君を護りたい
『転生したら武闘派令嬢!?』2巻発売記念(祈念?)として。
一冊丸ごと書き下ろしの、2巻の中盤以降に相当します。
グイード視点☆
俺――グイードは飛行訓練を終え、飛竜騎士の詰め所に戻った。すると留守番の青年が、俺を見るなりムッとする。
「グイード様、ようやくご帰還ですか。ご婦人方からの贈り物は、いつものように机の上。あとご不在中、女性が二人ほど訪ねていらっしゃいましたよ。扉の前で鉢合わせたため、自分こそがグイード様の恋人だ、とお二人とも主張なさって……。大声で張り合うわグイード様を出せと迫るわで、応対が大変でした」
机に目を向けたところ、リボンのかかった包みや花、カードなどが置いてある。その中には自己の存在を主張すべく香水をたっぷり振りかけた手紙もあり、甘ったるい香りにむせそうだ。
関係ない女性達に仕事を邪魔された上、仲裁に入ってイライラしたのだろう。青年の金色の髪には、かきむしった跡がある。
犠牲になった彼を思い、俺は頭を下げた。
「すまない」
青年はうんざりした様子で肩をすくめる。
「いつものことですから、諦めてますけどね。まあ半分は、モテない者のひがみです」
口を歪めた表情がおかしくて、苦笑してしまう。
俺は国王の弟で、飛竜騎士団の団長だ。しかし特別扱いなど望まないため、思うままを告げてくれた彼に感謝こそすれ、責める謂れはない。
ここにいる連中には、「肩書きなど気にせず気軽に接してほしい」と言ってある。なんでも話せる方が信頼関係を築けるし、いざという時に連携できると思う。堅苦しい序列に則った行動は、有事の際に発揮すればいい。俺にとって団員は大切な仲間であり、ともに空を駆ける同志だ。
「それと、訪ねてこられたご婦人方のお名前ですが……」
青年の声に意識を戻す。
彼女達にわざわざ名を聞いたのか、報告しようとしているらしい。
「必要ない。たいした用事もないのに詰め所の前で騒ぐなど、論外だ」
来る者は拒まず去る者は追わず。さりとて強引に押しかけてくる者は、拒むと決めている。
女性は庇護の対象で愛すべき存在だから、日頃から優しく扱おうと心がけていた。多忙で時間が取れない分、贈り物や伝言があれば受け取っておいてほしいと、留守を預かる者に頼んでいたのだ。今回はそれが裏目に出たらしい。
ただでさえ、日に日に増える品物やカードのせいで、執務机が手狭になっている。他者の職務にも影響をきたすとあれば、訪問する女性に対して良い顔をしてばかりもいられない。
「今まですまなかった。今後は贈り物の受け取りを拒否してくれ」
「拒否……。グイード様、よろしいのですか?」
「ああ」
「では、ご婦人が直接乗り込んでいらした場合は?」
「その場合もお帰りいただくように。ここは元々、飛竜騎士以外の者は立ち入れないはずだ。迷惑だ、とはっきり言ってやれ」
「身分の高いご令嬢方に、僕の口からはとても……」
「自分勝手に振る舞う女性は、身分というより気位が高い。ラズオル最高峰の飛竜騎士が親身に話を聞いてやれば、満足して帰っていくだろう」
「いや、だからそれが難しいんですってば」
眉尻を下げて困る彼の表情がおかしくて、俺は危うく噴き出しそうになる。
「どうせ訪ねて来られても、相手にするつもりはない。他の女性には興味がなくなった」
「……えっ!?」
俺はいったん言葉を切った。
彼女のことは、どう告げればいいか?
何人もの女性を相手にしてきた俺だが、セリーナのことになると、これまでとは勝手が違う。普段親しくしている彼にさえ、彼女の名を教えるのはもったいない、と感じてしまうのだ。
「一人に決めた。俺は彼女以外、欲しいとは思わない」
言葉を失い目を丸くした青年は、口をポカンと開けたまま。閉じるのを忘れている。
――特別な相手を作らなかった俺だが、そこまで驚くほどのことか?
