度の存在なのよ」
「そんなことはない! 母上は誰よりも賢くて、敬われるべきなのに……」
「ふふ、ありがとう。そう言ってくれるのは、あなたとあの人だけね」
母は微笑み、窓の外に目を向けた。
稲光がひどくて飛竜も飛べず、医師が来られるような天候ではない。にも拘わらず、誰かが現れ母の命を救ってくれるのではないかと、私は藁にもすがる思いでいた。
全てを諦めたように儚く笑う母。
最期が来たと悟ったのか、こう口にした。
「グイード、一生を添い遂げたいと思う女性が現れた場合、躊躇ったりしてはダメよ」
白く美しい母が、花のような微笑を浮かべた。
潤んだ瞳の奥にあるのは、結ばれることのなかった相手の残像かもしれない。儚く美しい母は私の理想。けれど母の心は、目の前にいる父によく似た私より、思い出の中の彼に向けられているようだ。
「母上、母上…………」
嵐の夜にヴァンは生まれ、そして私の母は亡くなった。
時期が外れてさえいれば、ここにも王家の医師が来たはずなのに……。
何もできなかった自分に絶望した私は、母の亡骸にすがりつき、声が枯れるまで泣き続けた。声を上げて泣いたのは、後にも先にもあの時だけだ。
母の言う通り、騎士を目指そう。
騎士は騎士でも飛竜騎士。
この国の高みに上り詰めるのだ。
だが、その後は――。
*****
書類を受け取り自室に戻った私は、彼女を想う。
セリーナは線は細いがたくましく、面影が母に似ている。
「失うことを恐れるなら、大事なものは誰も知らない場所に閉じ込めておけばいい。私のために笑い泣き、愛をさえずる彼女が見たい。身も心も溶けるほど、愛してあげよう」
母が亡くなったあの城で、愛する女性を手に入れる。
私の野望は、もうすぐだ。
どうなる? セリーナ(゜◇゜)