領主夫人の大事なお仕事2
「……で、どうするの? もう音を上げる?」
「まだまだ」
「やめない。強くなったら、絶対泣かせてやるからな」
「望むところよ!」
子供相手に熱くなり、大人げないとは思う。けれど不便な今の世は、優しさだけでは生きていけない。自分の身と同時に大切な人を守ること。その意味を、子供達にも真剣に考えてもらいたい。
このままいけば、この中の何人かは本気で騎士を狙えるだろう。あとの者は、うちの護衛か鉱山の警備かな? 修行の旅に出るなら、果たし状……じゃなかった、紹介状を持たせてもいい。
へたり込む子と素振りを続ける子。
年齢や素養の違いはあるものの、この差は後から出てくるはずだ。もちろん武を活かした職には就かず、村で慎ましく暮らすという手もある。
けれど、熱が入った私はかつての自分を思い出し、つい木剣を振り上げる。
「ほらそこ! 打ち込む時は、こ……」
「セリーナ、ダメだと言ったでしょう?」
ふいに影が差し、持ち上げた手を誰かに握られた。
恐る恐る首を後ろに回すと、ジュールが立っている。一見笑顔のようだけど、いかん、目が笑っていない。
「ジュール……」
「「ご領主様!」」
「用事で出かけていたら、セリーナはすぐこれだ。指導するだけなら、と許可したはずだよ? こんな調子だと、君を外さなくてはね」
「待って、ジュール。それだけはやめて」
素早く木剣を下ろし、慌てて頼み込む。
そんな私の目の前で、子供達が口々に好きなことをしゃべる。
「バカ強い奥方様でも、旦那様には敵わないんだな」
「こら、セリーナ様をそんなふうに言ったらダメでしょ」
「そうだぞ。ご領主様の方が、奥方様にメロメロだって噂だ」
「二人とも強いから、夫婦ゲンカも命がけかな?」
どうでもいいけど、それ、全部聞こえているよ。
ちなみに結婚して一年ほど経つ今も、ケンカらしいケンカはしていない。ジュールはいつも、私をたっぷり甘やかすのだ。
「ごめんね、君達。今日はここまでにしよう。うちに寄ってお菓子を持って帰るといい」
「やった、ご領主様さすが!」
「うわーい」
歓声を上げる子供達を見ながら、私は彼に問う。
「ジュール、それって料理長と私が昨日用意した焼き菓子でしょう?」
「ああ。きっと喜ばれるね」
今日の稽古終わりに渡そうと考えていた、フルーツ入りのパウンドケーキ。日頃頑張っている子供達にご褒美をあげようと、張り切って作ったのだ。気分が悪くなっても我慢して、なんとか焼き上げた。大人が愛情を示してこそ、子供はのびのび育つと思う。
「ジュールは見ていただけよね?」
「味見をしたし、後片付けも手伝った。美味しかったから、セリーナはきっといいお母さんになるね」
「まったくもう、ジュールったら……。まあ、子供達が喜んでいるからいいのかな?」
「彼らを気にしすぎだよ。君はこっち」
「うわっ」
ジュールが私を横抱きにしたため、慌てて彼の首にしがみつく。
「重くなったでしょう? 下ろしてくれたら歩くのに」
「大丈夫。一人も二人も変わらないよ」
ジュールが私に、満面の笑みを向けた。
彼は笑うと、やっぱり可愛い。
「奥方様、お大事に」
「早く元気な赤ちゃんを産んでね」
子供達はいつものように振る舞いつつ、私の大きなお腹を気にかけてくれていたらしい。私はお姫様抱っこをされたまま、彼らに笑って手を振った。ある子はやれやれといったふうに肩をすくめ、またある子は飛び跳ねながら嬉しそうに振り返す。
――幸せって、こういうことを言うのだろう。いつかはうちの子も、彼らに混じって笑っていたらいいな。
ジュールは見た目よりもずっと体力があり、私を二階の主寝室まで運んだにもかかわらず、汗一つかかなかった。彼はクラバットを緩めると、私ににじり寄る。
「ええっと……ジュール?」
「木剣を振り回そうとするってことは、セリーナは体力が余っているんだね。それなら、僕の相手をしてもらおう」
「待って! 無事に生まれるまで、手を出さない約束じゃあ……」
「そんなこと言ったっけ? 大丈夫、村の医者も注意すれば問題ないって、教えてくれたよ」
「まさか、今日の大切な用事って……それ!?」
「ああ。他に何がある?」
キョトンとした可愛らしい表情に、騙されてはいけない。結婚後、ジュールは子供ができたと判明するまで、私をなかなか離してくれなかった。またあんな日が続くのは……。
思い返したせいで顔が熱くなり、私はうつむく。
「君の期待に応えたいけど、それは生まれた後かな。とりあえず、今は――」
ジュールが私の耳に唇を寄せ、かすれた声で囁いた。
「僕らの仲の良さを、お腹の子供に伝えてあげよう。あとは君が誰のものなのか、しっかり教えないとね」
――ん? 後半、なんか含みがあったような……。
だけど、これだってきっと領主夫人の大事なお仕事だ。私達は愛し合い、手を取り合って未来を紡ぐ。
「ジュール。私、あなたが思う以上にあなたを愛してる。一緒になれて良かったわ」
「僕も。でも、僕の方がもっと君を愛しているよ」
ジュールはそう言い、私の唇に羽のようなキスをする。琥珀色の瞳に映る自分の姿を見ながら、私はにっこり微笑んだ。
初夏の日差しが爽やかな、ある日の午後。
海の見える広い部屋には二人きり。愛しい彼は私を見下ろして、夏の太陽のように晴れやかに笑ったのだった。
ジュール編 END
亀更新にお付き合いくださって、ありがとうございました(≧▽≦)。
いつも応援してくださる方、初めて読んでくださった方にも感謝をこめて。 きゃる
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セリーナの運命やいかに!?