「すみません。聞き間違えたようなので、もう一度お願いします。独身主義のグイード様が、身を固めたがっているように聞こえてしまって……」
「身を固める、か。それで合っている。だが、独身主義とはなんだ? たまたま縁がなかっただけで、独り身を貫くと決めた覚えはないぞ」
「はあ」
「彼女とともに過ごせるなら、全てを捨てても構わない」
「そうですか。……って、はああ!?」
青年が大声を出したため、騎士が一斉に俺達に注目する。彼らは呼んでもいないのに、続々と集まってきた。以降は案の定、質問攻めに遭う。
「なんだ、なんの話だ?」
「グイード様の好きな人? グイード様を、の間違いだろう?」
「その幸運な女性は誰だ?」
青年に口止めするのを忘れていた。後悔してももう遅く、彼は尋ねられるまま素直に応えている。
「いえ、僕も今聞いたばかりで……」
質問を終えた連中が、興味津々といった視線をこちらに向ける。
俺は降参だと両手を上げ、ため息をつく。
「わかった、わかった。別に隠すことでもないからな。彼女は名をセリーナと言い、水色の髪に緑の瞳の儚げな美女だ」
外見はおとなしいが口調は激しい、とは言わないでおこう。彼女の良さは、俺だけがわかっていればいい。
「今後は彼女が来た時にだけ、教えてくれないか?」
伝えた途端、歓声が上がる。
「グイード様、おめでとうございます。それで、ご婚約はいつ?」
「王家の挙式なら、準備が大変そうですね」
「水くさいなあ。付き合っていたなら教えてくださいよ」
俺は首を横に振る。
「いや、まだだ。そもそも付き合っていないし、好きだと伝えてさえいない」
答えた瞬間、彼らが全員凍りつく。
「どういうこと、ですか?」
「グイード様が、女性を口説かない!?」
「まさか、その女性に弱みを握られているのでは……」
ずいぶんな言われようだが、全部違う。
俺はセリーナを口説かないわけではなく、彼女にはなぜか一切通じないのだ。いくら口説いても本気にとられず、褒め言葉もすげなく躱される。
「彼女には弱みではなく、心を掴まれている。といっても今のところ、俺の一方的な思いだが……」
「グイード様が片思い?」
「に、似合わない」
つね日頃、気安く接してくれる彼らに満足していた俺だが、この時ばかりは恨めしく感じてしまった。
*****
だからこそ、「何でも言うことを聞くから」というセリーナの言葉に、身体の底から熱い感情がこみ上げたのだ。腕の中に閉じ込めて、この場で彼女に俺を刻みつけたい、とさえ思う。
セリーナの真意を探るべく、緑の瞳を捉えた。普段付き合う女性なら、赤くなるかうつむくか。
けれど彼女は視線を逸らさず、俺に挑戦的な目を向けた。
「お願いします」
揺るがない口調と真剣な表情は感嘆に値する。純粋に他者を案じるまっすぐな心が、俺の目には眩しく映った。しかし君を、危険に近づけるわけにはいかない。
「魅力的な誘いだが……」
軽口でごまかそうとするものの、セリーナは一歩も引かない。そのため俺も少しだけ、本心を告げた。結局は、彼女に屈する形となったが。
そう遠くない日に――。
この件が片付いたら、君に好意を伝えよう。
君なら、俺の孤独や弱さを理解してくれそうな気がする。もしくは「たいしたことではない」と、鈴を振るような声で笑い飛ばしてくれるのか。
そして俺も――。
君の強さや弱さ、人を思いやる優しさを大事にしたい。
純粋な心を痛めぬように、緑の瞳が陰らぬように、
他の誰かではなくこの俺が―――
生涯君を護りたい。
大変な状況の中、いつも読んで応援してくださってありがとうございます<(_ _)>
2020.5.5に、2巻の紙や電子書籍が発売されました。
優しい方々に、ご満足いただけますように。