愛の無事着?
母はそんな私を見て笑い、訳知り顔で頷く。
「セリーナ、焦らなくてもグイード様は逃げないわ。……この子ったら、そんなに早く二人きりになりたいのね」
「違っ」
慌てて否定したものの、母は肩をすくめている。
「私にも覚えがあるわ。恋をすると、周りが見えなくなるのよね。王弟殿下――いえ、グイード様。娘を頼みます」
「わかりました。命に代えても」
グイードは大げさに応えると、私の横にかがみ込む。
「うっひゃあ」
変な声が出たのは、彼が私を横抱きにしたからだ。世間ではこれを、お姫様抱っこと言う。
「ど、どど、どーして……」
「どうしてって? この前、飛竜に乗せてあげると約束しただろう?」
「だからって、この体勢はない……。ええっと、重いし下ろしてください」
「大丈夫、君は羽のように軽いよ。さて、お母上の了承もいただけたことだし、すぐに出発しよう」
「今から!?」
「セリーナ、楽しんできてね」
グイードに抱えられた私を見ても、母はクスクス笑うだけ。
結局そのまま運ばれて、飛竜の背中に乗せられた。
人一人抱えて歩いておきながら、全く息が上がらないグイードはさすがだ。
……じゃなくて。
「グイード様、ところでさっきの家族って……」
「無事に到着したら、教えてあげよう」
「到着? 目的地はどこですか?」
「行けばわかるよ」
ダメだ。これって答える気はないってことだよね?
諦めてため息をつく私を見て、グイードが微笑んだ。そんな何気ない表情にも胸がときめいてしまうあたり、私は彼にだいぶ参っているらしい。
グイードの合図で、飛竜が空へと舞い上がる。
安定した乗り心地と、風を切る爽快感。青い空を縦横無尽に駆ける飛竜はバイクを飛ばすより速く、眼下の景色がおもちゃのようだ。
このまま彼と二人で、どこか遠くへ行けたなら――。
森を越えた飛竜は今、海の上を飛んでいる。
白浜に打ち寄せる波は、グイードの瞳の色にも似ているからワクワクしてしまう。彼は私を、海に連れてきたかったのだろうか?
だけど飛竜は浜辺を通過し、一直線に崖へと向かう。
海に面した切り立つ崖の上には石造りの建物があり、近づくにつれて外観がはっきりする。
「あれってお城? 前にも見た気が……」
「セリーナ、どうした?」
「いえ、なんでもありません」
上手く説明できないが、古いその城に見覚えがあるような気がしたのだ。
「初めて来た場所なのに、なんでだろ?」
しかも覚えているのは城の一部ではなく、上空からの景色と城の全景だった。飛竜に乗りでもしない限り、全景を捉えるのは無理なのに。ちなみに先日の飛行で、海の近くは通らなかったと思う。
――気のせいかな? 印象的な建物だから、一度見たら忘れないはずだけど……。
考え込んでいるうちに、飛竜は古城の広い庭に降り立った。
ひらりと飛び降りたグイードが、私に向かって手を伸ばす。
「セリーナ、我が家へようこそ」
「我が家? それならここって、グイード様が所有されているお城ですか?」
彼に飛びつくように降りた私は、いきなり聞いてみた。
「ああ。むさ苦しいところですまないが、君を招待したかったんだ」
「ありがとうございます。……ええっと、歴史があって立派ですね」
どっしりした構えの石造りの城は、体格の良いグイードによく似合う。古いと言わずに歴史あると言い換えたところ、グイードが嬉しそうに微笑んだ。
そんな彼の笑顔を見ると、私まで嬉しくなってしまう。
「以前病気の母のために、兄の妃が海の見える王家の別荘を用立ててくれた、と話したことがあっただろう?」
「ええ。エリカの咲く丘に連れて行ってくださった日のことですよね? もちろん覚えております」
「ここがその城だ。私が買い取り改装させた」
「へええ~」
感心しつつも理由がわかってホッとする。
どうやら聞いたことがあるだけなのを、私の脳が勝手に見たことがあると変換したらしい。
「お招きいただき、ありがとうございます」
「どういたしまして。さあ、中を案内しよう」
グイードはそう言うと、またもや私を横抱きにした。
お姫様抱っこで玄関扉をくぐるから、気分はまるで新婚さん。
――いや、ちょこっと想像してみただけ。
彼の想い人であるエレノアには、到底敵わないと知っている。
「ええっと、グイード様。そろそろ下ろしていただいた方が……」
「まだだ。君に見せたい場所がある」
グイードは私を抱えたまま、汗一つかかずに階段を上っていく。
二階の両開きの扉を開けると、そこは広い寝室だった。奥に大きな窓があり、近くにベッドがでんと置いてある。窓の外は白いてすりのバルコニーで、その向こうには青い海が広がっていた。
グイードが部屋の奥に進んだ瞬間、私は大きく息を呑む。
「ここは…………」
初めて来た場所なのに、見覚えがあると感じた。
地上から見た城ではなく、城の全景を知っていた理由。
この部屋を見るなり、ただの覚えが確信に変わった。
だって私は本当に、この城をよく知っていたのだ。
遠い記憶の彼方から、ゲーム好きの妹――紫が私を呼んでいる。
『お姉、見てこれ。ま~たバッドエンドだよ。海辺の古城が出ると、アウトなんだよね』
続いて耳に響くのは、過去に聞いたコレットの声。
『私はそっとベッドを抜け出し、バルコニーに出てみる。
朝の光が眩しい。
新鮮な空気はいつだって清らか。
けれど……。
私に自由は無い。
私はここから、出る事さえ許されていない。
白い手すりを背に、絶望に駆られて空を振り仰ぐ――』
「あれは確か、コレットが読んでたラノベの序章。ゲーム版ではバッドエンド目前だって、妹が言っていた。海辺に建つ古城の部屋で、白いてすりのバルコニー。だったらここって……」
私は信じられない思いで、グイードを凝視した。
彼は彫りの深い顔に、酷薄な笑みを浮かべている。
「セリーナ、ようこそ。君はもう、逃げられない」
グイードは私をベッドに放り投げると、そのまま覆い被さった。