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私の青い薔薇

ヴァンフリード視点。

書籍版に合わせています(^_-)

多くの方の目に、とまりますように。

「違うな。彼女に合うのは青……こっちだ」


 私――ヴァンフリードは見せられた黄色を否定し、(なめ)らかな濃い青の生地を手に取った。

 クリステル伯爵家が懇意にしているという仕立屋を城に呼び寄せたのは、セリーナのドレスを作らせるためだ。彼女には、青がよく似合う。


「さすがは殿下、お目が高うございますな。そちらは上質な絹で、かなりの金額になるかと……」

「構わない。レースもあるといいな」


 一国の王太子である私が、愛する女性への贈り物に費用を出し渋るはずがない。デザインに口を挟むつもりはなくとも、色にはこだわった。私の瞳と同じ青――好きな女性が自分の色を身につけるというだけで、満足感がこみ上げる。


 ――セリーナは、喜んでくれるだろうか?


 二ヶ月後。

 私は執務の合間に、青を基調に白のフリルとレースが入ったドレスの箱をオーロフに示した。有能な彼は私の筆頭秘書官で、セリーナの義理の兄だ。


「これを着て舞踏会に出席してほしい。そう、セリーナに伝えてくれ」


 オーロフは(けわ)しい表情で、大きな箱に目を向けた。城内でも一目置かれている彼だが、自分の義妹(いもうと)には甘く、他の男を寄せ付けない。案の定、拒絶の言葉を口にする。


「持っているドレスで十分です。殿下にいただく理由がわかりません」

「彼女が私の相手だと、周りに印象づけたい。重要な任務のためだから、気に入らなければ後で処分すればいい。よろしく頼む」


 さりげなさを装って、私は箱を押しつけた。

 囮としての役目のためで、個人的な贈りものではない――そんな大義名分があるなら、たとえ事実は異なっても受け取らざるを得ないだろう。


 オーロフは複雑な表情で、箱を抱えた。


 過保護な義兄が目を光らせてくれるおかげで、セリーナに変な虫がつく心配はない。私にとっては喜ばしいが、疑問は残る。

 一般的な兄とは、これほどまでに妹を溺愛するものなのか?


 舞踏会当日。

 私の贈ったドレスを(まと)うセリーナは、輝くばかりに美しい。


薔薇(ばら)のように可憐(かれん)な君に会えなくて寂しかった。……ドレスがよく似合うね」


 本心からそう告げる。

 私の見立てた通り、青いドレスに彼女の淡い髪が映え、凜と咲く薔薇を彷彿(ほうふつ)とさせた。用意した覚えのないストールが巻かれているのは、(えり)ぐりが大胆に開いているためだろう。セリーナはスタイルが良く、細い手足と腰の割に、胸は大きい。ストールで隠していなければ、確かに多くの男の目を惹きつけてしまう。


 ――セリーナの瞳に映るのは、私だけでいい。


 本音を隠して笑いかけると、セリーナが驚いたようにポカンと口を開ける。その表情も愛らしく、私は彼女の手を握り、指を(から)めた。


 ――誰にも執着しないと思っていた自分が、こんなにも一人の女性を想うとはね?


 偶然の出会いが、私を変えた。

 青い髪に澄んだ緑の瞳、薄紅色の唇をした私の青い薔薇。(つくろ)わない表情と素直な態度は心地よく、もっと見ていたい。




 誘拐事件からしばらく経ったある日のこと。セリーナが来ていると妹に教えられた私は、お茶の席に顔を出す。

 

 セリーナのいるクリステル伯爵家は、事件以降、見舞金代わりの謝礼も特別な手当も受け取らなかった。私はまだ、彼女の功に(むく)いていない。だからお茶を楽しみつつ、それとなく話を向ける。


「あの時は怖い思いをしながら、よく耐えてくれたね。セリーナ、欲しいものはない? せっかくだから、何か贈らせてくれ」

()らね。いや、えっと……」

「まあ、お兄様。素晴らしい考えですわ!」


 乱暴な口調を恥じたのか、セリーナが慌てて口を閉じる。妹のルチアは気にしないどころか、瞳が期待に輝いていた。


「宝石でも衣装でも、なんでもいいよ。残念ながら、宝物庫のカギは渡せないけどね」

「まさか!」


 セリーナは、びっくりした顔も可愛らしい。他の女性にドレスや装飾品をねだられるといらつくだけだが、彼女であれば構わない。むしろ喜ぶ顔が見られるなら、進んで差し出そう。

 私自身を欲しがってくれたら、なお良いが――


 けれどセリーナの答えは、あっさりしていた。


「じゃあ、お言葉に甘えて。せっかくなので、余ったお菓子を持ち帰りたいです」

「……は?」

「ええっ」


 私とルチアは驚くが、セリーナは満面の笑みを(たた)えている。


「いやあ、この前うちの料理人に『こんな感じの作って』って頼んだんだけど、りんごのタルトのサックサクが説明できなくて。現物を持ち帰った方が話は早いでしょう? あと、侍女のコレットも喜ぶと思う――います」


 言い直す彼女に苦笑する。セリーナの言葉遣いには、私も慣れた。

 ただ、余った菓子では謝礼にならない。


「もちろん全て持ち帰って構わないよ。なんなら菓子職人を派遣しようか? そうでなく、手に入れたいと思ったものや、願いごとはない? 私なら君の望みを叶えてあげられる」


 セリーナは眉根(まゆね)を寄せ、ほんの一瞬、考えるそぶりを見せた。

 直後、肩をすくめて首を左右に振る。


「やっぱりないかな。手に入れたければ、頑張って働く。他人からもらったら、ありがたみがなくなる気がするし。願いを叶えたいなら、自分で努力すればいいでしょう?」


 セリーナは一気に言い切ると、得意げな表情を見せた。


 伯爵家の令嬢が働く、とは?

 あり得ないことだが、その考えは面白い。君はどうしてこれほどまでに、私の心を掴むのか。


 王家に生まれた者はまず、地位や財産目当てに近づく者を見極める目を養う。母が亡くなる以前の父も、甘言(かんげん)佞言(ねいげん)など相手にしなかった。しかし常に気を張る必要があり、気づかぬうちに疲弊(ひへい)する。


 その点、素直なセリーナは腹の底を探る必要がなく、側にいて安らげる存在だ。だからこそ、妹のルチアも『お姉様』と呼び、(した)っているのだろう。


 私は両手を上げて、口にする。


「降参だ。君には(かな)わない」

「あれ? 今ってなんか、勝負してたっけ?」


 首をかしげて本気で悩む彼女の隣で、たまらずルチアが噴き出した。楽しげな妹の様子に、私も思わず口の端を上げる。


 ねえセリーナ、君はすごい人だ。

 私の欠けた心を埋め、新しい世界を見せてくれた。妹のルチアを可愛いとは思えない――そう感じていた自分が、日に日に妹との距離を(ちぢ)められているのも、君のおかげ。君がいないと、私の世界は色を失う。


 セリーナ、私の愛しい青い薔薇。

 奇跡(きせき)の薔薇を、私は誰にも渡さない――

※青い薔薇の花言葉……奇跡


「しまった! 私と恋してって頼めば良かった」Σ(゜д゜lll)


あとから気づく、うっかりセリーナ。

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