ハロウィンなんて大嫌い?
ハロウィン特別編。
セリーナに転生する前のお話です(^O^)
「姉御~。明日の集会中止って、本当ですか?」
「そりゃそうだろ。いくら姫夜叉でも、人が多いところで釘バットを振り回したら、無関係なやつまで巻き込んじまうよなあ」
「撲殺女王なのに?」
仲間が好き勝手に話している。ひどいあだ名と言われようだが、面倒なのでただ頷く。
あたしは結構大きなレディースのナンバー2で、いわゆる特攻隊長だ。ケンカや後輩の指導だけでなく、意見を言えば通ったりもする。
「ま、いっか。明日はハロウィンだし」
「なるほど、それでか。確かに人通りが増えるもんな。まさか姉御もコスプレを?」
「ちげーよ」
我慢できずに言い返す。
変な恰好をする連中と一緒にしてもらっちゃあ困る。ちょうど居酒屋でのバイトが入ったし、終わった後はあることをすると決めているのだ。
不思議そうな仲間をよそに、片手を上げてバイクに跨がる。テレビに映るあの町ほどではないにしろ、明日はこの辺も混むだろう。早寝して、体力を温存しといた方が良さそうだ。
翌日の昼過ぎ――。
黄色いカボチャや黒いコウモリが飾られた商店街は、いつもより活気がある。お姫様や王子様のような恰好をして、写真を撮る子供達。お揃いの衣装で鬼の角を付けた二人組は、カップルだろうか? 今日なら同じ服を着ても、あまり目立たない。
幸せそうな人々を見て、苦いものがこみ上げる。あたしは今まで、ハロウィンに参加したことがない。特別な衣装を着たこともなければ、なんか英語らしきものをしゃべって飴をもらったこともなかった。妹はあたしと違って、友達と楽しむそうだ。
「今のところ迷惑をかけているやつはいない、か。見回りついでに早めに出たけど、この調子なら大丈夫だな」
バイト先の居酒屋も、今夜はカボチャのメニューが多い。パンプキンコロッケにカボチャのサラダ、ようやく覚えたアヒルっぽい名前――アヒージョ? とかに、カボチャが加わるそうだ。どうでもいいけど、パンプキンってスナフ○ンと関係があるのか?
ややこしいカタカナは苦手だが、それでもどうにか注文を取り終える。ビールのジョッキを片手に3つずつは当たり前で、生ビールのタンクを転がすのだってお手のもの。
今日は常連に加え、初めての連中もやってくる。彼らをさりげなく見張りつつ、なんの恰好か当てて楽しむ。
「最近はアニメのキャラが増えたな。しかも本物そっくりだ」
「5番テーブルがお呼び~」
「喜んで~!」
マナーの良い客が多いため、今日も楽勝……と思っていたら、あっちから怒鳴り声が聞こえた。
「はあ? 酒を瓶ごと飲むくらいなんだよ。普通だろ」
「いえ、瓶を持ったまま歩き回られると、他のお客様のご迷惑になるので……」
「なんだと? こっちも客だぞ。地味なくせに偉そうだな」
「お姉さんも一緒に飲む? もちろんそっちの奢りでね」
おとなしそうな店員が、魔王と筋肉マッチョ(のコスプレ)にからまれている。
やれやれ。やっぱりあたしの出番らしい。
「お客様、静かに願います」
「はあ? お前、なんだよ」
「俺らの仲間になりたいんじゃね?」
指をポキポキ鳴らすけど、彼らは相当酔っているのか、それくらいじゃ怯まない。あげくの果てには私の手首を掴んで、座敷に引き込もうとする。
「しょうがねえから、お前で我慢してやるよ」
「嫌だね」
「ああ!?」
「お前らの相手なんざ、お断りだよ」
他の客の邪魔にならないように、低く呟き反対側に手首を捻る。
「痛て! いててててて……」
うん。まあ、そうなるだろうね。強そうな仮装ごときで、あたしに勝てるとでも?
「くっそ、放せよ」
「だよね~。話せばわかってくれると思ったんだ」
元気に言ってにっこり笑う。
バイクのローンが残っている今、バイトをクビになるわけにはいかない。これでも軽く済ませた方なので、感謝してほしい。迷惑行為をするやつは、あたしが許さないよ!
以降もちょっとした小競り合いはあったものの、話せば(?)わかってくれた。「楽しい気分に水を差すな」と言われたが、だったらマナーを守って楽しめばいい。
「ふう、ようやく終わった~」
バイト終わりに外に出て、大きく息を吐く。
近頃は秋が深まり、朝晩はめっきり寒くなった。
でも、今日はここからが本番だ。あたしはリュックに手を入れて、持って来たゴミ袋を取り出した。
入りきらない空き缶や、クレープの包み紙。小さな紙のカップは、アイスが入っていたのかな? コスプレ用のウィッグやリボン、段ボールの切れ端や包帯なんかも落ちている。楽しむのはいいけれど、ゴミは持ち帰るべきだ。
「さてと、どこから片付けますか?」
こんな時くらい人様の役に立とうと、去年テレビを見て決めた。ただ騒ぐだけの人がいる一方で、真面目に片付ける人の姿が印象に残ったから。
「学歴とか家柄とかはわかんねーけど、ああいうのが立派な人ってやつだな」
恥ずかしいので、仲間にはもちろん内緒だ。
素手で空き缶を拾っていると、「もう要らないから」と、誰かが手袋をくれた。いっぱいになったゴミ袋を置いといたら、見知らぬ人が脇に避けてくれる。ある子供は溢れたゴミ箱を見て、お菓子の包み紙をポケットにしまったようだ。意識の高い人は家で過ごしたり、はじめから自分用のゴミ袋を持っているみたい。
小さな善意でも、集まれば大きなものになるだろう。この町はまだ、捨てたもんじゃない。だって、あたしの他にも商店街を片付けている者が何人もいるのだ。
「へえ。最近はちゃんとしてるな……って、お前ら!?」
「姉御もやっぱり、ここにいたんすか」
「以前感動したって語ったのは、姫夜叉だろ。水くさいぞ」
結局、仲間と一緒に散らかったゴミを集めて回り、所定の位置に置く。
「片付けておけ」とでも言うように、目の前で紙袋を捨てられた時にはぶち切れそうになったけど、今日のあたしは見事に耐えた。意外に量が多くて、気づけば空が白んでいる。
昨夜の喧噪が嘘のように、鳥の声がはっきり聞こえ、なんだか清々しい気分だ。
「そういえば、まだ言ってなかったっすね。姉御、ハッピーハロウィン」
「ハッピー? 幸せって意味だっけ。まあ、幸せなのかな?」
「遠慮すんな。あたしらと一緒にいられて、ありがたいだろ?」
「……まあね」
相変わらず飴はもらえなかったけど、昨夜のまかないはカボチャ料理だった。十二時を回っていたけれど、気のいい仲間と過ごせた。考えてみれば、幸せなハロウィンだったのかもしれない。
その時ふと、お姫様の恰好をした子供の姿が頭に浮かぶ。
「なあ、ハロウィンがない国は、一生ドレスを着ないのかな」
「急になんだい? あんなピラピラした服が気になるのか?」
「いや、違うけど……」
「姉御、着たけりゃウェディングドレスがあるっすよ。着ない国は……バカなんでわかんないっす」
「あたしもわかんないや」
仲間と声を揃えて笑い、商店街を後にする。
転生後にずっとドレスを着ることになるなんて、この時のあたしは思ってもいなかった。
家族と仲間と、楽しいハロウィンをお過ごしくださいますように……。